「何回目の選考になるのだろうか。」…北方謙三、第148回直木賞の選評より
うちのブログではこの一年、「選考に関係ない選評」について書いています。基本的には、創設された頃の昔から始めて、時代の経過に沿いながら順番に見ていっているところです。
なので今週は、前回取り上げた第150回(平成25年/2013年・下半期)よりも新しい回の選評に注目しよう。と思っていたんですが、つい先日、本屋大賞の発表があったので急きょ少し時計を巻き戻して、第148回(平成24年/2012年・下半期)直木賞の選評で行くことにしました。いまから13、14年ほどまえのハナシです。
第148回の直木賞とはどんな回だったか。
何といっても耄碌じじいだの老害だのと、さんざん世間から(いや、一部の人たちから)批判を受けまくっていた選考委員の渡辺淳一さんが、直木賞の場でいきなり若き新星、朝井リョウさんを激賞して、そうか、あの爺さんの目もそこまで狂ってはいなかったのか、と周囲がほっと胸をなでおろした(?)とも言われています。
いいや、テキトーなこと言うな、渡辺淳一の選考はマジでひどかった! 朝井リョウを推したなんて、たまたまだ。……とナベジュン嫌いの人はいまでもツバを飛ばして主張するかもしれません。というか、渡辺淳一が好んだのと同じ作家を、今回、全国の書店員たちが大賞に選んだんだろ、ってことは、ナベジュンも書店員=一般人も、文学に関しては同じくフシアナであることが証明されたじゃないか! と声高に叫びつづける人もいるでしょう。たぶん。
まあ、渡辺さんがどの程度、へんな選考をしていたのか。各自、当時の選評を読み込んでいただくとしまして、ここではそういうハナシは省きます。うちのブログの焦点は「選考とは関係ない選評」です。
第148回では、候補作が6作品ありました。
朝井さんの『何者』のほかには、安部龍太郎さんの『等伯』、有川浩さんの『空飛ぶ広報室』、伊東潤さんの『国を蹴った男』、志川節子さんの『春はそこまで』、そして西加奈子さんの『ふくわらい』です。
選評を読むかぎりでは、このなかで圧倒的に『何者』と『等伯』が票を集めたらしく、エッジの効いた作品と、平穏・安定感のある作品、といった感じで対照的な二作が受賞圏内に入りました。ほかの4者は、なかなか厳しいことを言われつつ、それでも西さんの『ふくわらい』だけは選考委員に好印象を残しつつ、受賞には至らず、といった恰好です。
それで、選評ではどの委員ももちろんそれぞれの候補作を自分がどのように読み、どこがいいと思い、どこが問題だと見たのかを書いています。あまり脇道にそれて原稿量を稼ぐような人は、少なくともこの回は見られません。
といったなかで、やや異質な顔を見せたのが北方謙三さんです。
北方さんというと、だいたいいつも選評の冒頭に、簡単な概説めいたことを書くのがお約束のようになっていましたが、第148回ではその路線を継承しつつ、妙におセンチなことを書きました。こんな感じです。
「何回目の選考になるのだろうか。この賞をジャンピングボードにした人が、どれだけいるのか。知らぬ間に沈黙してしまった受賞者が、果しているのかどうか。そんなことを考えた。賞の社会的な波及性は、作家の人生にも波及することがあると思えるが、そこまでの顧慮は選考にバイアスがかかりそうである。」(『オール讀物』平成25年/2013年3月号、北方謙三「バランスのいい二作」より)
ずいぶん意味深です。どうしたんでしょうか。
さかのぼると、北方さんは直木賞を受賞しないままで作家人生を歩みつづけていたところ、第123回(平成12年/2000年・上半期)から選考委員に就任した人です。つまり、この回で26回分、13年間、選考会に出席してきたことになります。
いろんな受賞者を選びました。なかで小説をほとんど書かなくなった人なんて、ほんとにいるのか。
たとえば、金城一紀さんがいます。それから山本文緒さんは、深刻なうつ病で執筆ペースに支障をきたしていた頃合いでした。
直木賞の場合、そもそもプロ作家としてある程度、活躍してきた人がいるせいで、受賞したあとに消えた作家はそんなにいない……というのが定説です。
あるいは、このとき受賞者として選ぶことになった朝井さんが、23歳とかなりの若年者で、デビューしてまだ2年ほどの実績しかなかったことから、北方さんの頭のなかに、「直木賞をしてから、プレッシャーを感じたり、あるいは他のことに興味を持ったりして沈黙する」作家に対する不安が、ふときざしたのかもしれません。正直、真意はわかりません。
ともかく、現在にまで至るその後の朝井リョウさんの活躍を、北方さんはおそらく喜んでいるだろうとは思います。
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