日本文藝家協会の文士劇について(その2)。裏方の人たちの印象と本番最終日のこと。


令和8年/2026年5月24日
閉演後のロビー撤去風景と
舞台裏に置かれた各出演者のドリンク
(自分の名前をどう書くかに個性が見える)。
昨日のエントリーのつづきです。
今日、令和8年/2026年5月24日(日)、日本文藝家協会創立百周年記念の文士劇「風と共に去りぬ」の最終公演が13時から、東京新宿・紀伊國屋ホールで行われました。
こっちは端役中の端役ですから、別に大したことはしていません。なのに、こんなにへとへとだ。ということは、主役級の人たちはさることながら、裏で動いた人たちはどれだけ疲れたんだろう、と容易に想像できるところです。
そうだ、文士劇は出演者だけで成り立っているわけではない! ……というのは当然すぎて、いまさら大声で言うことでもないでしょう。ワタクシの大好きな文学賞だって、最後に選考する委員とか、受賞者、候補者とかは、文学賞を形成するほんの一部にすぎず、見えないところで準備したり打ち合わせしたり、つつがなく終わるように動いている裏の人たちが、その何十倍も存在します。
なので、せっかく文士劇に携わるなら、オモテに出ない人たちのことも知っておきたい。と、ずっと思ってはいたんですが、いったいどこの誰なのか、ワタクシが顔と名前を認識できる関係者は、たぶん一割もいません。残念です。
ただ、一割以下でも、だれにも触れないよりはましだろうと思って、ワタクシのわかる範囲で印象を記録しておくことにしました。
こんなこと書いて何の役に立つんでしょうか。たぶん役には立ちません。だけど、うちのブログはそもそも、ひま人によるウワゴトの垂れ流しです。許してやってください。
4.なるべく裏方の人たちの印象を
昨日にひきつづいて敬称略です。
●五戸真理枝(ニックネーム:まりりん)
演出の人。つまりは今回の文士劇を司った中心にいる太陽です。ウワサによれば、なるべく出演者と揉め事を起こさないような優しい演出家を、というハナシで選ばれたとも聞きますが、◯◯氏の暴走や△△氏のワガママに接しても、一瞬、困ったような顔を見せながら、たいていの意見を聞き入れて、調整したり修正したりしていくバキューム並みの吸収力。うん、まじでスゴかった。
●日沼りゆ(ニックネーム:りゆどん)
演出助手の人。ふだんは自分で舞台に立つ女優さんでもあるらしい。オジさん、オバさん(というか、ジイさん、バアさん)が大半を占める稽古現場で、キビキビ、シャキシャキと動きまわる若きエネルギーが、活気の一助となっていた。何があっても動じないあの頼もしさは、どこからくるのか。演劇の世界にも変人たちがうじゃうじゃいて、あるいはこんな現場は慣れっこなのかもしれない。
●道又力(ニックネーム:ミッチー)
脚本を担当した人。ふだんは盛岡に在住で、5月なかばの集中稽古の初日から今日まで約2週間、東京にウィークリーマンションを借りて現場に来ては目を光らせていた(滞在費はすべて自腹らしい)。わたくしは岩手から来た田舎者です、という言葉をかならず吐くのを一種の芸にしているが、それを隠れ蓑にしながら、心の奥底に何かどでかい野心を秘めているんでしょう(おそらく)。
●制作、音響、衣装、ヘアメイク、美術、照明の人たち
一人ひとりに挨拶してまわりたいところだったが、さすがにそんな出すぎた真似はできなかった。すいません。ただ、どうすれば演出に合った舞台にできるかと、パッパッと判断が早い人たちばかりだったのはたしかで、今回は彼らプロ集団のおかげで文士劇がかたちになったんだな、とひしひし実感した。どの世界にもデキる人たちというのはいるもんです。
●日本文藝家協会事務局の人たち
それぞれ個人名を挙げると誰かに怒られそうなので、自粛しときます。というか、事務局の人なのはわかるけど、誰が誰やら、名前のわからない人も多数。彼ら彼女らが、作家や文学者たちのこの狂態(?)をまぢかで見て、いったいどう感じたのか。仕事を離れての正直な感想をぜひとも聞いてみたい、と切に思います。
●マスコミ取材の人たち
稽古の模様、あるいは記者会見の様子は、『婦人画報』『朝日新聞』『産経新聞』『東京(+中日)新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『日本経済新聞』《共同通信配信》《時事通信配信》などで紹介されました。
取材のあるときは稽古の最初で軽く紹介があるので、ああ、だれか来ているんだなとわかりますが、わざわざ全員に挨拶してくれる殊勝な記者やカメラマンがいるはずもなく、部屋の端のほうで亡霊のように座っている記者の姿を、こちらは遠くから眺めるだけでした。
2時間、3時間、ただ見学していてもひまだろうなあ。少しだけでも一緒に稽古に入って、自分で体験してみればいいのになあ。……と内心思っていましたけど、人さまの取材方法を批判しても仕方ありません。ああ、文芸記者よ、影なる存在よ。新聞も出版も苦しいこの時勢、みんながんばって生きていきましょう。
5.最終公演と打ち上げで印象に残ったこと5選
昨日につづいて、最終日は13時からの公演で千秋楽。15分間の休憩を挟んで一幕六場、二幕十二場、2時間15分ほどの公演でした。
今日の出来事でワタクシの印象に残ったこと5選は以下のとおりです。
1●文学賞にひっかけたアドリブが増えた。
「山本周五郎賞」というのは、台本のセリフにないのに昨日の段階ですでに登場していたが、ムラマサ(村上政彦)の芥川賞に関するアドリブに触発されたか、ササちゃん(笹公人)も、そしてサエちゃん(佐伯順子)までもが、突如、芥川賞にからめたセリフを付け足してウケていた。文学賞大好き人間としては、それを近い距離で聞けたことにシビれました。
2●芝居の微調整を怠らないサガワくん・なめ子さんコンビのまじめな姿。
サガワくん(佐川光晴)が舞台に出ていって、それを見たなめ子さん(辛酸なめ子)が「見つけたわ」というシーンがある。一公演目よりも二公演目、二公演目よりも三公演目のほうがウケていた。おそらくそれぞれのタイミングを直しながら、最も面白く見えるように工夫した結果なんだと思う。サガワくんもなめ子さんも、まじめだぜ。
3●ダジャレに賭けるアンナさんの並々ならぬ思い。
アンナさん(荻野アンナ)といえばダジャレだが、同じダジャレを言うのでも、三公演目はなるべくお客さんにわかりやすいように、丁寧な前ふりとか、最後のダジャレが引き立つような新たな一言とか、少し変えていた。聞くと、稽古中の段階でわざわざ演出のまりりん(五戸真理枝)に電話をかけて、どこにどういうダジャレを入れるか綿密に相談していたらしい。こ、こだわり方がエグい。
4●貫禄あるケイコちゃんの演技と配役の妙。
今回ケイコちゃん(谷口桂子)は男性の役だった。出演者一同が一目を置く医者の役どころで、最後までその落ち着きと貫禄がぴったりハマッていたが、打ち上げの席で、どうしてあの配役だったのか、ケイコちゃんが演出のまりりんに聞いたところ、はじめの頃の稽古でみんなでゲームをしたり、「昨日の私」という作文を即興で書いてみんなで読み合いをしたことがあった。それを見ていて、ケイコちゃんならこの役ができる! と見抜いたらしい。ううむ、そうだったのか。あのハマり役の裏側が聞けてよかった。
5●打ち上げの席でのりゆどん(日沼りゆ)の挨拶。
打ち上げのときの挨拶で、演出助手のりゆどん(日沼りゆ)が、文士劇に参加したみなさんが、次に新しい戯曲を書いてくれることを願っています! と発言。わーあ、と盛り上がった。きっと若い作家の誰かがチャレンジしてくれるでしょう。
今回出演した作家たちが、文士劇で何を感じ、どういう感想をもったのか。きっとそれぞれが、今後何らかの文章を発表していってくれることでしょう(くれますよね?)。それらを読み比べることのできる日が、遠くない将来に訪れることを、一読者として楽しみにしています。
ワタクシ自身は別に何モノでもないので、明日からはまた、ただ文学賞が大好きなふつうのオジさんに戻るだけです。「文士劇のこと、きちんとまとめて記録として残しておいてくださいよ!」と、ミッチーこと脚本の道又さんには、別れぎわにも釘をさされてしまいましたが、いやそう言われても、どういうかたちで記録すればいいのか……。そのうち考えておきます。







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