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2026年5月31日 (日)

第20期のテーマは「講演会・トークショー」。文芸の世界と縁がなさそうでありそうな、直木賞とも関係が深いこの催しを追ってみます。

 何でもいいから、直木賞にまつわることを調べてみたい。……そんな衝動に駆られるままに、これまで1週間に1本ずつブログを書いてきました。この5月で20年目に入っています。

 要は19年もだらだらとやってきたんですけど、ちっとも直木賞に詳しくなれた気がしません。よっぽどワタクシの頭がポンコツなのに違いない。というのはまったくその通りですし、直木賞のまわりに広がる関連事項の果てなき多さに、いまさらながら呆然としています。

 直木賞といえば、その中心にあるのは小説であり小説家です。それはもちろんそうなんですが、しかし、ただ小説を読んでいるだけでは、直木賞という現象のほんの爪の先を撫でただけ、といったむなしさが残るのはなぜなんでしょう。直木賞を知りたいと思ったら、おそらくは小説にくわしくなるだけでは不足があって、出版のこと、同人雑誌のこと、映画のこと、芸能のこと、あるいは文壇ゴシップのこと、いろんなところに目を向けなければ、全然直木賞を味わった気になれません。

 いや、頭のデキがすぐれた人なら、パッと見ただけで即座に直木賞のことがわかるのかもしれません。ああ、ワタクシもこんなことに無駄な時間を費やす人生ではなく、そういう優秀な頭で生まれたかったなあと悔しく思います。残念です。

 で、ぐだぐだと愚痴を続けるのはこれぐらいにして、ブログ20年目の今年はどうしようかと悩んだあげく、直木賞と縁ぶかい一つの社会的な事象(?)にスポットを当てて、直木賞との関連を調べていこうと思い立ちました。

 講演会です。

 時代がくだって現代に近づくと、トークイベントとかトークショーとか呼ばれることもあります。一人の人間が(あるいは複数のこともあるかも)演台に立ったり前方に用意された椅子にすわり、目のまえにいる何人、何十人、何百人の聴き手に向かって、肉声を発することで何らかの話題をしゃべる。いまでも全国各地で行われていますし、直木賞が創設された昭和9年/1934年当時も、さまざまな会場で開かれていたと言われる、例のアレです。

 小説といえば、紙に印刷されて(いまではデジタル機器に表示されて)一人ひとりがその文章を読むもの、と相場が決まっています。講演とかおしゃべりとかは、直接的な関係はありません。

 たぶん関係はないんでしょう。ただ、講演会が直木賞という事業と相性がいいのは明らかです。受賞者はもちろん、候補者や選考委員には講師として声がかかり、ときにノリノリで、ときに気乗りがしないままに壇上に立たされる。文芸評論家や書評家といった類いの人たちも、直木賞というものをテーマに講演をして人を集める。いつの頃からか、そんな風景が日本の社会では当たり前のように生まれ、確実に根づいてきました。

 できれば、直木賞とは直接の関係はないけど、作家や文学・出版関係者による講演会というものの発生や変遷など、その歴史も調べてみたいと思います。ただ、毎年毎年、ブログのテーマを決めるのはいいとして、調査も足りないままネタ切れのようになっていくのがうちのブログの日常です。今年もそんなふうになるんじゃないかと不安を抱えて、とりあえずスタートしてみます。

 最初はどこから行こうかと考えましたが、そりゃあ、直木賞が直木賞としてこの世に誕生したそもそもの背景に、文芸に関する講演会があったのだ、ということは間違いありません。直木賞創設からさかのぼること14年前、大正中期に企画されたその講演会のことから書いてみたいと思います。

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