ウォレス・スティーグナーの講演(昭和26年/1951年1月)で聴講者・小山いと子が手を挙げる。
直木賞に関連して、という前提で講演会の歴史を見たときに、植村宗一さんによる主潮社の講演、菊池寛さんによる文春講演会と文藝銃後講演会、これらは確実に重要な部類に入ると思います。
それらと並んで、他にどんなものがあるか。そう考えると、コレなんかも最重要の講演会と言っていいでしょう。ウォレス・スティーグナーさんによる慶應義塾大学での連続講演です。
うちのブログでも、これまでさんざんコスり倒してきました。相変わらず同じネタの使いまわしで、芸がないのが恥かしいですけど、当然「講演会と直木賞」というテーマでいえば外すことができません。あらためて取り上げておきます。
ウォレス・スティーグナー Wallace Stegner さんです。はてさて、だれでしょう。
明治42年/1909年2月18日、アメリカ・アイオワ州生まれ。平成5年/1993年4月13日没。О・ヘンリー賞をたびたび受賞したほか、ピューリッツァー賞(昭和47年/1972年)を受賞した"Angle of Repose"とか、全米図書賞(昭和52年/1977年)を受賞した"The Spectator Bird"などの作品で知られている……のかどうなのか、ワタクシもよくわかりませんが、以前うちのブログでは小説教室のことを調べているときに話題に挙げたことがあります。大学で創作科というものをつくり、自身が作家でありながら、生徒に小説の実作を教えたり論じたりしていた人でもある、ということです。
そのスティーグナーさんが、ロックフェラー財団から委嘱されて、世界にはたくさんの文学者が活動している、うちがお金を出してあげるから、各地をめぐりながら彼らと交流をはかってきてほしい、とハナシを受けて、昭和25年/1950年8月に家族をともなってアメリカから旅に出ます。
ドイツ、フランス、イタリア、エジプト、インド、タイ、フィリピンとめぐったのちに、たどりついたのが極東の敗戦国、日本です。昭和26年/1951年1月22日にマニラから羽田空港に到着し、その日の午後には宿泊先の東京・目黒の「雅叙園」に移動して、記者たちを相手に会見を開きました。
おお、あのキラキラしたカッチョいいアメリカからわざわざ、こんなドス汚い日本のために、ど偉い先生が足を運んでくださった。やった、やった、いらっしゃいませ、と当時の日本人記者たちもうれしかったのかもしれません。ともかくこれが新聞記事になるぐらいには、ニュース価値があることだったようです。
日本にやってきて、あまり休むひまもなく、スティーグナーさんは慶應義塾の演台に立ちます。そこで何を語ったのか。基本的にはアメリカにおける文学の歴史とか昨今の事情などを話してくれたそうです。
| 日程 | 場所 | 講師・演題 |
|---|---|---|
| 昭和26年/1951年 1月24日から 約1週間(6回) |
慶應義塾大学 |
ウォレス・スティーグナー
|
何ひとつ直木賞なんちゅうクサれ文学賞とは関係がなさそうな講演だったんですが、その聴衆のひとりに小山いと子さんがいたものですから、事件が起こります。
あるいは、小山さんがいたから、というか、講談社の編集者だった大久保房男さんがその場にいて、何が起きたかの回想を『終戦後文壇見聞記』(平成18年/2006年5月・紅書房刊)に書き留めておいてくれたから、それから70年以上もたって「直木賞」にまつわる講演会の出来事として取り上げることができるわけです。大久保さんのおかげかもしれません。
同書によると、講演の質疑応答のときに、やおら観客席にいた小山さんが発言を求めて、スティーグナーさんとのあいだにこんなやりとりがあったのだと伝えられています。
「(引用者注:小山いと子は以下のように発言した)「わたしが純文学として書いた小説に大衆小説の賞が与えられた」「日本では自分のことを書いた私小説しか純文学とは認めなくて、虚構の小説は大衆小説とされてしまう、それは文学者だけでなく、文藝雑誌の編集者も同じように考えている」
(引用者中略)
ステグナー博士は小山女史に、あなたの高いクオリティーの小説に大衆小説の賞が与えられて、多くの読者に迎えられたことは大変羨しいことである、といったようなことを答えた。」(大久保房男・著『終戦後文壇見聞記』より)
小山さんが「執行猶予」で直木賞を受賞したのは第23回(昭和25年/1950年・上半期)です。受賞が決まったのは昭和25年/1950年9月4日のことで、もともと小山さんが純文学と見られるフィールドで活動してきたこと、なかんずく「執行猶予」という小説が総合雑誌の『中央公論』に掲載された作品だったことから、ほんとにこれが直木賞でいいのか、などなど、受賞直後から文壇界隈ではちょっとした炎上案件になっていました。
スティーグナーさんの講演会はそれからまだ半年足らずの出来事です。小山さんもまわりからいろいろ言われて、よほど憤然としていたのだろう、と想像できます。
しかし考えてみれば、直木賞はたしかに大衆小説のための賞とは言っていますけど、どうして純文学のつもりで書いた小説に与えてはいけないのか。一つや二つそういうものに与えただけで、どうしてギャーギャーとまわりで騒ぎ立てる人が増えるのか。小山さんの例だけでなく、戦前の井伏鱒二さんから始まって、事あるごとにそんなギャーギャー騒動が繰り返されてきました。直木賞をめぐる周辺状況にとっては、おそらく永遠のテーマにはちがいありません。
その永遠性のある疑問を、たくさんの聴衆がいる講演会の場で、受賞者みずからが提示した、というのは小山さん、グッド・ジョブだったと称えるしかないんですけど、もしかしたらこの辺りの感覚はいまでもあんまり変わっていなくて、たとえば純文学でデビューした人が純文学のつもりで書いた小説に、いま直木賞が与えられたら、おそらくギャーギャー言う人はたくさん出てきそうです。
今度、そういう例が出たら、当の受賞者がどんな発言をするのか、講演会をやってもらってぜひ観に行きたいと思います。





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