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2026年3月 1日 (日)

「プロの作家が書く小説では、一人称を主語とすることは、その構造のなかに社会を展開することを拒否する奇形」…宮城谷昌光、第133回直木賞の選評より

 直木賞の選評は、すべてが等しく個性的です。まったく違う人間が、違う時代に、違う環境で書いた文章ですから、一つとして同じものはありません。当たり前です。

 ただ、それぞれ風合いの違う選評のなかでも、とくに好きな選評ライターと、そうじゃない書き手、というのが何となく分かれてきます。たとえばワタクシは渡辺淳一さんの書いた選評は楽しく読めますが、阿刀田高さんのは、それほどではありません。人それぞれに好き嫌いがある。これもまた当たり前のことです。

 で、直木賞の無駄に長い歴史のなかで、ワタクシ自身がいちばん好きな選評執筆者はだれなのか。いろいろ考えてみるに、おそらくトップクラスに惹かれるのが宮城谷昌光さんです。

 第123回(平成12年/2000年・上半期)から第162回(令和1年/2019年・下半期)までまるまる20年間。その選考委員生活で生み出してきた、難解で、意味不明で、不思議な論理に貫かれた数々の選評があります。もうあれが読めないんだと思うと、もはやこの世に未練はありません。

 そうは言っても、宮城谷さんも一回一回、真剣に候補作を読み、真剣に選考会に臨んで、真剣にその思考の跡を残そうと選評を書いた……んだと思います。おおよそ選評のなかで無駄口を叩くタイプではなく、いまうちのブログがやっている「選考とは関係ない選評」の視点から見れば、あまり取り上げやすい人とは言えません。だけど、ワタクシ自身がその選評を好きすぎるので、一週ぐらいは何か選んでここに紹介しておきたいと思います。

 いまからだいたい20年まえ、第133回(平成17年/2005年・上半期)は、朱川湊人さんの『花まんま』が直木賞を受賞しました。

 朱川さん自身が地味な人ですし、この回の直木賞がどんな感じの流れだったのか、ワタクシもほとんど覚えていません。それで当時の『オール讀物』をひっぱり出してきて選評を読んだところ、どうやら激戦があったというより、低調を感じる委員が多い回だったみたいです。

 候補は朱川さんのほかには6人いました。絲山秋子さん『逃亡くそたわけ』、恩田陸さん『ユージニア』、古川日出男さん『ベルカ、吠えないのか?』、三浦しをんさん『むかしのはなし』、三崎亜記さん『となり町戦争』、森絵都さん『いつかパラソルの下で』です。

 たとえば林真理子さんはこう書いています。

「今年の直木賞はどれも小粒で、どこかの雑誌の新人賞候補を読んでいるような気がした。」(『オール讀物』平成17年/2005年9月号、林真理子「大きなハードルを越す力」より)

 似たような感想を語っているのが北方謙三さんです。

「今回は、丸をひとつもつけずに、第一回の投票に臨んだ。最終候補作のラインアップに、多少の疑義を抱いてしまったからである。直木賞は建前は新人賞ではあるが、歴史を顧み、私の短い経験から判断しても、かなりの実力と経歴を有する作家の作品が、並ぶことが多かった。つまり候補になる時期が、ある程度考慮されていて、そこが他の賞との画然とした違いだった、と私は認識している。」(同号、北方謙三「小説における決意」より)

 第133回の上記で紹介した候補陣は、そんな北方さんの認識から外れていた、というわけです。

 いずれにしても論旨明瞭、何をどのように考えたかは、こちらに伝わってきます。

 さあここで、われらが異才、宮城谷昌光さんはどんなことを言ったのか。以下、おそるおそる引いてみます。

「アマチュアではなくプロの作家が書く小説では、一人称を主語とすることは、その構造のなかに社会を展開することを拒否する奇形といってよく、作者の恣意を抑制する力があらかじめ排除された世界を提示することになる。ここでいう社会とは、二人では社会を形成できないが、三人になると形成できる、その社会のことで、いわゆる社会問題のことではない。小説世界には、一、二、三人称のほかに作者の人称という第四の人称があり、三人称を主語とすることで虚構が発し、第四の人称に意義が生じ、各人称が点であるとすれば、それらを線で結ぶと四角形となり、そこではじめて対角線を引くことができる。(引用者中略)今回、自分勝手としかおもわれない作品があったので、この傾向が熄むまで、一人称を主語とする候補作品に寛容をしめすことをひかえたい。」(同号、宮城谷昌光「人称の問題」より)

 そうだそうだ、よくぞ読者が思っていることを代弁してくれた、さすがは宮城谷さんだ! と諸手を挙げて賛同できない自分の理解力のなさに、愕然とする他ありません。い、いったいこの人は、直木賞の選評の場で何を言っているんだ。強烈に独自路線をひた走っています。

 その後、直木賞では何人称の作品が高く評価され、受賞する傾向に傾いたか。ひまな人はぜひ調べてみてください。そんな人が一人でもいれば、宮城谷さんもきっと本望だと思います。

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