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2026年3月15日 (日)

「平和で豊かな世の中というのも、こと文学にとっては考えもの」…浅田次郎、第139回直木賞の選評より

 果たして直木賞って「文学」なのか、という議論があります。

 議論がある、んでしょうか。文学、文学と、そんなことばっかり選評に書いている選考委員は、これまでいなかったわけじゃないですけど、何といっても「直木賞」が指し示す文学なるものには、実体がありません。いまとなってはすでに「大衆文芸」といった言葉も、規定からは取り払われました。何を決めている賞なのか。正直よくわかりません。

 よくわからない、と言って無視したり批判したり揶揄したり、そういうことは簡単にできるんですが、そんなこと言ったらン十年まえに始まった当初から、直木賞が何を決めているのかよくわからない、というのは伝統っちゃあ伝統です。いまさら吠え立てたところで仕方ありません。

 いろんな受賞作が選ばれてきました。いろんな受賞者が生まれました。まったくの娯楽小説が「面白すぎる」と言って落とされたり、かといえば「文学性が足りない」と言ってしりぞけられたり、時代時代、一回一回の選考姿勢がそのつど変わり、よくいえばバラエティに富んだ、直截にいうと「直木賞に選ばれた」ということ以外にとくに共通点もつながりもない作家・作品が、この賞の歴史を築いてきました。

 たとえば、第139回(平成20年/2008年・上半期)に選ばれた井上荒野さん、受賞作『切羽へ』を、世の直木賞史家はどのように解釈し、どういった特徴で位置づけるんでしょう。ワタクシは非才なので、文学史のなかにこの受賞をどういうふうに据えるとうまくとらえられるのか、皆目見当もつきません。

 候補作は6作ありました。『切羽へ』以外では、荻原浩さん『愛しの座敷わらし』、新野剛志さん『あぽやん』、三崎亜記さん『鼓笛隊の襲来』、山本兼一さん『千両花嫁』、そして和田竜さんの『のぼうの城』です。

 ほんの18年ぐらい前に出版された作品たち。いったいいま、それらを好んで手にとる読者がどれくらいいるんでしょうか。それぞれ文庫になったりしているので、その後どれくらい売れたのか、いまも現役で新刊書店に売っているのか、図書館での貸し出し数は、……など実態を調べてみたいところです。勝手な印象でいうと、もしも仮に井上荒野さんが受賞していなかったら、『切羽へ』が最も人気が低く、すぐに重版未定になり、本も図書館閉架の奥の奥のほうでホコリをかぶっていたんじゃないか、と思います。

 この回の選評を読んでみると、各人各作を思い思いに評価していて、興味があれば『オール讀物』平成20年/2008年9月号のバックナンバーを探して読んでみていただればいいんですが、直木賞の選評の場でやたらと「文学」と言いたがる委員の、現代の代表格といって浅田次郎さんが、やはりこの回も文学、文学、言っているのが目にとまります。

 出だしからして、おう、直木賞の選評でそういうこと語っちゃうんだ、とちょっと読み手の腰が引けてしまう文章です。

「平和で豊かな世の中というのも、こと文学にとっては考えもので、小説家は本来文学の核となるべき苦悩を個人的に探し回らねばならない。」(浅田次郎「文学の核」より)

 読んでいくと、このあとで新野さんの『あぽやん』を自分は評価した、と語る前段として「文学の核となるべき苦悩と、作家」のハナシを持ち出してきたんだとわかります。そういう意味では選考とはまったく関係ないとは言えないんですが、文学かあ、苦悩かあ、と遠い目をしてしまいたくなる書き出しだったので、つい取り上げてしまいました。

 ちなみにこの回の浅田さんの選評は、和田さんの『のぼうの城』がけっこうな部数売れていることを前提の上で、こんなふうに締めくくられています。

「そもそも社会的効果と文学的価値は無縁である。

文学の核たるべき苦悩を免れたわれわれが「漠然たる不安」などと言わずにどうすれば小説をなしうるのかと、真剣に考えさせられる選考会であった。」(同上)

 ううむ。要するに芥川ナントカさんの書いたようなものが文学だ、と浅田さんは暗に示しているわけですね。

 「それを直木賞の選評で言うか!」ということを冒頭と末尾で呼応させて、ひそかに直木賞ファンにケンカを売っているに違いありません。……いや、売っていないかもしれません。

 そもそも直木賞の選考で文学を語って悪いことはありません。いくら、もう一つの賞の文学に「純」が付いていようが、おれはおれのやり方でいく、と頑張って何十年間もやってきたんだから、それでいいんだとは思います。ただ、どうも世間の反応を見ているかぎり、直木賞というとやっぱりもう一つの賞と同時にやっているためか、「エンタメ」「大衆性」のほうばかり気にされているのじゃないか。浅田さんの戦いは、まだまだ長く続きそうです。

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