第173回直木賞(令和7年/2025年上半期)決定の夜に
気温はおおよそ30度。朝から雨が降ったりやんだりの東京都心で第173回(令和7年/2025年・上半期)直木賞の選考会が開かれました。
直木賞といえば直木三十五さんの顔が浮かびます。まあ直木さん自身は仮に生きていても、直木賞の動向に大して興味はなかったでしょうが、直木賞がどうしてできたかというと、直木さんを偲ぶためだったのは明らかです。それで、今日は暑い東京を離れて、直木さんのお墓のある神奈川県横浜市の長昌寺に行ってきました。
長昌寺の辺りも、気温はおおよそ30度、朝から雨が降ったりやんだりの不順な天気……。けっきょく夏はどこに行っても暑いですね。直木さんの墓前にたたずみ、汗だくだくになりながら、直木賞の結果発表を楽しみました。
そもそも直木賞ファンにとっては、だれが受賞してスポットライトを浴びるのかとか、そういう結果はあんまり重要じゃない、というのが一致した見解かと思います(たぶん)。というのも直木賞の場合、発表を待つ瞬間よりも、候補作を読んでいる時間のほうが絶対的に楽しいからです。
今回は一年半ぶりに候補作が六つに戻ったおかげで、うきうきわくわく、読書時間もその分、拡大。改めて直木賞というイベントは候補作を読むところがマグマの核なのだな、としみじみ実感しています。
ともかく塩田武士さんがこのまま「直木賞候補になったことがない作家」になったら、2020年代の直木賞は何をしてたんだ! と、後世の読者たちから怒られたでしょうから、『踊りつかれて』を候補に選ばれたことを寿ぎたい気持ちです。現実社会に鋭い刃を突きつける塩田さんの強靭さに、今作も圧倒されました。次もその次も、圧倒しつづけてください。
読みやすいのにダークで不穏。さすがは芦沢央さんだ、と『噓と隣人』を読みながら、アップデートを怠らない誠実な歩みに襟を正したくなる思いです。直木賞は、とりあえずこの先、しばらくはやり続けるでしょうから、そのうちまた候補入りをお願いすることもあるかと。どんなふうにアップデートされていくのか、芦沢さんの未来は明るいです。
『Nの逸脱』 を読み終えたとき、おおっ、と思わず感嘆の声がもれてしまいました。電車のなかだったので正直恥ずかしかったです。いや、夏木志朋さんという力量満点の作家に出会えて、読者としてこれ以上の幸せがあるでしょうか。恥ずかしいもへったくれもありません。また思わず「おおっ」と叫んでしまうような小説、期待しています。
『ブレイクショットの軌跡』の分厚さに、手にしたときはちょっとひるみましたが、読み始めたらもうめくるめく連鎖の世界。逢坂冬馬さんのつくり上げるキュートで骨太なストーリーテリングに、思わずため息をつきました。いまの時代を強烈に映したこういう作品に、直木賞はどうしていつも冷たいんだろうか……などと嘆いてもしゃーないですね。
連鎖の美しさでは『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』 も負けてはいないと思います。アノときのアレがこんなところにつながってくるんだ、とまったく飽きさせない筋運び。青柳碧人さんのエンターテイナーぶりには、正直脱帽です。何が直木賞だ、んなもん関係ねー、って感じでこれからも面白さを追求する小説、がしがし読ませてくれると信じています。
『逃亡者は北へ向かう』にはドキドキしっぱなしでした。読んでいるあいだも、選考会の結果が出る今日の夜まで。柚月裕子さんが直木賞受賞者であっても何ひとつ不自然さがない、これまでの創作の厚みがそう思わせてくれるのだとしたら、もはやワタクシにとって、柚月さんは直木賞受賞者です。あとは実際の直木賞が柚月さんに賞を贈るまで待ち続けるだけです。
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出版社の人間でもなければ、本屋に勤めているわけでもなく、日本の文学の将来ってやつにも責任を負っていないし、ものを書いて暮らしているわけでもない、完全なるシロウト直木賞ファンが直木賞に惚れ直すのは、まさに今回みたいな展開が起きたときです。
受賞作がない。……あーあ、で終わってしまってもよさそうなところ、受賞作がない、ってことに対して、いろんな立場の人がいろんな意見を語り出すんですよ。何もないのに、いかにもそこに何かがあるかのように。ほんとに、直木賞、おまえはいつだって面白いヤツだぜ。
今日は、さっきも書いたんですが、直木三十五さんのお墓がある横浜の長昌寺で結果発表を待ちました。ご一緒してくれたのは、毎年2月に行われる南国忌の実行委員の方たちです。その誰も、今回の候補作をひとつも読んでいなくて、全作読んでいるのはワタクシしかいません。
こういう環境で、芥川賞の発表から2時間近くもジラされて、その間も世間話をだへりながら、みんなで直木賞の発表を待っている、というのは、いったい何と表現すべき空間なのか。退屈だったわけじゃなく、面白かったと言うしかない時間を過ごすことができました。直木賞、やっぱりおまえは面白いヤツだぜ。
以下、発表の時刻です。
- ニコニコ生放送……芥:17時50分(前期比-24分) 直:19時55分(前期比+49分)
世のなかに小説の評価が直木賞ともう一つの賞しかなくて、それで両方とも受賞作なしだったら、さすがに悲しいですけど、まあ別にこういう賞以外にいくらでも小説は出ていて、作家の人たちは次々と新作を生み出してくれています。というか、候補作読んで面白かったんだから、今回の直木賞も大満足でした。
でも、直木賞は半年に一回しかありません。ああ残念だ、あと半年も経たないと新しい候補作に出会えないのか……。早くもため息をつきながら、第174回(令和7年/2025年・下半期)がやってくる日を一晩一晩楽しみに待ち続けることしかワタクシにはできません。今度の直木賞はいったいどんな姿を見せてくれるのか。2期連続で受賞作なし、とかなったらそれはそれで面白いよなあ、とも思います。






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