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2025年1月15日 (水)

第172回直木賞(令和6年/2024年下半期)決定の夜に

 人生、楽しいことばかりじゃありません。むしろつらいことのほうが多いんじゃないか、と思います。何でこんな毎日を生きなくちゃいけないのか。だれか教えてほしいです。

 しかし、そうこうするうちに、イヤでも時間は流れます。まだかまだかと待ちに待って、ようやく半年が経ちました。1月15日(水)、第172回(令和6年/2024年・下半期) 直木賞が決まる日です。つらい毎日を忘れさせくれる唯一つのお楽しみです。

 まあ、こんなものしか楽しみがないとか、はたから見ると、ほとんど人生終わってますよね。ただ、いまさら生き方を変えることもできません。

 半年待てば直木賞がくる。候補作が発表されるのでそれを読む。まるでパッとしない生活も一作一作の小説を読んでいると、俄然、彩りが豊かになります。

 ええい、もう現実なんてどうでもいいや!……と、完全に人生を終わらせるわけにはいかないんですが、直木賞から得られる幸せな時間がたしかにある。それだけで明日を生きる気力も沸いてきます。

 今回も5つの候補作のおかげで、どうにかワタクシも命をつなげることができました。命の恩人とも言うべき5人の方々には、こんなチンケなブログでお礼を書いたところで、何ほどの感謝も伝わらないと思いますが、何も書かないよりましかと思い、万感の感謝を捧げます。

 荻堂顕さんって、まだ作品数は多くないけど、どれをとっても濃密にして熱く、クールにして肉厚な、圧倒的な筆力にしびれます。『飽くなき地景』もまた、読み進めながらビリビリきました。どうしてこんな発想が出てくるのか、この才能の前にワタクシはひれ伏します。これからも荻堂さんの小説を読める人生。それはもはや、極楽です。

 『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顚末譚』を読んで思わずうなりました。さすがだなあ、木下昌輝さんのうまさは。歴史モノでありながら堅苦しさをまるで感じさせない親しみやすさ。箸で蝿をつかむ場面などは、思わず本を置いて拍手してしまいました。木下さんなら、そのうち直木賞ぐらいとれるっしょ。

 いまさら月村了衛さんみたいな実力者に、直木賞が何か評価をつけるというのもおかしな話です。いや、直木賞がどうのこうのより、こんなブログでおためごかしな感想を書くのもためらわれます。『虚の伽藍』が放つ黒々とした鈍い光に、もはや言葉もありません。恐ろしい作家だ、月村了衛。

 朝倉かすみさんの『よむよむかたる』が、読書好きの人間に与えてくれた希望は計り知れません。本を読んで何かを思う。それが日常にある幸せを、物語にしてくれてありがとうございました。人さまの小説を偉そうに論評するより、作中の読書会の人たちのように年をとりたいものだと、しみじみ思います。

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 直木賞の受賞予想をする人に言わせれば、きっとこの結果に対しても、うまい一言がいえるんでしょうけど、こちとら、ただ直木賞が好きなだけで生きています。何が落選したって何が受賞したって、それが直木賞というものなんだ、としか言いようがありません。

 伊与原新さんが、他の候補者に比べて賞に値するのか、あるいはしないのか。そんなことはわかりませんが、ともかく伊与原さんの作品は、読むといつもグッときます。とくに、うまく生きることのできない不器用な人物が出てくると、もうたまりません。『藍を継ぐ海』も、グッとくる短編ぞろいで、個人的に救われました。助かりました。

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 せっかくの直木賞の日なんだから、全身全霊、楽しまなきゃ損だ。と思って、今回は、候補作に描かれた舞台の土地で結果発表を見届けるために、『よむよむかたる』の舞台、北海道小樽市で過ごしました。

 そりゃ、小樽の小説が受賞すればよかったでしょうけど、ただ、直木賞は受賞に関することだけで成り立っているわけではない、と身にしみて知るのにいい機会になりました。とれなくって残念だと思う気持ち。それでも読んで面白かったという掛け値なしの読書体験。とれなかった候補作やそれをとりまく事柄だってすべて、直木賞を構成する重要なピースです。歴史的にずっと。

 小樽まで行かなきゃそんなこともわからなかったのか、ポンコツめ、とツッコまれそうですけど、どうやれば直木賞と楽しく接することができるか、を生涯学んでいきたいワタクシにとっては、小樽で地元の人たちがひっそりと開いた「結果発表を待つ会」に参加できたのが、何よりです。うん、こういう直木賞選考会の夜の過ごし方も、全然ありだなと実感できました。

  • ニコニコ生放送……芥:18時14分(前期比+16分) 直:19時06分(前期比+26分)

 ニコ生の解説も、受賞者記者会見も、ゆっくり観れていないんですけど、あとでタイムシフトで楽しみます。直木賞の発表は、一過性で盛り上がるだけじゃなく、何度でも繰り返して楽しめるからいいですよね。……って、そんな楽しみ方してるの、おれだけか。

 何といっても、直木賞の歴史は無駄に長いので、決定発表がこれまで172回分もあります。それぞれの回を繰り返し繰り返し味わっていれば、6か月という長い時間もすぐに経ってくれるでしょう。第173回(令和7年/2025年・上半期)の候補と出会えるのは、6月なかば。それまでに人生終わっちまわないように気をつけて、次の出会いを待ちたいと思います。

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2024年7月17日 (水)

第171回直木賞(令和6年/2024年上半期)決定の夜に

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 今日の東京も蒸し暑い日でした。

 蒸し暑い夏といえば直木賞。奇数回のときは毎年こんな感じです。今日7月17日(水)、第171回(令和6年/2024年・上半期)の受賞が発表されました。ニュースで報じられているとおりです。

 ウワサによると、こんな面白い行事が定期的にあるのに、候補作をいっさい読まず、ニュースで知るだけ、っていう人が世の中にはたくさんいるんだとか。

 マジでもったいない。と思うんですけど、まあこっちだって、直木賞以外の、おそらく楽しい世の中のイベントや出来事は、ほとんど知らないまま生きています。どっちもどっちです。

 いずれにしても、直木賞を楽しめるかどうかは、世間の動向とは関係ありません。半年のあいだ待ちに待ち望んで、ようやくやってきた新しい直木賞も、候補作のすべてが面白くて、それがいちばんの満足でした。どれが受賞したとかは、正直、些細なハナシです。

 麻布競馬場さんに授賞したら、直木賞も大化けできたのに……。直木賞にとっては、チャンスを逃したかたちになって残念です。『令和元年の人生ゲーム』を読んでいると、描いている世界は新しいのに人間を見つめようとする小説家としての腕の確かさに、感嘆しきりでした。麻布競馬場さん、また直木賞の場にきてください。そして直木賞にリベンジの機会を与えてやってください。

 それにしても、こんなに正統派で、作者の思いのこもった小説が候補ですから、一発で岩井圭也さんが受賞するのかと思っちゃいましたよ。『われは熊楠』の何がどうケチをつけられたのか。いまのところはよくわかりませんが、ほんのちょっと委員の機嫌が違えば、直木賞の一つや二つ、岩井さんが受賞する日は近いはずです。「あげるのが遅い」が直木賞の代名詞。あきらめてその日を待ちます。

 青崎有吾さんの『地雷グリコ』は、世間の評判がものすごくて、読む前から身構えてしまったんですけど、いやいや、あまりの鮮やかな設定と展開に参りました。次はどうなる、最後にどうなる。このとてつもないドキドキ感。読書の醍醐味を味わわせてもらったので、文学賞とかはどうでもいいです。これから追いかけていきたい作家がまた一人見つかりました。

 鼻から火を吹く『あいにくあんたのためじゃない』のパワフルさ。かつ繊細さ。柚木麻子さんが、自分の行く道から逸れずに、ずっとアップデートを続けているその姿に思わず感動しました。6回も落としたからってそれが何だ、直木賞だって人の子だ、7回8回と続けば、いつか直木賞が折れるかもしれん。っつうか、柚木さんのほうがウンザリしちゃってるかもしれない。すみません、直木賞のために、これからも候補入りの話、断らないでください。

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 聞くところによると、光文社の本で直木賞を受賞したのは、第57回(昭和42年/1967年・上半期)の生島治郎さん『追いつめる』以来、57年ぶりらしいです。とれそうでとれない。と、しばしば言われてきたこの出版社に、直木賞受賞を引っ張ってきた一穂ミチさんの強運ぶり(いや、実力)が、とにかくもう、すさまじいです。

 以前候補になった『スモールワールズ』『光のとこにいてね』とはまた一転、『ツミデミック』に収められたホラー味&ユーモア味&社会性もある犯罪小説の数々に、しびれました。これからも一転十転、歴史ものでもSFでも、多種多様な小説を書いていってくれるんでしょう。何でも書けちゃう一穂ミチ。恐ろしいです。

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 今回は、第144回(平成22年/2010年・下半期)から続く伝統のニコ生放送が、サイバー何とかのせいで休止中。YouTubeのほうの「ニコニコニュース」で受賞者会見が中継されました。発表貼り出しの時間は以下のとおりです。

 うーん、わきの解説がなくてつまらないな。……と思ったからでもないんですけど、家でパソコンに張り付いていても暇なだけなので、蒸し暑いなか、えっちらおっちら電車を乗り継いで、横浜市金沢区にある直木三十五の墓に行ってきました。去年の夏もここで発表を待ったので、今年で2回目。長昌寺のご住職と、南国忌実行委員の重鎮お二人とともに、受賞の結果を直木さんの墓前にご報告しました。って、相変わらず何をやってるんだ、おれは。

 でもまあ、直木賞はいつ見ても、どんなふうに接しても絶対に面白いから、一生直木賞ファンはやめられません。今度は極寒の1月にやってくる第172回(令和6年/2024年・下半期)の候補作を読むことだけを楽しみにして、半年間の冴えない日常を過ごしたいと思います。ええい、早くこい。直木賞。

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2024年1月17日 (水)

第170回直木賞(令和5年/2023年下半期)決定の夜に

 面白いですよね、直木賞。こんなに面白い出来事がこの世にあっていいのか、と毎回ため息をついちゃいます。

 今日、令和6年/2024年1月17日の夕刻、第170回直木賞(令和5年/2023年下半期)が決まりました。候補者やその関係者の立場になれば、楽しんでばかりもいられないんでしょうけど、単なる一直木賞ファンが彼らの側に立ったふりしてシャラくさいこと言っても仕方ありません。まったく面白いものは面白いです。

 その面白さの一端は、候補作すべてをダダダダっと集中的に読む、その行為(つまり「読書」ですね)がもたらしてくれるのは間違いありません。受賞が決まったあとに受賞作だけを読むことに比べたら、候補作を全部読むだけで、もうそれだけで、1万倍くらい面白いです(たぶん)。

 そんなふうに読書の楽しさを与えてくれる候補作が、賞をとった・とらなかった、とたったそれだけのことで、一方は大きく取り上げられ、一方は急激に注目度を奪い取られるんですよ、直木賞っつうのは。まったく不条理にもほどがあります。

 世のなかは理不尽さなことだらけです。もう耐え忍んで生きていくしかないんですけど、ただ、候補作を読んでいるあいだはどの小説も楽しかったことに間違いはありません。直木賞という舞台に出てきてくれて、ありがとう。賞をとれなかった作品たちに感謝を述べたい気持ちでいっぱいです。

 加藤シゲアキさんの『なれのはて』には、正直ぶっとびました。チャラチャラしたアイドルが小説書きやがって、とか馬鹿にして、はなから手を出そうともしないジイさんバアさんたちに鉄槌をくらわす、重厚で大人びた小説。でもまあ、こういういかにも直木賞っぽい作品もいいんですけど、加藤さんはミステリーでもSFでも何でも書きこなせる方だと思うので、今度はぶっちぎりで新鮮な小説が読みたいです。よろしくお願いします。

 「こんな力のある作家が世の中にはいるんですよ」。と、新しく教えてもらえるから、直木賞を見るのはやめられないんです。今回、嶋津輝さんの小説を初めて読んで、すげえ作家が小説界にはうじゃうじゃいるんだな、と感動すら覚えました。『襷がけの二人』、直木賞じゃなくても何かのかたちでもっと脚光を浴びてほしいです。ドラマ化、映画化されるとか。

 しかし、ここで宮内悠介さんに受賞してもらうめぐり合わせが、どうして直木賞に訪れなかったんだろう。うう。おじさんは悲しいです。『ラウリ・クースクを探して』、いいっすよね。人生って何なのか、ぐっと考えちゃいますよね。宮内さん、すみません、煩わしいでしょうけど、まだまだこれからも直木賞とお付き合いください。

 さすがに毎回毎回、時代物が直木賞とったりしないよなあ。と思いながらも、村木嵐さんの『まいまいつぶろ』なら、そんな苦境を覆しちゃうかも、と頭をよぎっちゃったのはたしかです。いやあ面白い小説でした。また今後も候補になってくださると一読者としてうれしいです。

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 それで、今回も大盤ぶるまいの二作授賞で、3期連続。あげたい人がわんさかいる、というのは、健全な精神の現われですよね(たぶん)。

 健全だと思います、河﨑秋子さんの作品を選んじゃうんですから。人によっては目をそむけたくなるはずの、容赦ない冷静な書きっぷり。これにイイぞと太鼓判を押す直木賞の感覚に、今回は納得しました。でもまあ、河﨑さんが文学賞をとったから何かを変えるような方とはとうてい思えません。もっともっとツラくてせつなくて救いのないもの、書き続けていってくれると期待しています。

 それと、嬉しいのはもう一人の受賞者が出たことです。ワタクシ自身、最近、生活がすさんでいるもんで、『八月の御所グラウンド』を読んで清らかな気分になりました。万城目学さんの、軽快でおかしくて、まったくブレない芯の強さが、ついに、いよいよ、ようやく、遅ればせながら、直木賞の委員に届いたんですよ。もう、じーんと胸に来ます。直木賞専門サイト&ブログを長年やってきてよかったです。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:17時37分(前期比-15分) 直:19時08分(前期比+34分)

 芥川賞は前回より早めに、直木賞は逆に遅めに発表されたことで、直>芥の選考時間の長さが、また相当ひらきました。直木賞の選考委員のみなさん、お疲れさまでした。

 ちなみにワタクシは「直木賞を最大限、外から楽しむ」を人生の目標にしているので、今回は、一年ぶりに大阪・谷町にある直木三十五記念館の路地裏選考会に行ってみました。

 そしたら、いつも冗談まじりにテキトーなことをしゃべっている大阪のおじさん(=小辻事務局長)が、とるならコレとコレかな、と指さした2作品がズバリ的中。参会者も大盛り上がりでした。

 というか、なにしろ万城目さんは、直木記念館にとってはご当地、地元出身の小説家です。館の人たちも、この結果に半ば茫然としながら、涙を流して喜んでいました。こういう場所に立ち会うことができて、感慨もひとしおです。

 と、こう書いたあとは、もはや心は次の第171回(令和6年/2024年・上半期)に飛んでいっています。やっぱり候補作は5つよりも6つのほうが、6つよりも7つのほうが、断然面白いですよ、奥さん。次もどっさり候補作を読めることだけを楽しみに、数か月、命をつないでいきたいと思います。

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2023年7月19日 (水)

第169回直木賞(令和5年/2023年上半期)決定の夜に

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 直木賞とは何なのか。

 いつもゴチャゴチャしていて、何のイベントかわからなくなっていますが、そもそも、をたどってみれば、スタートははっきりしています。昭和9年/1934年2月24日に直木三十五さんが死んだことです。

 ということで、直木賞が決まる日には、直木さんを追悼したい! お墓にお参りしたい! とつねづね思っていました。

 7月19日(水)、今日も都心は30度を超え、冷房の効いた部屋のなかで受賞発表中継でも見ようかな、とだらだらしていたところ、よし、頑張って行ってみるかと、ふと思い立ち、えっちらおっちら電車を乗り継いで、神奈川県横浜市金沢区富岡にある、長昌寺の直木さんのお墓を参拝。

 ご存じですか、あなたがいたおかげで、今日も直木賞が賑わっています(?)よ。と候補作をお墓の前に置いて、無事に報告をすませてから、汗だくになったからだに鞭打って、さっき家に帰ってきたところです。……まったく、何してんだろ、オレ。

 いやまあ、直木三十五さんの存在もデカいはデカいんですが、第169回(令和5年/2023年・上半期)の直木賞が面白かったのは、いまを生きている作家のおかげでもあります。昔の文壇や直木賞のことも胸が躍りますが、いま自分が生きている同じ時空で、変わらずに小説がどしどしと書かれ、変わらずに直木賞が行われている。このリアルタイム感があってこその直木賞です。

 今回も、直木賞という場にお出ましいただき、われら読者に楽しみを提供してくれた候補者が5人います。至福の時間をつくってくれて、ほんとうにありがとうございます。

 だいたい、直木賞の候補のなかに月村了衛さんが入っている! というだけでテンションが上がるじゃないですか。チマチマ、ウジウジとした日常が吹っ飛ぶような、爆速でパワフルなストーリー。『香港警察東京分室』でもますますうねる剛腕が炸裂していて、このクソ暑いなか、血がたぎりました。うおーっ、直木賞なんざ燃やし尽くしてしまえ。

 燃やすといえば『骨灰』ですけど、この作品の全編に満ちた冲方丁さんの活力たるや。驚愕の一言です。この調子で走りつづけて、末永くエンタメ小説界に君臨してくれるでしょう。あとは、冲方さんが生きているあいだに直木賞が廃止されちゃうんじゃないか。それだけが心配です。廃止される前に、どうかどこかで受賞してください。

 今年の夏も暑いそうです。いや、「そうです」じゃなくて、現実に暑いです。これがしばらく続くかと思うと気力が萎えますが、ちょうど7月、直木賞の季節に高野和明さんの『踏切の幽霊』に出会えたのは僥倖でした。こ、これは面白い……。怖いとか感動するとか、そういう次元を越えた、読書でのみ味わえる複雑な高揚感にうち震えました。ううっ、高野さんのおかげで、この夏、なんとか乗り切れそうです。

          ○

 前回にひきつづいて今度も二作受賞ということで、ええい、もうどうにでもなれ、のヤケクソ感も伝わってきます。うんうん、いいじゃないのさ、ヤケクソ感。ケチケチしてたって何も始まりません。

 『木挽町のあだ討ち』の山周賞のオビ、引き締まっていてカッコいいですよね。ここに「直木賞受賞」の文字が入ることで、カッコよさが台なしにならないように祈ります。永井紗耶子さんのもつ、気品や真摯さは、直木賞みたいなケバケバしいものが来ても、びくともしないでしょう。さあ、とっちまったら、あとは自由だ、飛び立てサヤコ、未来は明るいぞ。

 垣根涼介さんの歴史小説を読むと、いつもワクワクします。歴史的な事実に沿って進むのに、まったく飽きることなく惹きつけられる。『極楽征夷大将軍』 もそうでした。直木賞がどうとか、そういう些末なことはこのさい忘れて、垣根さんの書く小説、これからも楽しみだなあ、と思わせてくれる魅力あふれた作品だったのは間違いありません。うん、まじで楽しみです。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:17時52分(前期比-25分) 直:18時34分(前期比+10分)

 直木賞をやるためには、おそらくけっこうカネがかかっています。日本文学振興会は、文藝春秋が稼いだ貴重な利益のいくぶんかを使っていますし、ニコ生だって、ただで制作しているわけじゃありません。ネットで発信されるメディアの記事も、たいていギャランティが発生しています。

 そういう大金をつぎ込んだイベントを、ネットの通信費程度のハシタ金で、まるまるみっちり楽しめてしまうのです。まったく現代の直木賞は、神か仏か、と拝みたくなります。

 とりあえず直木さんのお墓を拝ませてもらい、現世のうちに楽しめるなら、汗をかいてでもお出かけしよう、と改めて意を強くしました。前回は直木三十五記念館、今回は長昌寺の直木の墓前、次の第170回(令和5年/2023年・下半期)は、どこで選考日を迎えようか。まだ半年もありますから、そのあいだに考えておきます。

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2023年1月19日 (木)

第168回直木賞(令和4年/2022年下半期)決定の夜に

 いよいよ明日ですね。令和5年/2023年本屋大賞のノミネート作が発表されます。何が候補になるんだろう。あれかな、これかな。頭がいっぱいです。明日が来るのを楽しみにして眠りにつきたいと思います。おやすみなさい。

 ……いや、寝る前に、ひとつ思い出しました。そういえば今日、別の文学賞の選考会がひらかれていたというではないですか。第168回(令和4年/2022年・下半期)直木賞です。

 ワタクシ自身、直木賞の楽しみは、だれの何という作品が受賞するか、ということじゃありません。ボルテージのマックスは、昨年12月に候補作が発表され、それらの作品を一作一作読んでいる最中です。

 なので、選考結果がどうなったのかは、些末なおハナシ。おいしいフルコースを食べておなかがパンパンになったあと、最後にちょっとだけ飲む一杯の水みたいなものです。

 水は水。ワタクシには、かくべつ語るほどの感想もありません。ただ、フルコースの料理については、こんなに贅沢なものを食べさせてもらって、無言で立ち去るのは気が引けます。まあけっきょくは「おいしかったです!」ぐらいしか言えないんですけど、今回も趣向を凝らした絶品の5作、堪能しました。

 『光のとこにいてね』が候補になってくれたおかげで、一穂ミチさんの、長篇作家としてのうまさを味わいました。長いあいだ書きつづけてきた人の力をナメちゃいけませんね。……って、別にナメてたわけじゃないですけど、一穂さんは新たな時代を背負って立つ作家のひとりになるだろう、と確信しています。直木賞はなかなか時代の先頭に立つのが苦手な賞ですが、いずれ直木賞も、一穂さんの歩みに追いつく日がくればいいな。

 いやあ、『クロコダイル・ティアーズ』 面白かった。正直、今回の候補作でこれがいちばん面白かった。と感じてしまうのは、おそらくワタクシが古びたおじさんだからでしょうけど、しかし雫井脩介さんが候補者にいてくれたおかげで、心理サスペンス小説の魅力に、改めて気づかされました。ありがとうございます。

 凪良ゆうさんの小説が候補作になったと聞いたとき、おじさんは恐怖で震えました。おれが読んでわかるのか。そもそも作者も、ジジイになんか読まれたって嬉しかなかろう、と。だけど勇気を出して読んでみれば、そんな懸念を楽々と飛び越える『汝、星のごとく』 のまっとうなつくり。救われました。今度、凪良さんが候補になっても、もう恐れず、その柔らかな世界に浸れそうです。

          ○

 受賞結果は、たぶん順当だったんだと思います。二作受賞、ということまで含めて予想が当たった人も、全国に何千人かはいたでしょう。

 それだけ多くの読者が直木賞のことをよく知るようになったということか。はたまた、選考委員が一般の読み方に寄り添ったのか。よくわかりませんが、どっちなんだろうと考えるのもまた直木賞の楽しみ方です。いまリアルタイルでワタクシも楽しんでいます。

 ただやっぱり、小川哲さんの『地図と拳』が直木賞をとらない世界など、思い浮かびませんよね。あんなに絡み合ったお話を、読んでいるこちらにストレスなく伝えながら、読み終えて感嘆させてくれる抜群の力作。満洲は、直木三十五さんとも縁がなくはない土地ですし、これ以上ないほどに、ふさわしい受賞だったと思います。

 そして、そんな目一杯の重量級と同じ舞台に立たされて、よくぞ受賞しました『しろがねの葉』。いったい、千早茜さんはどこまで大きくなるんでしょうか。時代物まで書けちゃうんですよ。もう無敵じゃないですか。そうだそうだ、敵なんぞ蹴散らしてしまえ、これからも攻撃的な作品をたくさん書いていってください。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:18時16分(前期と同時刻) 直:18時24分(前期比+8分)

 いつもは家でネットに貼りついているんですけど、たまには新しいことをしたいな、と思いついて、今日は大阪にある直木三十五記念館に行って、そのときを待っていました。

 ここでは10数年も前から、1月と7月、選考会の日に合わせて「勝手に直木賞「長屋路地裏選考会」」というのが開かれています。テレビもラジオもつけず、ニコ生中継も観ず、ただただ参加者たちが好き勝手に候補作のことをしゃべり合う。ほとんど小辻事務局長の独演会と化していましたが、それでもハナシは脱線に次ぐ脱線で、それがまた面白く、気づいたら東京での受賞発表も終わっていました。

 こういう待ち方もまたアリだなあ、と近年ニコ生中継ばっかりで毒されてしまった自分を、少し反省しています。さて、半年後はどうやって直木賞発表を待とうかな。第169回(令和5年/2023年・上半期)の来るのが待ち遠しいです。

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2022年7月20日 (水)

第167回直木賞(令和4年/2022年上半期)決定の夜に

 今日も暑いですね。

 直木賞は年に2回の選考です。87年まえからずっとそうです。奇数の回は、毎年毎年このクソ暑い時季にやってきたのだな、と思うだけで目まいがしますが、冷房の効いた部屋のなかで、鼻くそをほじりながら受賞ニュースが動画で見られるのですから、ここは天国かよと思います。いまの時代の直木賞ファンで、ほんとよかったです。

 そういうなかでコロナ禍が続き、今日の東京でも感染報告が2万件を超えたそうです。外を出歩くのもはばかれる。だけど直木賞は、いつも身近にあります。

 今回の第167回(令和4年/2022年・上半期)も、なかなかボリューミーな候補作がいくつもありました。だれにもわずらわされない空間で、これらを読み進めていると、日常のイヤなこともふっ飛びます。いや、ふっ飛ぶまでは行きませんけど、イヤなことを忘れる時間は確実に得られました。

 ああ、また明日からイヤな日常が始まるのだな。と、早くもうなだれてしまいます。だけどその前に、充実の読書時間をもたらしてくれた候補作と候補者の方々に、深くこうべを垂れたいと思います。ありがとうございます。

 永井紗耶子さんの最近の活躍ぶりには目をみはりますが、『女人入眼』も面白かったですねえ。京の貴族の世界に生きる女性が、まるで違う論理がはびこる鎌倉に派遣されて、あれやこれやと壁にぶつかる、というこの構造のおかげで、すっとストーリーに入りやすくしてくれる。まったく、うまい人です。今後ますますの活躍は、もはや疑いないでしょう。また面白い小説、生み出してください。

 いったい全体、深緑野分さんのようなスケールの大きい作家に、直木賞なんかチッポケなものが必要なんだろうか。とは、しばしば思うところですけど、すみません、直木賞の側にとって必要なんでしたね。『スタッフロール』にも、端正なのにハッチャける部分を忘れない深緑さんの力が輝いています。堪能しました。こういう作家の作品に、授賞できるような賞に、いつか直木賞がなれるといいなあ。

 これはスゲえものを候補作にぶち込んできたな。『爆弾』を読んでビビりました。呉勝浩さんの小説は、いつもいつも猛々しくて、読んでいると気圧されますが、『爆弾』の迫力と強引さのすごさたるや。これを選んでいたら直木賞のほうも一皮ふた皮むけたと思いますけど、まだまだ闘いは続くようです。呉勝浩vs.直木賞の熾烈なバトル。次の第四章も期待しています。

 最近、北海道の出身者は直木賞ヅイています。このまま河﨑秋子さんも一発目の候補でとっちゃうんじゃないかと思いましたよ。『絞め殺しの樹』には、直木賞が好む重厚感がみなぎっていましたし。しかしまあ、未来のある方です。いつだってチャンスあれば、直木賞のほうから擦り寄っていくものと思います。直木賞がうだうだしているうちに、どこかの純文芸誌に書いて芥川賞とかとっちゃったりして。そうならないように、直木賞にはしっかりしてほしいです。

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2022年1月19日 (水)

第166回直木賞(令和3年/2021年下半期)決定の夜に

 直木賞を長く見続けてきた人は、これまでもたくさんいたと思います。いまもいるでしょう。たぶん、そういう人にはわかってもらえると思うんですが、直木賞をずっと見ていると、どれが受賞するかなんて、どうでもよくなりますね。

 楽しいのは直木賞そのものであって、当落への興味は徐々に薄れていく。20数年、直木賞のサイトをやってきて、ようやくその気持ちがちょっとずつわかってきました。いまさらかい。

 という、しょーもない感想はこれぐらいにして、直木賞です。第166回(令和3年/2021年下半期)です。今日、令和4年/2022年1月19日の18時すぎ、都内で最多の陽性者が出たとか何とかワーワー言われている隅っこのほうで、2人の受賞者がうまれました。2回連続です。新型コロナウイルスが蔓延したことと、直木賞の受賞者が増えたことに、特別の関係はありません。あるはずがありません。

 受賞した2人のほかに、3人の作家たちがいたおかげで、今回もまた直木賞は楽しく面白い文学賞になりました。当落なんて、正直どうでもいいです。感謝の気持ちのほんの少しだけしか書けませんけど、候補になることを承諾してくれた5人の方々に、下手くそなりに御礼を書き残しておきます。

 実を言いますと、今回の候補作5冊を手にしたとき、その重みにウンザリする気分がありました。それをキレイさっぱり拭い去ってくれたのが、彩瀬まるさんです。『新しい星』の一作、よかったですねえ。賞のことも別に知らないし興味もない、でも何か新しい小説を読みたい、というような人がいたら、ワタクシなら彩瀬さんのこの作品を勧めると思います。いいじゃないですか、直木賞の受賞作じゃなくたって。普通の読者は、そういうこと気にしないですもん。こういう小説、これからもどんどん書いてほしいです。

 それで、ウンザリその1。あまりに世評が高すぎて手を出しづらい。逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』です。読めば絶対に「そんなに絶賛されるほどでもないな」と自分が思うことがわかっている。そんな自分の性格に、よけいに落ち込む。だから、評判の高すぎる作品は、そもそも読むのを敬遠してしまうんですけど、これが直木賞の候補作になってくれて助かりました。たしかに、面白いじゃん。逢坂さんのスタートに、一読者として立ち合えてありがたいです。今後は、逢坂さんの作品、敬遠せずに読んでいきます。直木賞の候補になるかどうかと関係なく。

 ウンザリその2。「現代医療の病巣」モノって、手垢がついていて読む気が起きない。柚月裕子さんの『ミカエルの鼓動』です。でも、いったん読み始めると手が止まらず、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。柚月さんの手腕、まじでナメてました。直木賞は、候補回数を積み重ねていくうちに選考委員の評価も変わる、と言われます。ただいま柚月さん2回目。まだまだこれからですね。こういう手腕の持ち主が、今後も候補になり得る余地を残しているのですから、直木賞の未来は明るいぜ。

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2021年7月14日 (水)

第165回直木賞(令和3年/2021年上半期)決定の夜に

 ウイルスの感染拡大を食い止めようと、いろいろな施策が行われています。やり始めてから結構たちます。直木賞でも一年前の第163回(令和2年/2020年上半期)から対策につぐ対策のなかで、今日7月14日、第165回(令和3年/2021年上半期)選考会の日を迎えました。今度もまた緊急事態宣言下だそうです。

 それでは、以前の第162回(令和1年/2019年下半期)までに比べて、受賞傾向にどんな違いが出てきたのだろう。と気にならないでもありません。だけど、そういう難しい分析は、誰かにお任せします。世のなかには、コジツケのうまい評論家やライターがたくさんいますので、誰かがスパッと胸のすくような記事を書いてくれるでしょう。

 ワタクシはコジツケが下手ですが、しかし今日の夕方、直木賞が決まったことはわかります。世間一般がどう受け止めたのかはわかりません。ただ、とりあえず直木賞っていうのは、候補作を読んでいる時間がボルテージのマックスだなあ、という実感は、前回までと何ら変わらないことはわかります。

 ということで、個人的な感謝の気持ちをこめて、直木賞候補になることをイヤがらずに受諾してくれた5人の方々に、今回もまた、忘れずに御礼を。どうもありがとうございました。

 一穂ミチさんが候補になってくれたおかげで、これまで「ケッ、ナオキショウって何だよ」と見向きもしなかった多くの人たちが、ふっと直木賞を振り返ってくれたのは間違いありません。そういう意味では、『スモールワールズ』の各編を書かせた編集者とか、予選を通過させた文春の人たちの手柄かもしれませんけど、今回の候補入りを経て、いつか直木賞が、一穂さんのすべてを抱きしめられるようなフトコロの深い賞になってくれればいいな、と将来への夢が広がりました。今後また直木賞が近づいてくることもあると思います。イヤがらずにお相手してくださると、うれしいです。

 ひとり、またひとりと絶え間なく現れる時代小説の新鋭たち。そのなかでも、砂原浩太朗さんの『高瀬庄左衛門御留書』には参りました。マジかよ。もうほとんど直木賞受賞作の貫禄じゃん……。上がいろいろとツカえているうえ、一作候補に挙がっただけじゃまだまだじゃな、という古い因習がはびこる賞なので、今日の結果は仕方のないところでしょう。砂原さんにはきっとリベンジマッチが組まれるでしょうから、そのときは、じわじわと選考委員の首を真綿でしめて完全勝利してください。

 リベンジマッチといえば、呉勝浩さんです。どう見てもひとつふたつ、文学賞がとれなかったところで、下を向くような人ではないと信じています。『おれたちの歌をうたえ』、今回のパンチも強烈でした。次は仕留めてくれるでしょう。直木賞はどうか知りませんが、ワタクシ個人的には、読み終わって頭がフラフラしています。呉さんのパンチで、快感に酔いしれています。

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2021年1月20日 (水)

第164回直木賞(令和2年/2020年下半期)決定の夜に

 個人的なことから始めます。直木賞が決まるたび、その夜に思ったことをつらつら連ねるこのエントリーを、はじめて書いたのは第137回(平成19年/2007年上半期)が決まった平成19年/2007年7月17日の夜。今回でまるまる14年、28回目となります。まあ直木賞の長い歴史を考えたら、まだまだ鼻クソです。

 この14年間、一度も「受賞なし」になったことがなく、毎回毎回、受賞者が出つづけてきました。直木賞は出版関係に力のある賞ですから、ほんのいっときだけ受賞作が世に拡散します。その影響度を考えると、ある程度のレベルを超えた作品だけに授賞するべきだ、ときどきは「受賞なし」の選択もすべきだ、という意見もあるでしょう。おそらく直木賞に過大な期待を向けている人はそう感じるのかもしれません。正直ワタクシはどちらでもいいです。

 さて、いうまでもなく直木賞の歴史は長いです。28回連続なんてまるで序の口、第1回から今回まで164回連続の記録を達成してしまったことがあります。受賞しない落選作が出た、ということです。

 このエントリーを書くたびに思いますが、直木賞は受賞の歴史より、落選の歴史の厚みに支えられています。当落はいつも紙一重、なのに受賞が決定してしまうと、おおむね受賞作にしか注目が集まらなくなるのが文学賞というものです。なかなか他の作品を語る機会もなくなります。なぜだ。なぜなんだ。社会の不条理を突きつけられて、思わず胸が痛いです。

 だけど、胸を痛めている場合じゃありません。しがないとはいえ、せっかくブログをやっているのです。今回も、直木賞の候補作を読むのって面白いなあ、と有頂天にさせてくれた6つの作品と6人の方々に、万感の感謝を捧げます。

 まず第164回の直木賞は、何といってもこの人でしょう。加藤シゲアキさんです。加藤さんの小説はこれまでワタクシも馴染み深く読んできましたが、書き続けていく作者の信念と熱量が詰まった作品ばかり。今回の『オルタネート』も、輪をかけて加藤作品に特有な情熱が充満していて圧倒されました。またいつか、直木賞の候補になることもあるでしょう。ジャニーズファンだけじゃなく、直木賞ファンだって、加藤さんの候補入り、いつでもお待ちしています。

 歴史的に直木賞は「候補がバラエティに富んでいること」がウリですが、長浦京さんのおかげで、今回もそのウリが伊達じゃないことが証明されました。『アンダードッグス』。圧倒的なドライブ感。というと、使い古されたコピーすぎますね。でも、休む間もなく繰り出される怒濤の展開と、20年後パートとのからみ合いには、心が躍りました。直木賞って、こういう派手な風合いには厳しいガンコ者なんですよねー。ガンコ者の頬をバチバチ叩くような小説、また期待しています。

 芦沢央さんの作品をどう読むかは人それぞれです。ワタクシが好きなのは、ミステリータッチのなかに、ほんのちょっぴりユーモアを感じられるところ。『汚れた手をそこで拭かない』に収録された作品も、とても笑える話じゃないけど、角度をずらして見れば喜劇にもなる、という芦沢カラーが美しく映えたものばかりで堪能しました。この路線が直木賞に合っているのかどうかは、よくわかりません。わかりませんけど、芦沢さんにはこれからも直木賞と仲良く付き合っていただけるとうれしいです。

 坂上泉さんの『インビジブル』を読んで、現代にもマッチしながら古風な風格を備えていたのには驚きました。おおげさに言うと「驚愕」です。作中の隅々にまで、社会に対する問題意識が痛いほどに飛び交っている。これはもうほとんど直木賞受賞作でしょう。なので、「もうほとんど直木賞受賞者」の称号を背負って、今後もさまざまなジャンルで重い球を投げつづけてください。直木賞はキャッチャーとして未熟かもしれませんが、そのうち坂上さんの球を受け取れる機会がくるはずです。

 『八月の銀の雪』、これは個人的に深く刺さりました。パッと見ての外観ではわからないところに、重要な価値がひそんでいる。うん、うん、そうだよなあ、と納得と共感が止まりませんでした。伊与原新さんに対しては、感謝のことばしかありません。……と、それで終わるのも寂しいので、あと一言だけ。直木賞とってほしかったなあ。だけどここはぐっとこらえて、未来に訪れるはずの二度目のときに期待を持ち越します。

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2020年7月15日 (水)

第163回直木賞(令和2年/2020年上半期)決定の夜に

 この社会状況のなかで、よくまあ選考会やったなあ。……っていうのが、正直な感想です。「何人かの中年および高齢者が、一か所に集まって議論する」会合をひらくことが、いま以上に難しくなる状況が今後訪れないことを、切に祈ります。

 第163回(令和2年/2020年上半期)の直木賞の選考会が、真っ昼間の午後2時からひらかれ、午後4時すぎに結果が発表されました。受賞作はご存じのとおりです。

 ……まあ、ご存じのとおり、と言ったって、日本国民のほぼ大半にとっては、べつにどうでもいいことでしょう。おおよその回は、次から次に押し寄せるニュースの洪水に流されて、パッと大衆のまえに現われるのは一瞬のこと。選考会とか受賞会見とか、はっきり言えば、それで十分といえば十分な催しです。

 今日も含めて選考会のまえに、かずかずの受賞予想が世に出ましたが、単に予想して終わってしまっているものは、急速に色褪せていきます。さびしくも悲しいですけど、それがこの社会であり、人間の営みなのかもしれません。

 ワタクシも年をとったせいか記憶力が薄れてきましたので、今回直木賞の候補になった5つの作品について、おそらく急速に忘れていくものと思います。さびしい。そして悲しい。しかし、5人の人が書いた5つの小説を読み、直木賞はどれがとるんだろう、どれがとってもいいなあ、とワクワクしながら過ごしたこの1か月があったのは、事実です。すべての候補者に対する感謝のことばを書き残しておくことで、この1か月間の幸せな時間を、しっかり刻んでおきたいと思います。

 遠田潤子さんの作品って、なんだかんだ言っても一種の〈品〉があるのが魅力的です。『銀花の蔵』はその品のよさが、よりいっそう積み重なっていて、これからの遠田作品はますますスゴいレベルに上がっていくんだろうな、とうれしくなりました。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な賞ですから、そのうち「アノ遠田潤子を落とした文学賞」として直木賞が語られるようになるかもしれません。いや、これからまだまだ受賞のチャンスがくるかもしれないし、未来のことはわかりません。遠田さん、ぜひ末永いお付き合いのほどを。

 そういえば、今村翔吾さんって、まだ今回が直木賞候補2度目だとか何だとか。もう5~6回ぐらい候補になっているかと錯覚しました。そのぐらいの貫禄が、『じんかん』の迫力あふれる筆致から伝わってきて、すえ恐ろしいと言いますか、いまも十分恐ろしいと言いますか、その作家活動すべてに圧倒されてしまいます。直木賞ですか。まあ、これまで「○○のことを落とした文学賞」ということで(も)有名な……って、テンドン繰り返している場合じゃありませんね。次の機会には、やってくれることでしょう。やっちまってください。飛んで暴れて、直木賞なんざ斬りきざんでやってください。

 『若冲』『火定』『落花』ときて、『稚児桜』。淡交社なのも驚きましたけど、澤田瞳子さんの4度目の直木賞との交差が、こういう作品集になったことにも驚きました。コッテコテで厚塗りの、ぎっちり内容テンコモリな長編小説だけが、サワダトウコの本領ではないんだ! というところを示された気がします。いずれにしても、いままでにないこういう選考日を、直木賞の候補者として体験できた貴重なおひとりとして、きっと蓄えられたものもあったはずです。いつか澤田さんが「私の体験した直木賞エピソード」として、堂々と語れる日が訪れることを願いつつ。またお会いしましょう。

 ああ岩手に行ってみたいな。と、この時期に思わせてくれた伊吹有喜さんは、果たして天使なのか悪魔なのか。……天使に決まっているんでしょうが、『雲を紡ぐ』の見事なエンターテイメント小説感! 直木賞というのはダークサイドを好む、ダークサイドな賞でもあるので、きっと選評などではダークサイドに落ちた人たちから、いろいろ書かれるんでしょうけど、随所に現われる明るさこそが伊吹作品の美点です。おそらくそんなところが読者に愛されるゆえんだと思いますし、ワタクシも、その明るさが大好きです。これからもまぶしい光で世界を照らせ、イブキユキ!

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