カテゴリー「ニュース」の29件の記事

2021年7月14日 (水)

第165回直木賞(令和3年/2021年上半期)決定の夜に

 ウイルスの感染拡大を食い止めようと、いろいろな施策が行われています。やり始めてから結構たちます。直木賞でも一年前の第163回(令和2年/2020年上半期)から対策につぐ対策のなかで、今日7月14日、第165回(令和3年/2021年上半期)選考会の日を迎えました。今度もまた緊急事態宣言下だそうです。

 それでは、以前の第162回(令和1年/2019年下半期)までに比べて、受賞傾向にどんな違いが出てきたのだろう。と気にならないでもありません。だけど、そういう難しい分析は、誰かにお任せします。世のなかには、コジツケのうまい評論家やライターがたくさんいますので、誰かがスパッと胸のすくような記事を書いてくれるでしょう。

 ワタクシはコジツケが下手ですが、しかし今日の夕方、直木賞が決まったことはわかります。世間一般がどう受け止めたのかはわかりません。ただ、とりあえず直木賞っていうのは、候補作を読んでいる時間がボルテージのマックスだなあ、という実感は、前回までと何ら変わらないことはわかります。

 ということで、個人的な感謝の気持ちをこめて、直木賞候補になることをイヤがらずに受諾してくれた5人の方々に、今回もまた、忘れずに御礼を。どうもありがとうございました。

 一穂ミチさんが候補になってくれたおかげで、これまで「ケッ、ナオキショウって何だよ」と見向きもしなかった多くの人たちが、ふっと直木賞を振り返ってくれたのは間違いありません。そういう意味では、『スモールワールズ』の各編を書かせた編集者とか、予選を通過させた文春の人たちの手柄かもしれませんけど、今回の候補入りを経て、いつか直木賞が、一穂さんのすべてを抱きしめられるようなフトコロの深い賞になってくれればいいな、と将来への夢が広がりました。今後また直木賞が近づいてくることもあると思います。イヤがらずにお相手してくださると、うれしいです。

 ひとり、またひとりと絶え間なく現れる時代小説の新鋭たち。そのなかでも、砂原浩太朗さんの『高瀬庄左衛門御留書』には参りました。マジかよ。もうほとんど直木賞受賞作の貫禄じゃん……。上がいろいろとツカえているうえ、一作候補に挙がっただけじゃまだまだじゃな、という古い因習がはびこる賞なので、今日の結果は仕方のないところでしょう。砂原さんにはきっとリベンジマッチが組まれるでしょうから、そのときは、じわじわと選考委員の首を真綿でしめて完全勝利してください。

 リベンジマッチといえば、呉勝浩さんです。どう見てもひとつふたつ、文学賞がとれなかったところで、下を向くような人ではないと信じています。『おれたちの歌をうたえ』、今回のパンチも強烈でした。次は仕留めてくれるでしょう。直木賞はどうか知りませんが、ワタクシ個人的には、読み終わって頭がフラフラしています。呉さんのパンチで、快感に酔いしれています。

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2021年1月20日 (水)

第164回直木賞(令和2年/2020年下半期)決定の夜に

 個人的なことから始めます。直木賞が決まるたび、その夜に思ったことをつらつら連ねるこのエントリーを、はじめて書いたのは第137回(平成19年/2007年上半期)が決まった平成19年/2007年7月17日の夜。今回でまるまる14年、28回目となります。まあ直木賞の長い歴史を考えたら、まだまだ鼻クソです。

 この14年間、一度も「受賞なし」になったことがなく、毎回毎回、受賞者が出つづけてきました。直木賞は出版関係に力のある賞ですから、ほんのいっときだけ受賞作が世に拡散します。その影響度を考えると、ある程度のレベルを超えた作品だけに授賞するべきだ、ときどきは「受賞なし」の選択もすべきだ、という意見もあるでしょう。おそらく直木賞に過大な期待を向けている人はそう感じるのかもしれません。正直ワタクシはどちらでもいいです。

 さて、いうまでもなく直木賞の歴史は長いです。28回連続なんてまるで序の口、第1回から今回まで164回連続の記録を達成してしまったことがあります。受賞しない落選作が出た、ということです。

 このエントリーを書くたびに思いますが、直木賞は受賞の歴史より、落選の歴史の厚みに支えられています。当落はいつも紙一重、なのに受賞が決定してしまうと、おおむね受賞作にしか注目が集まらなくなるのが文学賞というものです。なかなか他の作品を語る機会もなくなります。なぜだ。なぜなんだ。社会の不条理を突きつけられて、思わず胸が痛いです。

 だけど、胸を痛めている場合じゃありません。しがないとはいえ、せっかくブログをやっているのです。今回も、直木賞の候補作を読むのって面白いなあ、と有頂天にさせてくれた6つの作品と6人の方々に、万感の感謝を捧げます。

 まず第164回の直木賞は、何といってもこの人でしょう。加藤シゲアキさんです。加藤さんの小説はこれまでワタクシも馴染み深く読んできましたが、書き続けていく作者の信念と熱量が詰まった作品ばかり。今回の『オルタネート』も、輪をかけて加藤作品に特有な情熱が充満していて圧倒されました。またいつか、直木賞の候補になることもあるでしょう。ジャニーズファンだけじゃなく、直木賞ファンだって、加藤さんの候補入り、いつでもお待ちしています。

 歴史的に直木賞は「候補がバラエティに富んでいること」がウリですが、長浦京さんのおかげで、今回もそのウリが伊達じゃないことが証明されました。『アンダードッグス』。圧倒的なドライブ感。というと、使い古されたコピーすぎますね。でも、休む間もなく繰り出される怒濤の展開と、20年後パートとのからみ合いには、心が躍りました。直木賞って、こういう派手な風合いには厳しいガンコ者なんですよねー。ガンコ者の頬をバチバチ叩くような小説、また期待しています。

 芦沢央さんの作品をどう読むかは人それぞれです。ワタクシが好きなのは、ミステリータッチのなかに、ほんのちょっぴりユーモアを感じられるところ。『汚れた手をそこで拭かない』に収録された作品も、とても笑える話じゃないけど、角度をずらして見れば喜劇にもなる、という芦沢カラーが美しく映えたものばかりで堪能しました。この路線が直木賞に合っているのかどうかは、よくわかりません。わかりませんけど、芦沢さんにはこれからも直木賞と仲良く付き合っていただけるとうれしいです。

 坂上泉さんの『インビジブル』を読んで、現代にもマッチしながら古風な風格を備えていたのには驚きました。おおげさに言うと「驚愕」です。作中の隅々にまで、社会に対する問題意識が痛いほどに飛び交っている。これはもうほとんど直木賞受賞作でしょう。なので、「もうほとんど直木賞受賞者」の称号を背負って、今後もさまざまなジャンルで重い球を投げつづけてください。直木賞はキャッチャーとして未熟かもしれませんが、そのうち坂上さんの球を受け取れる機会がくるはずです。

 『八月の銀の雪』、これは個人的に深く刺さりました。パッと見ての外観ではわからないところに、重要な価値がひそんでいる。うん、うん、そうだよなあ、と納得と共感が止まりませんでした。伊与原新さんに対しては、感謝のことばしかありません。……と、それで終わるのも寂しいので、あと一言だけ。直木賞とってほしかったなあ。だけどここはぐっとこらえて、未来に訪れるはずの二度目のときに期待を持ち越します。

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2020年7月15日 (水)

第163回直木賞(令和2年/2020年上半期)決定の夜に

 この社会状況のなかで、よくまあ選考会やったなあ。……っていうのが、正直な感想です。「何人かの中年および高齢者が、一か所に集まって議論する」会合をひらくことが、いま以上に難しくなる状況が今後訪れないことを、切に祈ります。

 第163回(令和2年/2020年上半期)の直木賞の選考会が、真っ昼間の午後2時からひらかれ、午後4時すぎに結果が発表されました。受賞作はご存じのとおりです。

 ……まあ、ご存じのとおり、と言ったって、日本国民のほぼ大半にとっては、べつにどうでもいいことでしょう。おおよその回は、次から次に押し寄せるニュースの洪水に流されて、パッと大衆のまえに現われるのは一瞬のこと。選考会とか受賞会見とか、はっきり言えば、それで十分といえば十分な催しです。

 今日も含めて選考会のまえに、かずかずの受賞予想が世に出ましたが、単に予想して終わってしまっているものは、急速に色褪せていきます。さびしくも悲しいですけど、それがこの社会であり、人間の営みなのかもしれません。

 ワタクシも年をとったせいか記憶力が薄れてきましたので、今回直木賞の候補になった5つの作品について、おそらく急速に忘れていくものと思います。さびしい。そして悲しい。しかし、5人の人が書いた5つの小説を読み、直木賞はどれがとるんだろう、どれがとってもいいなあ、とワクワクしながら過ごしたこの1か月があったのは、事実です。すべての候補者に対する感謝のことばを書き残しておくことで、この1か月間の幸せな時間を、しっかり刻んでおきたいと思います。

 遠田潤子さんの作品って、なんだかんだ言っても一種の〈品〉があるのが魅力的です。『銀花の蔵』はその品のよさが、よりいっそう積み重なっていて、これからの遠田作品はますますスゴいレベルに上がっていくんだろうな、とうれしくなりました。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な賞ですから、そのうち「アノ遠田潤子を落とした文学賞」として直木賞が語られるようになるかもしれません。いや、これからまだまだ受賞のチャンスがくるかもしれないし、未来のことはわかりません。遠田さん、ぜひ末永いお付き合いのほどを。

 そういえば、今村翔吾さんって、まだ今回が直木賞候補2度目だとか何だとか。もう5~6回ぐらい候補になっているかと錯覚しました。そのぐらいの貫禄が、『じんかん』の迫力あふれる筆致から伝わってきて、すえ恐ろしいと言いますか、いまも十分恐ろしいと言いますか、その作家活動すべてに圧倒されてしまいます。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な……って、テンドン繰り返している場合じゃありませんね。次の機会には、やってくれることでしょう。やっちまってください。飛んで暴れて、直木賞なんざ斬りきざんでやってください。

 『若冲』『火定』『落花』ときて、『稚児桜』。淡交社なのも驚きましたけど、澤田瞳子さんの4度目の直木賞との交差が、こういう作品集になったことにも驚きました。コッテコテで厚塗りの、ぎっちり内容テンコモリな長編小説だけが、サワダトウコの本領ではないんだ! というところを示された気がします。いずれにしても、いままでにないこういう選考日を、直木賞の候補者として体験できた貴重なおひとりとして、きっと蓄えられたものもあったはずです。いつか澤田さんが「私の体験した直木賞エピソード」として、堂々と語れる日が訪れることを願いつつ。またお会いしましょう。

 ああ岩手に行ってみたいな。と、この時期に思わせてくれた伊吹有喜さんは、果たして天使なのか悪魔なのか。……天使に決まっているんでしょうが、『雲を紡ぐ』の見事なエンターテイメント小説感! 直木賞というのはダークサイドを好む、ダークサイドな賞でもあるので、きっと選評などではダークサイドに落ちた人たちから、いろいろ書かれるんでしょうけど、随所に現われる明るさこそが伊吹作品の美点です。おそらくそんなところが読者に愛されるゆえんだと思いますし、ワタクシも、その明るさが大好きです。これからもまぶしい光で世界を照らせ、イブキユキ!

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2020年1月16日 (木)

第162回直木賞(令和1年/2019年下半期)決定の夜に

 「知れば知るほど楽しくなってくる」のキャッチフレーズでおなじみの文学賞といえば直木賞ですが、そのいちばん新しい第162回の選考会が令和2年/2020年1月15日(水)に開かれて、受賞結果が日本じゅうを駆け巡りました。

 結果を知らなくたって生きていけます。しかし知ればもっと日常が楽しくなるのが、直木賞です。他の人のことはわかりません。少なくともワタクシがそうです。

 まあワタクシの場合はだいたい毎日、なぜ自分は直木賞を面白いと思うのか、考えて考えて、答えの出ないまま次の週を迎える、といったことを繰り返している、ほぼヘンタイの病人ですけど、たぶん日本で何百人か何千人かぐらいは興味をもってこの賞の動向を気にしている、と漏れ聞きます。おお。同志よ。心強いかぎりです。

 読まなくたって生きていける。でも読んでしまえば、もっと楽しい毎日が送れる5つの小説が、第162回直木賞の主役を張りました。いったい直木賞に何の文句があるのか、ある人もたぶんいるんでしょうけど、5つの候補作が読めた、それだけで楽しかったんですから、ここは大人としてお礼を述べておきたいと思います。

 誉田哲也さんのように、独自で我が道を切り開き、多くの読者を喜ばせてくれる作家に対しては、ただ尊敬の念しかありません。直木賞がそういう作家のなかでも、ほんの一部の、偏った方面の人たちしか顕彰できないのは、ほんと申し訳ないです。次に何が出てくるか読者の期待を引きつけながらも、現代の技術進歩に対してひとりひとりがどう受け取り、付き合っていくのかを読み手に突きつける。『背中の蜘蛛』、まじ重い。そしてしびれます。とりあえず「誉田さんを一度も候補に挙げることができなかった」という、直木賞のほうにとって屈辱の歴史が回避されたので、それは今回よかったです。

 小川哲さんの、おそらく今後も長くつづいていく作家生活で、いちばん最初に直木賞が候補に挙げたのが『嘘と正典』……って、どういうことなのか。もはやワタクシの稚拙なおつむでは、理解が追いつきません。『ゲームの王国』でまず候補に選んでおけばよかったのに。でも残念ながら、「嘘と正典」のように過去起きたことに何かを仕掛けるわけにもいかないので、小川さんが未来をつくっていくところを、かたずを呑んで見守るしかありません。次はもう破ってくれるでしょう。直木賞の古びた壁を。

 『スワン』の無差別殺人の導入部。関係者5人が集められて虚々実々で繰り広げられる事件検証の様子。その設定で、おっ、ヤルな、と思わされたところで、呉勝浩さんの叩きつけるような精神の混入が、主人公の女子高生に乗り移っていく後半部分に、釘付けになりました。ミステリーの形式だと直木賞では不利になる、なんて言われたのは、とっくのとうの昔の話(のはず)。呉さんには、謎と解決とワクワク感を守り抜いたミステリーを期待します。それで直木賞のほうが降参するときがくれば、それはもっと爽快です。

 さあ来ました。来てしまいました。いつの間にやら常連となった4度目の候補、湊かなえさんが、いまも着々と築き上げる作家的業績。これまで選考委員のウケが全然よくなかったみたいですけど、今度の『落日』で光明が差した気がします。また来るでしょう。来てくださるでしょう。文学賞向きじゃない、とても受賞できそうにない、と思われた10年くらい前から丹念に独自の作風を積み上げつづけるその軌跡は、いつかきっと「湊かなえ伝説」として語り継がれる時代がくるでしょう。

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2019年7月18日 (木)

第161回直木賞(平成31年・令和1年/2019年上半期)決定の夜に

 令和の時代は、女性が切りひらく。キラりん。……みたいな、文芸以外の世界での得体の知れないプロパガンダに悪用されることがなければいいなあと思います。令和1年/2019年7月17日(水)、第161回直木賞が決まりました。

 いったい今の時代、直木賞がどれだけ注目されているというのか。つねづね疑問ではあるんですが、意外に注目度は残っているようで、面白いというべきか悲しいというべきか、とりあえず報道のされ方や、一般的なミコシの担がれ方は、少なくともうちのサイトが始まった19年前と比べても、さほど変わっていません。むしろ、その熱は高まっているようにも思います。

 まあ、そんなこと、どうでもいい話といえばどうでもいい話です。下手な現状分析などはやめておきます。何といっても第161回。161回目の新たな扉。直木賞はいつだって新しいんですが、それは受賞作だけが構築する新しさではありません。選ばれなかったけど、選ばれても何の問題もなかった候補作の数々。候補作なくして、絶対に新たな直木賞はあり得ません。

 まずは窪美澄さんの『トリニティ』です。読みましたか? 60年代以降現在までの、出版・編集業に携わってきた人たちの一部から「いや、それはそうじゃない」という感想が出ることは、最初からわかっているのに、わざわざこれを題材にする勇気。いや。マガジンハウスや雑誌、その時代を知る内輪な人たちの違和感のほうに向くのではなく、全身でいまの一般読者のほうに目を向けた窪さんの意気を、ワタクシはここから感じました。いいじゃないですか、実在の事象をモデルにした小説。ぐだぐだ言う人の多い直木賞はとれないかもしれないけど、ワタクシはもっと読みたいです。

 候補5度目ともなってくると、しがないうちのブログが柚木麻子さんに対して言いたいことなど、もはや何もありません。ゼロです。なので、たぶん以前書いたのと同じようなことを繰り返します。柚木さんにしか書けないこの『マジカルグランマ』の面白さを評価できなかったのは、柚木さんのせいではなく、100パー直木賞の責任です。そして直木賞は非力なものですから、自分の責任をとることができません。そんな直木賞、ぶち壊しちゃっていいと思いますので、どうかそんな小説を次々と書いてもらえると、こちらも溜飲が下がります。

 『若冲』『火定』とつづいて、今度が『落花』。新たな歴史小説の創造に邁進する澤田瞳子さんに、いったいいつ直木賞は授賞の報をもたらすつもりなんでしょう。そんなことは誰にもわかりませんが、澤田さんの作家生活はまだまだこれからが長丁場なはずです。チャンスはいくらでもめぐってきます。候補になるたび、いちいち騒がれて、たぶん面倒くさいことかと推察しますけど、どうか直木賞のことを見捨てないで、笑ってお付き合いいただけることを願います。またお会いしましょう。

 正直なところ申し上げますと、朝倉かすみさんが直木賞の候補に選ばれたことで、ワタクシの満足はピークに達しました。待ってましたよ朝倉さん。この日がくることをずーっと前から。『平場の月』はいま以上に、もっともっと多くの読者に届け、と願わずにはいられない小説ですが、今回直木賞がその後押しをすることができなかったのは、直木賞ファンとして悲しいことでした。いつか朝倉さんの小説が受賞することで満足がピークに達するような未来を、これから心待ちにしたいと思います。

 直木賞をとることと、直木賞の候補に挙がりつづけること、どちらが難しいか。……なかなか比較しづらい問題ですけど、原田マハさんが今度もまた、美術と歴史を題材にした『美しき愚かものたちのタブロー』で候補になった、この偉業を尊びたいです。美術に関する深すぎる興味から、これだけの作品を生み出し続ける驚異の筆力。汲めども汲めども尽きぬ、美術界の物語。直木賞の選考委員の側が折れるまで、このまま直木賞に魂のこもった作品を、送り込みつづけてください。

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2019年1月17日 (木)

第160回直木賞(平成30年/2018年下半期)決定の夜に

 平成31年/2019年1月16日、横綱・稀勢の里が引退会見を行いました。ひとつの時代が終わったと見るか。引退する力士という存在はそれほど珍しくないのだから、恒例の日常風景と見るか。どう感じるかは人それぞれで、べつに他人の感覚に合わせる必要などありません。

 平成31年/2019年1月16日、第160回直木賞(平成30年/2018年下半期)も決まりました。これなど、まさしく恒例の日常風景、6か月に1回、定期的に開催されています。話題になっているのかいないのか。これもまたもちろん、どう感じるかは人それぞれで、べつに他人の感覚に合わせる必要などありません。

 個人的な感覚で、今回の直木賞を思い返すと、とにかく熱い。重い。長い。という印象ばかりがひしひしと身体にのしかかってきます。どの候補作が受賞しても、そんな直木賞を象徴しているかのようで、直木賞ファンとしては何一つ問題なく楽しみましたが、せっかくだったら平成最後のサプライズ、候補5つ全部受賞! とかやってくれたら最高だったのに、と思います。受賞作ばかりがこの賞を形成しているわけじゃないんだな。そんな事実を再確認させてくれた回だったとも思います。

 何をさておいても、真っ先に取り上げたいのは、そりゃあ、あなたですよ深緑野分さん。『ベルリンは晴れているか』に、このままどの文学賞も賞を贈らない、ということにでもなったら、何だかこれからワタクシ自身、心に傷が残ってしまいそうで、何ちゅう判断をしてくれたんだ直木賞、と悲しくなりますが、終わった賞は終わったことです。直木賞の候補がきっかけで、こういう小説と出会うことができたのは、掛け値なし、大げさでなく幸せでした。きっと直木賞に悪気はありません。どうか深緑さんも直木賞のことを嫌いにならずにいてくださると、うれしいです。

 『熱帯』を読み終わって、不思議な感覚になりました。そして思いました。どうやらこの世には森見登美彦という人がいるそうで、サイン会もやっているし、インタビューも受けている。だけど、あれは誰かが、森見登美彦が実在しているという状況を創造したフィクションで、直木賞の受賞会見のときに、誰かからその仕組みが明かされるのではないか、と。けっきょく今回も明かされはしませんでしたが、読者の心のなかに森見登美彦はいます。謎は、いつまでも謎のままです。

 ところで、やっぱり直木賞選考会での、歴史小説に対するハードルの高さは尋常じゃないな、と思わされたのが、垣根涼介さんの『信長の原理』が受賞できなかったことです。これでも受賞圏じゃないのか。どんだけ歴史モノに厳しいんだ、と叫びたくなります。たぶん選考委員の方たちのなかには、一生解けそうもない「直木賞にふさわしい歴史小説」像があるのでしょう。そういう他人の感覚など気にせず、これからも垣根さんの歴史モノ、読みつづけていきたいと思います。

 『童の神』、正直なところ面白かったです。現代的なテーマを下敷きに、説話の世界からここまで肉付けして、突き抜けた物語をつくるという今村翔吾さんのタダ者じゃなさが、痛いほど伝わってきました。デビューまもない勢いのある新人作家を、なぜか取りこぼしてしまう直木賞。ああ、またか。とガッカリしましたが、とりあえず文学賞の当落はさておいて、今村さんの前途には明るさしか見えません。時代小説の新時代への扉、開けちゃってください。

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2018年7月19日 (木)

第159回直木賞(平成30年/2018年上半期)決定の夜に

 決まってしまいます。気温が何度になろうが、誰の訃報が流れようが、政治の状況がどうだろうが、やはり直木賞は決まってしまいます。7月18日(水)。第159回(平成30年/2018年上半期)の直木賞が決まりました。

 ああ、それにしても、目を閉じると、いつも思い出すのは、受賞しなかった候補作のことばかり。

 ……と、これは、ワタクシがひねくれている、というのも理由のひとつでしょうけど、しかし、それぞれの小説を読んで、受賞作よりも候補作のほうに魅かれる、というのは直木賞を外から見ているわれわれには、きっとよくある伝統的な現象でしょう。

 まずは何といっても今回は、湊かなえさんの『未来』のことに触れないわけにはいきません。端から端まで、〈湊かなえ〉の匂いを存分に充満させた、この熱い、熱すぎる一作。はっきり言って困りました。授賞させる気なら、もっと前に授賞させておけよ、と思いました。作家としての実績は、直木賞向き、だけどこの一作は、あまりにあまりすぎて、選考委員の人たちも苦しんだのではないかと想像します。そして、苦しみのヒストリーはこれからもまだまだ続く。受賞のその日まで。

 苦しみか平穏か、こちらはよくわかりませんが、『宇喜多の楽土』の木下昌輝さんが、すでに直木賞受賞者であっても遜色ない活躍ぶりを見せていることを目にすると、やはり第152回(平成26年/2014年下半期)に『宇喜多の捨て嫁』で受賞させなかったアノ選考は、大失敗だったと思わずにはいられません。その大失敗を、どうにか帳消しにするためには、木下さん自身の力を借りるしかなく、どうか木下さん、今度こそ直木賞にギャフンと言わせてやってください。切に祈ります。

 上田早夕里さんの『破滅の王』のような作品を、高く評価して、最終決選にまで残すことは残すが、受賞圏内には届かない……という、いかにもな直木賞の決断。まったく歯がゆいです。候補になったのもサプライズ、これで受賞していれば、二重三重の輪がかかって最高級のサプライズになったのにな。相変らずの直木賞でごめんなさい。ワタクシが謝っても仕方ないですけど、とりあえず今後とも、直木賞のことをよろしくお願いいたします。

 どうして本城雅人さんの、はじめての直木賞候補作が『傍流の記者』なんだ。と不満に思った人は多いはずです。多いかどうかは知りませんが、少なくともワタクシはそのひとりです。やはり本城さんの記者モノは、どこか影をもった、エリートコースから外れぎみの記者の造型に、抜群の魅力があふれていると思います。これからの、馬力あるお仕事ぶりが楽しみでなりません。

 何の星のめぐりあわせか、窪美澄さんの『じっと手を見る』が、不思議にも直木賞の受賞作になりませんでした。これで早くも「どうしてこの作家が直木賞候補どまりで、受賞者になっていないんだ」グループの仲間入りです。いや、すでに選考委員ぐらいの貫禄がある。そこが恐ろしいです。いつか直木賞の選考委員になって、この賞に文芸の風を送り込んでやってください。

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2018年1月17日 (水)

第158回直木賞(平成29年/2017年下半期)決定の夜に

 こんばんは。1月16日(火)は19時あたりから一気に騒ぎが収束して、よく見れば元通り、こじんまりと一部の人だけが注目する、いつもどおりの直木賞の姿に。

 えーっ、これで騒ぎも終わりなのー? と物足りないものもありますが、とりあえず残り香を嗅ぎながら、直木賞を楽しみ尽くしたい、という気分です。

 候補作品5つ。うち受賞作1つ。と、すでにこれしか候補作がなかったのが、いちばん物足りないんですけど、読めば読むほど、もっと候補作を読みたい! という気にさせてくれた今回の候補作の数々。選考会が過ぎてしまえば、ワタクシみたいな一般の読者にとっては、賞をとったとかとらなかったとかは、どうでもよくなります。一冊一冊を読んだときの、あの幸せな読書体験。それを思い返しながら、直木賞なんちゅう、わずらわしい行事を盛り上げてくれた候補作品に、思いをこめて、頭を下げたいと思います。

 そもそもが、藤崎彩織さんが小説を書こうと決心し、忙しい時間の合間を縫って、『ふたご』の発表にまでこぎつけていなければ、今回の直木賞の様相は、まるで違っていた、ということに異論のある人はいないでしょう。「この人には、もっともっと小説を書いてほしい」と、その才能に惚れ込んだ編集者が、何人かいたときに、有名な文学賞の候補に残すことで、作家の背中を押す。というのは、文学賞の伝統的、あるいは正統的な役割です。藤崎さん、次も書いてください、この先ずっと。

 はじめての候補で、しかも短篇集、これでは直木賞ではブが悪い。という観測は、たしかにそうなんでしょうけども、彩瀬まるさんの『くちなし』が、直木賞の候補ラインナップに入った! というだけで、直木賞にキリリと香気が漂った、というのはたしかなことです。大上段に構えた力作とか、パッと目をひく話題作とか、そういう小説でなくても、すきあれば取り上げようとする直木賞のよさが垣間見えて、それだけでも第158回の直木賞を見ていた甲斐がありました。彩瀬さんは次も書かれるでしょう、どんどん書かれるでしょう。どうかまた、直木賞が彩瀬さんの作品を、取り上げてくれますように。

 ええ(ため息)。ほんと直木賞の選考委員っつうのは、歴史・時代小説に対して求める期待のレベルが高すぎですよね。……それはともかく、澤田瞳子さんの『火定』が、これほど数多くの予想者から本命に推されたことを、ワタクシは忘れないでおきます。データベースには残らないけど、でも確実に多くの人が、「これは受賞に値する!」と思ったことだって、やっぱり直木賞の一部。澤田さんのことですから、これからたゆまず書き続けていってくれるはずです。またいつか、近いうちに。

 直木賞の候補になったとはいえ、今回、伊吹有喜さんの『彼方の友へ』を、文学賞の枠組みでとらえようとした自分が、何とも愚かだったと反省しています。受賞するのかしないのか、なんちゅう観点で、何だかんだとケチをつけたり、あるいは擁護したり、そういう浅ましい世界から抜け出たところで輝く『彼方の友へ』。ほんと、胸のしめつけられる、また親近感の湧く、楽しい小説でした。ワタクシの、心の直木賞。

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2017年7月20日 (木)

第157回直木賞(平成29年/2017年上半期)決定の夜に

 今夜もいつもとかわらず、歓喜、失望、興奮の声が、全国各地で上がった……のでしょう、おそらく。

 ちょっともう、ワタクシは直木賞が好きすぎて、一般の状況がわからなくなっていますが、どんな盛り上がり具合でしょうか。手堅いといえばこれほど手堅い授賞はなく、非常に落ち着きのある直木賞となって、個人的には、今晩はおだやかな気分で眠れそうです。おだやかなのがいちばんです。

 と、完全に爺いモードに入るまえに、今回もまた、受賞しなかった4作が、目のまえにあります。決まったあとに、わざわざ受賞しなかったものなど目を向ける気がしない、という人も、いるかもしれませんけど、候補作の歴史こそが、直木賞の歴史。そのリストに名を刻んでくれた、この勇敢な(?)4作品を讃えて、ぜひ後世にまで語り継いでいきたい、という気持ちでいっぱうです。

 いったい宮内悠介さんの、今作のはじけ飛びぶりには、ハラハラドキドキさせられました。あるいは、直木賞のほうが一皮むける絶好のチャンスだったかもしれません。しかし、ああ、宮内さんどこまで飛翔してしまうんだあ……と、直木賞はぽかんと口をあけて、その背中を見送ることしかできず、いよいよ取り残されてしまいそうですけど、あと何度でもこの賞の相手をしてくれそうな、宮内さんの間口の広さに甘えさせてもらって、また次もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 この先が楽しみな作家ばかりだ、ということは言わずもがななんですが、佐藤巖太郎さんが、これからどう活躍の姿を見せてくれるのか。『会津執権の栄誉』を読んで、俄然、楽しみになりました。とりあえず最初の候補で、歴史モノに賞をあげることのできない直木賞のクセは、もはや治りそうもないほどの重症です。すみません。ってワタクシが謝っても仕方ないんですけど、こういう、直木賞のイヤなクセを帳消しにするぐらい、巖太郎さんが活躍してくださることを期待するしかありません。どうぞ、直木賞を助けてやってください。

 直木賞はいまキテる勢いのある作家にとってほしい……というのは、某選考委員の口グセですが、「いまキテる勢いのある作家」にあげそこねるのも、また直木賞の伝統です。そんなもの伝統にするなよ、ってツッコみたくなるのを抑えて、木下昌輝さんの候補作、今回は(も)とってもおかしくないんだけどなあ、と嘆きたくなるのも抑えつつ、さすがにそろそろ直木賞騒ぎもイヤになりはじめているかもしれませんが、やはり木下さんにとってもらいたい直木賞。ここは耐え忍んで、いつか木下さんが受賞する日を待ちたいと思います。

 柚木麻子さん。「直木賞っぽい路線」なんてクソくらえ的な、我が道を行くその剛腕ぶりに、もう感服しました。お見事です。降参です。確実に直木賞史に残る作品を書いていただき、これは少なくともワタクシ個人的には、賞の当落よりも重要なことなものですから、ありがとうございました、と御礼を述べる他ありません。直木賞っぽい路線、クソくらえ、です。

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2017年1月20日 (金)

第156回直木賞(平成28年/2016年下半期)決定の夜に

 直木賞には猛省をうながしたい!

 いったい、この候補作の並びに、『蜜蜂と遠雷』などという、だれが見たって受賞するでしょと言う以外にない小説を、入れなきゃいけなくなってしまった責任は、当然、過去の直木賞にあります。超能力の登場に抵抗感があるだの、オチのよくわからない展開だの、そんなことに気をとられすぎて、ここまで引き延ばしてしまった結果、熾烈な当落に向けての議論にもいたらず、しゃんしゃんと、だいたいの人が想像したとおりの受賞回になってしまいました。

 もっとダイナミックな展開が、直木賞には欲しい。というのが、一観客でしかないワタクシの望みです。これが直木賞、ってもんなんでしょうけど、もうちょっと事前にワクワクドキドキさせてくださいよ、頼みます。奮起せよ、直木賞。

 ……とは言いながら、『蜜蜂~』と同じ土俵に上げられてしまった候補作の数々も、本命ではなかった、ってだけのこと。べつに、読むに値しないクソな作品、というわけではありません(当たり前だ)。あげ遅れの人にようやくあげたと思ったら、同時にまた、あげ遅れの候補者を生んでしまう、という悲しさから、ひとまず目を背けて、やっぱり直木賞の候補作には、どれも楽しませてもらいました。

 『蜜蜂~』が本命ならば、逆・本命は『十二人の死にたい子どもたち』だったと思います。これまでの直木賞の性格からして、まず評価される状況が想像できない、ミステリーの約束事にのっとったうえに、最初から最後まで特殊な環境のなかでのハナシを貫く、冲方丁さんの、この潔さ。そこまで直木賞が歩み寄る日がくることを、はるか夢に見たりしますが、まあ冲方さんは、直木賞の動向など気にせず、ブレずに潔く書きつづけていってくれるんでしょう。頼もしい人です。

 ブレない、と言ったら、そりゃ森見登美彦さんを思い浮かべないわけにはいきません。いいじゃないですか、『夜行』。前の候補のときとは、ちょっと読み心地は違えども、あいかわらず、「直木賞っぽくない小説で、直木賞の候補になる」その堂々たる風格、健在です。確実に、「あげ損ね」作家のひとりなので、いつか直木賞のほうが「これまでスミマセンでした」と頭をさげて賞を差し出す日がくるんでしょうが、そのときの受賞作も変わらず、「直木賞っぽくない小説」であったら、うれしいなあ。

 垣根涼介さんの『室町無頼』が、選考会でずいぶん好評だった、と報道で知り、かなりほくそ笑んでいます。そうとうな気合が生身に伝わる、アッツい小説でしたからねー。体裁やバランスなんてクソくらえ、って感じの骨っぽさが、お上品な直木賞の水には合わなかったのかもしれませんけど、勇ましく既成のものをぶっつぶすぐらいの作品で、またふたたび、候補の場に戻ってきてほしいです。

 そして『室町無頼』と並んで、須賀しのぶさんの『また、桜の国で』も、授賞するかどうかで最後まで議論が交わされた、とのこと。こういうところで授賞の判断を下せればなあ、あげ遅れ案件が、ひとつでもふたつでも減らせるのになあ……とは思うんですが、あげ損ねを増やして歴史をつむいできたのが直木賞の特徴でしょうから、しかたありません。『また、桜の国で』は、実直でストレートで、でもエンタメに必須なサービス精神を忘れない作者の思いのこもった良作だと思います。

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