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2023年7月19日 (水)

第169回直木賞(令和5年/2023年上半期)決定の夜に

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 直木賞とは何なのか。

 いつもゴチャゴチャしていて、何のイベントかわからなくなっていますが、そもそも、をたどってみれば、スタートははっきりしています。昭和9年/1934年2月24日に直木三十五さんが死んだことです。

 ということで、直木賞が決まる日には、直木さんを追悼したい! お墓にお参りしたい! とつねづね思っていました。

 7月19日(水)、今日も都心は30度を超え、冷房の効いた部屋のなかで受賞発表中継でも見ようかな、とだらだらしていたところ、よし、頑張って行ってみるかと、ふと思い立ち、えっちらおっちら電車を乗り継いで、神奈川県横浜市金沢区富岡にある、長昌寺の直木さんのお墓を参拝。

 ご存じですか、あなたがいたおかげで、今日も直木賞が賑わっています(?)よ。と候補作をお墓の前に置いて、無事に報告をすませてから、汗だくになったからだに鞭打って、さっき家に帰ってきたところです。……まったく、何してんだろ、オレ。

 いやまあ、直木三十五さんの存在もデカいはデカいんですが、第169回(令和5年/2023年・上半期)の直木賞が面白かったのは、いまを生きている作家のおかげでもあります。昔の文壇や直木賞のことも胸が躍りますが、いま自分が生きている同じ時空で、変わらずに小説がどしどしと書かれ、変わらずに直木賞が行われている。このリアルタイム感があってこその直木賞です。

 今回も、直木賞という場にお出ましいただき、われら読者に楽しみを提供してくれた候補者が5人います。至福の時間をつくってくれて、ほんとうにありがとうございます。

 だいたい、直木賞の候補のなかに月村了衛さんが入っている! というだけでテンションが上がるじゃないですか。チマチマ、ウジウジとした日常が吹っ飛ぶような、爆速でパワフルなストーリー。『香港警察東京分室』でもますますうねる剛腕が炸裂していて、このクソ暑いなか、血がたぎりました。うおーっ、直木賞なんざ燃やし尽くしてしまえ。

 燃やすといえば『骨灰』ですけど、この作品の全編に満ちた冲方丁さんの活力たるや。驚愕の一言です。この調子で走りつづけて、末永くエンタメ小説界に君臨してくれるでしょう。あとは、冲方さんが生きているあいだに直木賞が廃止されちゃうんじゃないか。それだけが心配です。廃止される前に、どうかどこかで受賞してください。

 今年の夏も暑いそうです。いや、「そうです」じゃなくて、現実に暑いです。これがしばらく続くかと思うと気力が萎えますが、ちょうど7月、直木賞の季節に高野和明さんの『踏切の幽霊』に出会えたのは僥倖でした。こ、これは面白い……。怖いとか感動するとか、そういう次元を越えた、読書でのみ味わえる複雑な高揚感にうち震えました。ううっ、高野さんのおかげで、この夏、なんとか乗り切れそうです。

          ○

 前回にひきつづいて今度も二作受賞ということで、ええい、もうどうにでもなれ、のヤケクソ感も伝わってきます。うんうん、いいじゃないのさ、ヤケクソ感。ケチケチしてたって何も始まりません。

 『木挽町のあだ討ち』の山周賞のオビ、引き締まっていてカッコいいですよね。ここに「直木賞受賞」の文字が入ることで、カッコよさが台なしにならないように祈ります。永井紗耶子さんのもつ、気品や真摯さは、直木賞みたいなケバケバしいものが来ても、びくともしないでしょう。さあ、とっちまったら、あとは自由だ、飛び立てサヤコ、未来は明るいぞ。

 垣根涼介さんの歴史小説を読むと、いつもワクワクします。歴史的な事実に沿って進むのに、まったく飽きることなく惹きつけられる。『極楽征夷大将軍』 もそうでした。直木賞がどうとか、そういう些末なことはこのさい忘れて、垣根さんの書く小説、これからも楽しみだなあ、と思わせてくれる魅力あふれた作品だったのは間違いありません。うん、まじで楽しみです。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:17時52分(前期比-25分) 直:18時34分(前期比+10分)

 直木賞をやるためには、おそらくけっこうカネがかかっています。日本文学振興会は、文藝春秋が稼いだ貴重な利益のいくぶんかを使っていますし、ニコ生だって、ただで制作しているわけじゃありません。ネットで発信されるメディアの記事も、たいていギャランティが発生しています。

 そういう大金をつぎ込んだイベントを、ネットの通信費程度のハシタ金で、まるまるみっちり楽しめてしまうのです。まったく現代の直木賞は、神か仏か、と拝みたくなります。

 とりあえず直木さんのお墓を拝ませてもらい、現世のうちに楽しめるなら、汗をかいてでもお出かけしよう、と改めて意を強くしました。前回は直木三十五記念館、今回は長昌寺の直木の墓前、次の第170回(令和5年/2023年・下半期)は、どこで選考日を迎えようか。まだ半年もありますから、そのあいだに考えておきます。

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2023年1月19日 (木)

第168回直木賞(令和4年/2022年下半期)決定の夜に

 いよいよ明日ですね。令和5年/2023年本屋大賞のノミネート作が発表されます。何が候補になるんだろう。あれかな、これかな。頭がいっぱいです。明日が来るのを楽しみにして眠りにつきたいと思います。おやすみなさい。

 ……いや、寝る前に、ひとつ思い出しました。そういえば今日、別の文学賞の選考会がひらかれていたというではないですか。第168回(令和4年/2022年・下半期)直木賞です。

 ワタクシ自身、直木賞の楽しみは、だれの何という作品が受賞するか、ということじゃありません。ボルテージのマックスは、昨年12月に候補作が発表され、それらの作品を一作一作読んでいる最中です。

 なので、選考結果がどうなったのかは、些末なおハナシ。おいしいフルコースを食べておなかがパンパンになったあと、最後にちょっとだけ飲む一杯の水みたいなものです。

 水は水。ワタクシには、かくべつ語るほどの感想もありません。ただ、フルコースの料理については、こんなに贅沢なものを食べさせてもらって、無言で立ち去るのは気が引けます。まあけっきょくは「おいしかったです!」ぐらいしか言えないんですけど、今回も趣向を凝らした絶品の5作、堪能しました。

 『光のとこにいてね』が候補になってくれたおかげで、一穂ミチさんの、長篇作家としてのうまさを味わいました。長いあいだ書きつづけてきた人の力をナメちゃいけませんね。……って、別にナメてたわけじゃないですけど、一穂さんは新たな時代を背負って立つ作家のひとりになるだろう、と確信しています。直木賞はなかなか時代の先頭に立つのが苦手な賞ですが、いずれ直木賞も、一穂さんの歩みに追いつく日がくればいいな。

 いやあ、『クロコダイル・ティアーズ』 面白かった。正直、今回の候補作でこれがいちばん面白かった。と感じてしまうのは、おそらくワタクシが古びたおじさんだからでしょうけど、しかし雫井脩介さんが候補者にいてくれたおかげで、心理サスペンス小説の魅力に、改めて気づかされました。ありがとうございます。

 凪良ゆうさんの小説が候補作になったと聞いたとき、おじさんは恐怖で震えました。おれが読んでわかるのか。そもそも作者も、ジジイになんか読まれたって嬉しかなかろう、と。だけど勇気を出して読んでみれば、そんな懸念を楽々と飛び越える『汝、星のごとく』 のまっとうなつくり。救われました。今度、凪良さんが候補になっても、もう恐れず、その柔らかな世界に浸れそうです。

          ○

 受賞結果は、たぶん順当だったんだと思います。二作受賞、ということまで含めて予想が当たった人も、全国に何千人かはいたでしょう。

 それだけ多くの読者が直木賞のことをよく知るようになったということか。はたまた、選考委員が一般の読み方に寄り添ったのか。よくわかりませんが、どっちなんだろうと考えるのもまた直木賞の楽しみ方です。いまリアルタイルでワタクシも楽しんでいます。

 ただやっぱり、小川哲さんの『地図と拳』が直木賞をとらない世界など、思い浮かびませんよね。あんなに絡み合ったお話を、読んでいるこちらにストレスなく伝えながら、読み終えて感嘆させてくれる抜群の力作。満洲は、直木三十五さんとも縁がなくはない土地ですし、これ以上ないほどに、ふさわしい受賞だったと思います。

 そして、そんな目一杯の重量級と同じ舞台に立たされて、よくぞ受賞しました『しろがねの葉』。いったい、千早茜さんはどこまで大きくなるんでしょうか。時代物まで書けちゃうんですよ。もう無敵じゃないですか。そうだそうだ、敵なんぞ蹴散らしてしまえ、これからも攻撃的な作品をたくさん書いていってください。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:18時16分(前期と同時刻) 直:18時24分(前期比+8分)

 いつもは家でネットに貼りついているんですけど、たまには新しいことをしたいな、と思いついて、今日は大阪にある直木三十五記念館に行って、そのときを待っていました。

 ここでは10数年も前から、1月と7月、選考会の日に合わせて「勝手に直木賞「長屋路地裏選考会」」というのが開かれています。テレビもラジオもつけず、ニコ生中継も観ず、ただただ参加者たちが好き勝手に候補作のことをしゃべり合う。ほとんど小辻事務局長の独演会と化していましたが、それでもハナシは脱線に次ぐ脱線で、それがまた面白く、気づいたら東京での受賞発表も終わっていました。

 こういう待ち方もまたアリだなあ、と近年ニコ生中継ばっかりで毒されてしまった自分を、少し反省しています。さて、半年後はどうやって直木賞発表を待とうかな。第169回(令和5年/2023年・上半期)の来るのが待ち遠しいです。

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2022年7月20日 (水)

第167回直木賞(令和4年/2022年上半期)決定の夜に

 今日も暑いですね。

 直木賞は年に2回の選考です。87年まえからずっとそうです。奇数の回は、毎年毎年このクソ暑い時季にやってきたのだな、と思うだけで目まいがしますが、冷房の効いた部屋のなかで、鼻くそをほじりながら受賞ニュースが動画で見られるのですから、ここは天国かよと思います。いまの時代の直木賞ファンで、ほんとよかったです。

 そういうなかでコロナ禍が続き、今日の東京でも感染報告が2万件を超えたそうです。外を出歩くのもはばかれる。だけど直木賞は、いつも身近にあります。

 今回の第167回(令和4年/2022年・上半期)も、なかなかボリューミーな候補作がいくつもありました。だれにもわずらわされない空間で、これらを読み進めていると、日常のイヤなこともふっ飛びます。いや、ふっ飛ぶまでは行きませんけど、イヤなことを忘れる時間は確実に得られました。

 ああ、また明日からイヤな日常が始まるのだな。と、早くもうなだれてしまいます。だけどその前に、充実の読書時間をもたらしてくれた候補作と候補者の方々に、深くこうべを垂れたいと思います。ありがとうございます。

 永井紗耶子さんの最近の活躍ぶりには目をみはりますが、『女人入眼』も面白かったですねえ。京の貴族の世界に生きる女性が、まるで違う論理がはびこる鎌倉に派遣されて、あれやこれやと壁にぶつかる、というこの構造のおかげで、すっとストーリーに入りやすくしてくれる。まったく、うまい人です。今後ますますの活躍は、もはや疑いないでしょう。また面白い小説、生み出してください。

 いったい全体、深緑野分さんのようなスケールの大きい作家に、直木賞なんかチッポケなものが必要なんだろうか。とは、しばしば思うところですけど、すみません、直木賞の側にとって必要なんでしたね。『スタッフロール』にも、端正なのにハッチャける部分を忘れない深緑さんの力が輝いています。堪能しました。こういう作家の作品に、授賞できるような賞に、いつか直木賞がなれるといいなあ。

 これはスゲえものを候補作にぶち込んできたな。『爆弾』を読んでビビりました。呉勝浩さんの小説は、いつもいつも猛々しくて、読んでいると気圧されますが、『爆弾』の迫力と強引さのすごさたるや。これを選んでいたら直木賞のほうも一皮ふた皮むけたと思いますけど、まだまだ闘いは続くようです。呉勝浩vs.直木賞の熾烈なバトル。次の第四章も期待しています。

 最近、北海道の出身者は直木賞ヅイています。このまま河﨑秋子さんも一発目の候補でとっちゃうんじゃないかと思いましたよ。『絞め殺しの樹』には、直木賞が好む重厚感がみなぎっていましたし。しかしまあ、未来のある方です。いつだってチャンスあれば、直木賞のほうから擦り寄っていくものと思います。直木賞がうだうだしているうちに、どこかの純文芸誌に書いて芥川賞とかとっちゃったりして。そうならないように、直木賞にはしっかりしてほしいです。

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2022年1月19日 (水)

第166回直木賞(令和3年/2021年下半期)決定の夜に

 直木賞を長く見続けてきた人は、これまでもたくさんいたと思います。いまもいるでしょう。たぶん、そういう人にはわかってもらえると思うんですが、直木賞をずっと見ていると、どれが受賞するかなんて、どうでもよくなりますね。

 楽しいのは直木賞そのものであって、当落への興味は徐々に薄れていく。20数年、直木賞のサイトをやってきて、ようやくその気持ちがちょっとずつわかってきました。いまさらかい。

 という、しょーもない感想はこれぐらいにして、直木賞です。第166回(令和3年/2021年下半期)です。今日、令和4年/2022年1月19日の18時すぎ、都内で最多の陽性者が出たとか何とかワーワー言われている隅っこのほうで、2人の受賞者がうまれました。2回連続です。新型コロナウイルスが蔓延したことと、直木賞の受賞者が増えたことに、特別の関係はありません。あるはずがありません。

 受賞した2人のほかに、3人の作家たちがいたおかげで、今回もまた直木賞は楽しく面白い文学賞になりました。当落なんて、正直どうでもいいです。感謝の気持ちのほんの少しだけしか書けませんけど、候補になることを承諾してくれた5人の方々に、下手くそなりに御礼を書き残しておきます。

 実を言いますと、今回の候補作5冊を手にしたとき、その重みにウンザリする気分がありました。それをキレイさっぱり拭い去ってくれたのが、彩瀬まるさんです。『新しい星』の一作、よかったですねえ。賞のことも別に知らないし興味もない、でも何か新しい小説を読みたい、というような人がいたら、ワタクシなら彩瀬さんのこの作品を勧めると思います。いいじゃないですか、直木賞の受賞作じゃなくたって。普通の読者は、そういうこと気にしないですもん。こういう小説、これからもどんどん書いてほしいです。

 それで、ウンザリその1。あまりに世評が高すぎて手を出しづらい。逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』です。読めば絶対に「そんなに絶賛されるほどでもないな」と自分が思うことがわかっている。そんな自分の性格に、よけいに落ち込む。だから、評判の高すぎる作品は、そもそも読むのを敬遠してしまうんですけど、これが直木賞の候補作になってくれて助かりました。たしかに、面白いじゃん。逢坂さんのスタートに、一読者として立ち合えてありがたいです。今後は、逢坂さんの作品、敬遠せずに読んでいきます。直木賞の候補になるかどうかと関係なく。

 ウンザリその2。「現代医療の病巣」モノって、手垢がついていて読む気が起きない。柚月裕子さんの『ミカエルの鼓動』です。でも、いったん読み始めると手が止まらず、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。柚月さんの手腕、まじでナメてました。直木賞は、候補回数を積み重ねていくうちに選考委員の評価も変わる、と言われます。ただいま柚月さん2回目。まだまだこれからですね。こういう手腕の持ち主が、今後も候補になり得る余地を残しているのですから、直木賞の未来は明るいぜ。

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2021年7月14日 (水)

第165回直木賞(令和3年/2021年上半期)決定の夜に

 ウイルスの感染拡大を食い止めようと、いろいろな施策が行われています。やり始めてから結構たちます。直木賞でも一年前の第163回(令和2年/2020年上半期)から対策につぐ対策のなかで、今日7月14日、第165回(令和3年/2021年上半期)選考会の日を迎えました。今度もまた緊急事態宣言下だそうです。

 それでは、以前の第162回(令和1年/2019年下半期)までに比べて、受賞傾向にどんな違いが出てきたのだろう。と気にならないでもありません。だけど、そういう難しい分析は、誰かにお任せします。世のなかには、コジツケのうまい評論家やライターがたくさんいますので、誰かがスパッと胸のすくような記事を書いてくれるでしょう。

 ワタクシはコジツケが下手ですが、しかし今日の夕方、直木賞が決まったことはわかります。世間一般がどう受け止めたのかはわかりません。ただ、とりあえず直木賞っていうのは、候補作を読んでいる時間がボルテージのマックスだなあ、という実感は、前回までと何ら変わらないことはわかります。

 ということで、個人的な感謝の気持ちをこめて、直木賞候補になることをイヤがらずに受諾してくれた5人の方々に、今回もまた、忘れずに御礼を。どうもありがとうございました。

 一穂ミチさんが候補になってくれたおかげで、これまで「ケッ、ナオキショウって何だよ」と見向きもしなかった多くの人たちが、ふっと直木賞を振り返ってくれたのは間違いありません。そういう意味では、『スモールワールズ』の各編を書かせた編集者とか、予選を通過させた文春の人たちの手柄かもしれませんけど、今回の候補入りを経て、いつか直木賞が、一穂さんのすべてを抱きしめられるようなフトコロの深い賞になってくれればいいな、と将来への夢が広がりました。今後また直木賞が近づいてくることもあると思います。イヤがらずにお相手してくださると、うれしいです。

 ひとり、またひとりと絶え間なく現れる時代小説の新鋭たち。そのなかでも、砂原浩太朗さんの『高瀬庄左衛門御留書』には参りました。マジかよ。もうほとんど直木賞受賞作の貫禄じゃん……。上がいろいろとツカえているうえ、一作候補に挙がっただけじゃまだまだじゃな、という古い因習がはびこる賞なので、今日の結果は仕方のないところでしょう。砂原さんにはきっとリベンジマッチが組まれるでしょうから、そのときは、じわじわと選考委員の首を真綿でしめて完全勝利してください。

 リベンジマッチといえば、呉勝浩さんです。どう見てもひとつふたつ、文学賞がとれなかったところで、下を向くような人ではないと信じています。『おれたちの歌をうたえ』、今回のパンチも強烈でした。次は仕留めてくれるでしょう。直木賞はどうか知りませんが、ワタクシ個人的には、読み終わって頭がフラフラしています。呉さんのパンチで、快感に酔いしれています。

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2021年1月20日 (水)

第164回直木賞(令和2年/2020年下半期)決定の夜に

 個人的なことから始めます。直木賞が決まるたび、その夜に思ったことをつらつら連ねるこのエントリーを、はじめて書いたのは第137回(平成19年/2007年上半期)が決まった平成19年/2007年7月17日の夜。今回でまるまる14年、28回目となります。まあ直木賞の長い歴史を考えたら、まだまだ鼻クソです。

 この14年間、一度も「受賞なし」になったことがなく、毎回毎回、受賞者が出つづけてきました。直木賞は出版関係に力のある賞ですから、ほんのいっときだけ受賞作が世に拡散します。その影響度を考えると、ある程度のレベルを超えた作品だけに授賞するべきだ、ときどきは「受賞なし」の選択もすべきだ、という意見もあるでしょう。おそらく直木賞に過大な期待を向けている人はそう感じるのかもしれません。正直ワタクシはどちらでもいいです。

 さて、いうまでもなく直木賞の歴史は長いです。28回連続なんてまるで序の口、第1回から今回まで164回連続の記録を達成してしまったことがあります。受賞しない落選作が出た、ということです。

 このエントリーを書くたびに思いますが、直木賞は受賞の歴史より、落選の歴史の厚みに支えられています。当落はいつも紙一重、なのに受賞が決定してしまうと、おおむね受賞作にしか注目が集まらなくなるのが文学賞というものです。なかなか他の作品を語る機会もなくなります。なぜだ。なぜなんだ。社会の不条理を突きつけられて、思わず胸が痛いです。

 だけど、胸を痛めている場合じゃありません。しがないとはいえ、せっかくブログをやっているのです。今回も、直木賞の候補作を読むのって面白いなあ、と有頂天にさせてくれた6つの作品と6人の方々に、万感の感謝を捧げます。

 まず第164回の直木賞は、何といってもこの人でしょう。加藤シゲアキさんです。加藤さんの小説はこれまでワタクシも馴染み深く読んできましたが、書き続けていく作者の信念と熱量が詰まった作品ばかり。今回の『オルタネート』も、輪をかけて加藤作品に特有な情熱が充満していて圧倒されました。またいつか、直木賞の候補になることもあるでしょう。ジャニーズファンだけじゃなく、直木賞ファンだって、加藤さんの候補入り、いつでもお待ちしています。

 歴史的に直木賞は「候補がバラエティに富んでいること」がウリですが、長浦京さんのおかげで、今回もそのウリが伊達じゃないことが証明されました。『アンダードッグス』。圧倒的なドライブ感。というと、使い古されたコピーすぎますね。でも、休む間もなく繰り出される怒濤の展開と、20年後パートとのからみ合いには、心が躍りました。直木賞って、こういう派手な風合いには厳しいガンコ者なんですよねー。ガンコ者の頬をバチバチ叩くような小説、また期待しています。

 芦沢央さんの作品をどう読むかは人それぞれです。ワタクシが好きなのは、ミステリータッチのなかに、ほんのちょっぴりユーモアを感じられるところ。『汚れた手をそこで拭かない』に収録された作品も、とても笑える話じゃないけど、角度をずらして見れば喜劇にもなる、という芦沢カラーが美しく映えたものばかりで堪能しました。この路線が直木賞に合っているのかどうかは、よくわかりません。わかりませんけど、芦沢さんにはこれからも直木賞と仲良く付き合っていただけるとうれしいです。

 坂上泉さんの『インビジブル』を読んで、現代にもマッチしながら古風な風格を備えていたのには驚きました。おおげさに言うと「驚愕」です。作中の隅々にまで、社会に対する問題意識が痛いほどに飛び交っている。これはもうほとんど直木賞受賞作でしょう。なので、「もうほとんど直木賞受賞者」の称号を背負って、今後もさまざまなジャンルで重い球を投げつづけてください。直木賞はキャッチャーとして未熟かもしれませんが、そのうち坂上さんの球を受け取れる機会がくるはずです。

 『八月の銀の雪』、これは個人的に深く刺さりました。パッと見ての外観ではわからないところに、重要な価値がひそんでいる。うん、うん、そうだよなあ、と納得と共感が止まりませんでした。伊与原新さんに対しては、感謝のことばしかありません。……と、それで終わるのも寂しいので、あと一言だけ。直木賞とってほしかったなあ。だけどここはぐっとこらえて、未来に訪れるはずの二度目のときに期待を持ち越します。

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2020年7月15日 (水)

第163回直木賞(令和2年/2020年上半期)決定の夜に

 この社会状況のなかで、よくまあ選考会やったなあ。……っていうのが、正直な感想です。「何人かの中年および高齢者が、一か所に集まって議論する」会合をひらくことが、いま以上に難しくなる状況が今後訪れないことを、切に祈ります。

 第163回(令和2年/2020年上半期)の直木賞の選考会が、真っ昼間の午後2時からひらかれ、午後4時すぎに結果が発表されました。受賞作はご存じのとおりです。

 ……まあ、ご存じのとおり、と言ったって、日本国民のほぼ大半にとっては、べつにどうでもいいことでしょう。おおよその回は、次から次に押し寄せるニュースの洪水に流されて、パッと大衆のまえに現われるのは一瞬のこと。選考会とか受賞会見とか、はっきり言えば、それで十分といえば十分な催しです。

 今日も含めて選考会のまえに、かずかずの受賞予想が世に出ましたが、単に予想して終わってしまっているものは、急速に色褪せていきます。さびしくも悲しいですけど、それがこの社会であり、人間の営みなのかもしれません。

 ワタクシも年をとったせいか記憶力が薄れてきましたので、今回直木賞の候補になった5つの作品について、おそらく急速に忘れていくものと思います。さびしい。そして悲しい。しかし、5人の人が書いた5つの小説を読み、直木賞はどれがとるんだろう、どれがとってもいいなあ、とワクワクしながら過ごしたこの1か月があったのは、事実です。すべての候補者に対する感謝のことばを書き残しておくことで、この1か月間の幸せな時間を、しっかり刻んでおきたいと思います。

 遠田潤子さんの作品って、なんだかんだ言っても一種の〈品〉があるのが魅力的です。『銀花の蔵』はその品のよさが、よりいっそう積み重なっていて、これからの遠田作品はますますスゴいレベルに上がっていくんだろうな、とうれしくなりました。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な賞ですから、そのうち「アノ遠田潤子を落とした文学賞」として直木賞が語られるようになるかもしれません。いや、これからまだまだ受賞のチャンスがくるかもしれないし、未来のことはわかりません。遠田さん、ぜひ末永いお付き合いのほどを。

 そういえば、今村翔吾さんって、まだ今回が直木賞候補2度目だとか何だとか。もう5~6回ぐらい候補になっているかと錯覚しました。そのぐらいの貫禄が、『じんかん』の迫力あふれる筆致から伝わってきて、すえ恐ろしいと言いますか、いまも十分恐ろしいと言いますか、その作家活動すべてに圧倒されてしまいます。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な……って、テンドン繰り返している場合じゃありませんね。次の機会には、やってくれることでしょう。やっちまってください。飛んで暴れて、直木賞なんざ斬りきざんでやってください。

 『若冲』『火定』『落花』ときて、『稚児桜』。淡交社なのも驚きましたけど、澤田瞳子さんの4度目の直木賞との交差が、こういう作品集になったことにも驚きました。コッテコテで厚塗りの、ぎっちり内容テンコモリな長編小説だけが、サワダトウコの本領ではないんだ! というところを示された気がします。いずれにしても、いままでにないこういう選考日を、直木賞の候補者として体験できた貴重なおひとりとして、きっと蓄えられたものもあったはずです。いつか澤田さんが「私の体験した直木賞エピソード」として、堂々と語れる日が訪れることを願いつつ。またお会いしましょう。

 ああ岩手に行ってみたいな。と、この時期に思わせてくれた伊吹有喜さんは、果たして天使なのか悪魔なのか。……天使に決まっているんでしょうが、『雲を紡ぐ』の見事なエンターテイメント小説感! 直木賞というのはダークサイドを好む、ダークサイドな賞でもあるので、きっと選評などではダークサイドに落ちた人たちから、いろいろ書かれるんでしょうけど、随所に現われる明るさこそが伊吹作品の美点です。おそらくそんなところが読者に愛されるゆえんだと思いますし、ワタクシも、その明るさが大好きです。これからもまぶしい光で世界を照らせ、イブキユキ!

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2020年1月16日 (木)

第162回直木賞(令和1年/2019年下半期)決定の夜に

 「知れば知るほど楽しくなってくる」のキャッチフレーズでおなじみの文学賞といえば直木賞ですが、そのいちばん新しい第162回の選考会が令和2年/2020年1月15日(水)に開かれて、受賞結果が日本じゅうを駆け巡りました。

 結果を知らなくたって生きていけます。しかし知ればもっと日常が楽しくなるのが、直木賞です。他の人のことはわかりません。少なくともワタクシがそうです。

 まあワタクシの場合はだいたい毎日、なぜ自分は直木賞を面白いと思うのか、考えて考えて、答えの出ないまま次の週を迎える、といったことを繰り返している、ほぼヘンタイの病人ですけど、たぶん日本で何百人か何千人かぐらいは興味をもってこの賞の動向を気にしている、と漏れ聞きます。おお。同志よ。心強いかぎりです。

 読まなくたって生きていける。でも読んでしまえば、もっと楽しい毎日が送れる5つの小説が、第162回直木賞の主役を張りました。いったい直木賞に何の文句があるのか、ある人もたぶんいるんでしょうけど、5つの候補作が読めた、それだけで楽しかったんですから、ここは大人としてお礼を述べておきたいと思います。

 誉田哲也さんのように、独自で我が道を切り開き、多くの読者を喜ばせてくれる作家に対しては、ただ尊敬の念しかありません。直木賞がそういう作家のなかでも、ほんの一部の、偏った方面の人たちしか顕彰できないのは、ほんと申し訳ないです。次に何が出てくるか読者の期待を引きつけながらも、現代の技術進歩に対してひとりひとりがどう受け取り、付き合っていくのかを読み手に突きつける。『背中の蜘蛛』、まじ重い。そしてしびれます。とりあえず「誉田さんを一度も候補に挙げることができなかった」という、直木賞のほうにとって屈辱の歴史が回避されたので、それは今回よかったです。

 小川哲さんの、おそらく今後も長くつづいていく作家生活で、いちばん最初に直木賞が候補に挙げたのが『嘘と正典』……って、どういうことなのか。もはやワタクシの稚拙なおつむでは、理解が追いつきません。『ゲームの王国』でまず候補に選んでおけばよかったのに。でも残念ながら、「嘘と正典」のように過去起きたことに何かを仕掛けるわけにもいかないので、小川さんが未来をつくっていくところを、かたずを呑んで見守るしかありません。次はもう破ってくれるでしょう。直木賞の古びた壁を。

 『スワン』の無差別殺人の導入部。関係者5人が集められて虚々実々で繰り広げられる事件検証の様子。その設定で、おっ、ヤルな、と思わされたところで、呉勝浩さんの叩きつけるような精神の混入が、主人公の女子高生に乗り移っていく後半部分に、釘付けになりました。ミステリーの形式だと直木賞では不利になる、なんて言われたのは、とっくのとうの昔の話(のはず)。呉さんには、謎と解決とワクワク感を守り抜いたミステリーを期待します。それで直木賞のほうが降参するときがくれば、それはもっと爽快です。

 さあ来ました。来てしまいました。いつの間にやら常連となった4度目の候補、湊かなえさんが、いまも着々と築き上げる作家的業績。これまで選考委員のウケが全然よくなかったみたいですけど、今度の『落日』で光明が差した気がします。また来るでしょう。来てくださるでしょう。文学賞向きじゃない、とても受賞できそうにない、と思われた10年くらい前から丹念に独自の作風を積み上げつづけるその軌跡は、いつかきっと「湊かなえ伝説」として語り継がれる時代がくるでしょう。

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2019年7月18日 (木)

第161回直木賞(平成31年・令和1年/2019年上半期)決定の夜に

 令和の時代は、女性が切りひらく。キラりん。……みたいな、文芸以外の世界での得体の知れないプロパガンダに悪用されることがなければいいなあと思います。令和1年/2019年7月17日(水)、第161回直木賞が決まりました。

 いったい今の時代、直木賞がどれだけ注目されているというのか。つねづね疑問ではあるんですが、意外に注目度は残っているようで、面白いというべきか悲しいというべきか、とりあえず報道のされ方や、一般的なミコシの担がれ方は、少なくともうちのサイトが始まった19年前と比べても、さほど変わっていません。むしろ、その熱は高まっているようにも思います。

 まあ、そんなこと、どうでもいい話といえばどうでもいい話です。下手な現状分析などはやめておきます。何といっても第161回。161回目の新たな扉。直木賞はいつだって新しいんですが、それは受賞作だけが構築する新しさではありません。選ばれなかったけど、選ばれても何の問題もなかった候補作の数々。候補作なくして、絶対に新たな直木賞はあり得ません。

 まずは窪美澄さんの『トリニティ』です。読みましたか? 60年代以降現在までの、出版・編集業に携わってきた人たちの一部から「いや、それはそうじゃない」という感想が出ることは、最初からわかっているのに、わざわざこれを題材にする勇気。いや。マガジンハウスや雑誌、その時代を知る内輪な人たちの違和感のほうに向くのではなく、全身でいまの一般読者のほうに目を向けた窪さんの意気を、ワタクシはここから感じました。いいじゃないですか、実在の事象をモデルにした小説。ぐだぐだ言う人の多い直木賞はとれないかもしれないけど、ワタクシはもっと読みたいです。

 候補5度目ともなってくると、しがないうちのブログが柚木麻子さんに対して言いたいことなど、もはや何もありません。ゼロです。なので、たぶん以前書いたのと同じようなことを繰り返します。柚木さんにしか書けないこの『マジカルグランマ』の面白さを評価できなかったのは、柚木さんのせいではなく、100パー直木賞の責任です。そして直木賞は非力なものですから、自分の責任をとることができません。そんな直木賞、ぶち壊しちゃっていいと思いますので、どうかそんな小説を次々と書いてもらえると、こちらも溜飲が下がります。

 『若冲』『火定』とつづいて、今度が『落花』。新たな歴史小説の創造に邁進する澤田瞳子さんに、いったいいつ直木賞は授賞の報をもたらすつもりなんでしょう。そんなことは誰にもわかりませんが、澤田さんの作家生活はまだまだこれからが長丁場なはずです。チャンスはいくらでもめぐってきます。候補になるたび、いちいち騒がれて、たぶん面倒くさいことかと推察しますけど、どうか直木賞のことを見捨てないで、笑ってお付き合いいただけることを願います。またお会いしましょう。

 正直なところ申し上げますと、朝倉かすみさんが直木賞の候補に選ばれたことで、ワタクシの満足はピークに達しました。待ってましたよ朝倉さん。この日がくることをずーっと前から。『平場の月』はいま以上に、もっともっと多くの読者に届け、と願わずにはいられない小説ですが、今回直木賞がその後押しをすることができなかったのは、直木賞ファンとして悲しいことでした。いつか朝倉さんの小説が受賞することで満足がピークに達するような未来を、これから心待ちにしたいと思います。

 直木賞をとることと、直木賞の候補に挙がりつづけること、どちらが難しいか。……なかなか比較しづらい問題ですけど、原田マハさんが今度もまた、美術と歴史を題材にした『美しき愚かものたちのタブロー』で候補になった、この偉業を尊びたいです。美術に関する深すぎる興味から、これだけの作品を生み出し続ける驚異の筆力。汲めども汲めども尽きぬ、美術界の物語。直木賞の選考委員の側が折れるまで、このまま直木賞に魂のこもった作品を、送り込みつづけてください。

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2019年1月17日 (木)

第160回直木賞(平成30年/2018年下半期)決定の夜に

 平成31年/2019年1月16日、横綱・稀勢の里が引退会見を行いました。ひとつの時代が終わったと見るか。引退する力士という存在はそれほど珍しくないのだから、恒例の日常風景と見るか。どう感じるかは人それぞれで、べつに他人の感覚に合わせる必要などありません。

 平成31年/2019年1月16日、第160回直木賞(平成30年/2018年下半期)も決まりました。これなど、まさしく恒例の日常風景、6か月に1回、定期的に開催されています。話題になっているのかいないのか。これもまたもちろん、どう感じるかは人それぞれで、べつに他人の感覚に合わせる必要などありません。

 個人的な感覚で、今回の直木賞を思い返すと、とにかく熱い。重い。長い。という印象ばかりがひしひしと身体にのしかかってきます。どの候補作が受賞しても、そんな直木賞を象徴しているかのようで、直木賞ファンとしては何一つ問題なく楽しみましたが、せっかくだったら平成最後のサプライズ、候補5つ全部受賞! とかやってくれたら最高だったのに、と思います。受賞作ばかりがこの賞を形成しているわけじゃないんだな。そんな事実を再確認させてくれた回だったとも思います。

 何をさておいても、真っ先に取り上げたいのは、そりゃあ、あなたですよ深緑野分さん。『ベルリンは晴れているか』に、このままどの文学賞も賞を贈らない、ということにでもなったら、何だかこれからワタクシ自身、心に傷が残ってしまいそうで、何ちゅう判断をしてくれたんだ直木賞、と悲しくなりますが、終わった賞は終わったことです。直木賞の候補がきっかけで、こういう小説と出会うことができたのは、掛け値なし、大げさでなく幸せでした。きっと直木賞に悪気はありません。どうか深緑さんも直木賞のことを嫌いにならずにいてくださると、うれしいです。

 『熱帯』を読み終わって、不思議な感覚になりました。そして思いました。どうやらこの世には森見登美彦という人がいるそうで、サイン会もやっているし、インタビューも受けている。だけど、あれは誰かが、森見登美彦が実在しているという状況を創造したフィクションで、直木賞の受賞会見のときに、誰かからその仕組みが明かされるのではないか、と。けっきょく今回も明かされはしませんでしたが、読者の心のなかに森見登美彦はいます。謎は、いつまでも謎のままです。

 ところで、やっぱり直木賞選考会での、歴史小説に対するハードルの高さは尋常じゃないな、と思わされたのが、垣根涼介さんの『信長の原理』が受賞できなかったことです。これでも受賞圏じゃないのか。どんだけ歴史モノに厳しいんだ、と叫びたくなります。たぶん選考委員の方たちのなかには、一生解けそうもない「直木賞にふさわしい歴史小説」像があるのでしょう。そういう他人の感覚など気にせず、これからも垣根さんの歴史モノ、読みつづけていきたいと思います。

 『童の神』、正直なところ面白かったです。現代的なテーマを下敷きに、説話の世界からここまで肉付けして、突き抜けた物語をつくるという今村翔吾さんのタダ者じゃなさが、痛いほど伝わってきました。デビューまもない勢いのある新人作家を、なぜか取りこぼしてしまう直木賞。ああ、またか。とガッカリしましたが、とりあえず文学賞の当落はさておいて、今村さんの前途には明るさしか見えません。時代小説の新時代への扉、開けちゃってください。

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