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2026年3月の5件の記事

2026年3月29日 (日)

「私の脳裡には、イギリスのW・スコット、フランスのA・デュマ、アメリカのS・クレインなどの作家名が浮かんだ。」…宮城谷昌光、第146回直木賞の選評より

 歴史もの、時代もの、というと直木賞の王道だと言われたりします。

 いったいだれがそんなことを言っているのか。もしかしたら言われちゃいないかもしれません。わかりませんけど、日本の小説界、とくにエンターテインメント方面の小説界隈にとっては、「歴史・時代もの」の動向は、切っても切り離せない関係なのはたしかです。

 直木賞にはン十年にわたる無駄に長い歴史があります。そのなかで、推理・ミステリーがどう現われて扱われてきたのか。SFは。ノンフィクションは。……といったレベルと同じくらいに、歴史・時代ものがどのように評価され、またケナされてきたのか。その歴史的な推移は、個人的にはとても興味があります。いつか調べたいな、とは思うんですけど、やりたいやりたい、と言いながら何もできずにそのうち死んでしまうんでしょう。

 それはそれとして、昭和10年代の戦前から、戦後、経済成長下のイケイケな出版事情を経て、平成、令和とたくさんの歴史小説・時代小説が候補に挙げられ、ときどき受賞して、他はもろとも落とされてきました。

 第146回(平成23年/2011年・下半期)、このときも例に洩れません。候補6つのうち、3分の1にあたる2作は歴史・時代ものでした。そのうち一つは受賞しましたが、一つは落とされます。すべての候補が受賞できるわけではない、というシステム上、仕方のないことです。

 別段、この回だけに特徴的な選考姿勢が展開された、というわけではないんですけど、じゃあ何でこの回のことに注目するかといえば、選評のなかで唐突に「歴史・時代もの」についての講釈を始めた人がいるからです。

 ザッツ・イミフ選評の書き手こと、宮城谷昌光さんです。

 「イミフ」とは言いましたけど、宮城谷さんの頭のなかでは必然的な文章・表現・論理なんだと思います。第146回のこの回は、けっきょく葉室麟さんの『蜩ノ記』一作受賞と決まりましたが、その選考を総括してどういうふうに選評を書き始めるか。

 渡辺淳一さんは「以下、主だった作品について感想を述べるが、」と書き出し、宮部みゆきさんは「葉室さん、おめでとうございます。」、阿刀田高さんは「『蜩ノ記』は、きっちりと創られた作品である。」、林真理子さん「受賞作、葉室麟さんの「蜩ノ記」は、端正な作品だ。」、浅田次郎さん「受賞作となった葉室麟氏「蜩ノ記」は、これまでの作品で瑕瑾と指摘されてきた点をおよそ克服していた。」、桐野夏生さん「「城を噛ませた男」/この作者には、書きたいことが溢れている余力を感じる。」、北方謙三さん「六本の候補作の中で、二本がいつまでも私の心に残り、ぞくりとする皮膚感覚と、微妙な不協和音を伝えてきて、最後まで評価に迷った。」、伊集院静さん「文学賞の選考に携わるようになって、若くて新しい人の作品にふれる愉しみもあるが、」うんぬん。

 当たり前ですけど、人それぞれです。

 なかで宮城谷さんの冒頭は、もういきなり突き抜けています。

「世界文学のなかの歴史・時代小説を考えたとき、私の脳裡には、イギリスのW・スコット、フランスのA・デュマ、アメリカのS・クレインなどの作家名が浮かんだ。が、それらの国に歴史・時代小説という文学的ジャンルが確立したとはおもわれない。そう考えれば、日本文学におけるこのジャンルは独自の発展をとげたのではあるまいか、と奇異に感ずるときがある。日本におけるこの文学形態の濫觴をどこに求めたらよいか、正確にはわからないが、曲亭馬琴の『里見八犬伝』などは、まぎれもなく歴史・時代小説であろう。それが明治の森鴎外の考証を経て、吉川英治、直木三十五などに承継されて、いまに到っている。」(『オール讀物』平成24年/2012年3月号、宮城谷昌光「おどろき」より)

 その後に、選評は個別の作品評として伊東潤さんの『城を噛ませた男』、葉室さんの『蜩ノ記』と、言及がつづきます。しかし、歴史・時代小説ジャンルの確立は諸外国には見られない、的な指摘だの、その始まりや承継のあいだいにいた具体的な作家名だの、そんな前段が何だったんだというくらいに、違うハナシに終始していて、目がテンになること請け合いです。

 おお、これぞ宮城谷マジックだ! と歓喜の声をあげたくなるのは、ワタクシだけではない、と信じたい。

 スコットもデュマもクレインも、直木賞とは何の関係もありません。関係がないんですけど、宮城谷さんの複雑怪奇な思考回路のなかでは、きっとこれ以外にはない、というくらいバッチリつながっているんでしょう。わけのわからないこの感じ。直木賞選評の一時代を築いた、と言っても言いすぎではありません。

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2026年3月22日 (日)

「昭和の時代、私はまだ子供ではあったが、東京生まれの東京育ちであった」…平岩弓枝、第141回直木賞の選評より

 文学賞の選評に、あまり私的なことは書くべきではない、という考え方があります。

 いっぽうで、別に直木賞の選評なんて一部の好事家以外に読まれているわけでもないんだから、好き勝手に書けばいい、という意見もあります。

 いずれにしても、小説とか文学とかと同じく、選評にも「何を書かなくちゃいけない」というルールはありません。思いのままに、それぞれの人がつらつらと書いているそのさまが展開されている。それを見られるだけで、こちらとしては満足です。

 それで今週は、選考委員のひとりが候補作に描かれた時代や土地柄に、思わず自らの思い出回路を刺激されて、選評なのに私的な回想を何行にもわたって書いてしまった人のことで行きたいと思います。平岩弓枝さんです。

 昭和7年/1932年、東京生まれ。実家は言わずと知れた代々木八幡宮の宮司さん一家。と、そんなことはもはや語るまでもない気もします。平岩さんが直木賞をとって、その後に選考委員にまでなったこととは、ほとんど関係がないからです。

 だけど、関係がないように見えて、どんなことでもつながりができてしまうのが、直木賞です。昭和のはじめに東京で生まれた……ということが、第141回(平成21年/2009年・上半期)の直木賞の選考に、不思議な縁として平岩さんのもとに降ってきます。

 このときの候補作は6つありました。西川美和さん『きのうの神さま』、貫井徳郎さん『乱反射』、葉室麟さん『秋月記』、万城目学さん『プリンセス・トヨトミ』、道尾秀介さん『鬼の跫音』、そして北村薫さん『鷺と雪』です。

 選評を見てみると、平岩さんは上記の6つのうち、2作品のことにしか言及していません。『秋月記』と『鷺と雪』です。

 しかも、どちらを推奨しているとか、どちらを批判としているとか、そういう白黒つけた感じでもなく、平岩さんお得意の「大量の参考資料とその扱い方」に関するハナシをこの2作にからめて語っている構図になっています。長い選考委員としての人生を通して、これほど数多くの回で参考資料のことについて筆を費やした人はまずいない、と思えるほどに平岩さんは何度も何度も同じ教訓を、手を変え品を変えて語りました。というハナシは、以前もうちのブログで取り上げた気がします。

 ただ、今回注目したいのは、そこの部分ではありません。北村さんの『鷺と雪』について語る段になった平岩さんが、急に遠い目をしながら(……って、実際にその姿を見たわけじゃありませんけど)回想している箇所です。

 『鷺と雪』はシリーズ物の連作集で、昭和初期、大きな戦争を始めようと国全体がじわじわ動き始めた時代の東京を舞台にしています。そこに平岩さんの琴線がビビッと揺れたらしく、選評の誌上で昔の思い出があふれ出します。

「ここに書かれている昭和の時代、私はまだ子供ではあったが、東京生まれの東京育ちであったから、両親や伯父、伯母、従兄姉達としばしば日本橋、銀座界隈、或いは上野公園なぞへ出かけた記憶は鮮明に残っている。

残念ながら、三越のライオンには乗ったことはなかったが、ブッポウソウ事件に関しては、なんとなく、ばらばらに憶えている。当時、我が家は神社の境内でアオバヅクが初夏の夜、啼いていて、まだお若い頃の野鳥研究家の中西悟堂先生がよく観察にお出でになったようで、それが御縁で、後年、物書きになってから中西先生にその当時の話をうかがった。もう一つ、伯母が古典芸能の愛好者で何故か伯母のお供をして梅若万三郎や観世左近の舞台をみせてもらっていた。今回の北村さんの作品は思いがけず幼女の頃の自分の姿へ束の間、私をひき戻し、すでに世にない、なつかしい人々の顔を瞼の中に甦らせてくれた。」(『オール讀物』平成21年/2009年9月号、平岩弓枝「作品と資料」より)

 ううむ。それが選考にどんな影響を与えたのか。与えていないわけはないと思うんですけど、さすがに自分の思い出を甦らせてくれたからといって高い点をつけた、なんてことは言うはずがなく、平岩さんの自伝の一節でも読んでいるような気分にさせる、稀有な選評になっています。

 別に評価だけを書くのが選評だと決まったわけじゃなし、こういうのもいいんじゃないでしょうか。

 そういえば上の文章のなかに、人々の顔が瞼の中に甦ったという言葉があって、これはやっぱり平岩さんですから、師匠の長谷川伸さんの「瞼の母」を意識した表現なのかとも思ったんですけど、とくに確証はありません。平岩さん当時77歳、昔のことを振り返っていろいろ語っても問題のないお年頃、けっきょくその次の第142回で直木賞の選考委員は退任しちゃうんですが、もう少し長く、選評で自分語りをする平岩さんの姿を見せてほしかった、と思います。

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2026年3月15日 (日)

「平和で豊かな世の中というのも、こと文学にとっては考えもの」…浅田次郎、第139回直木賞の選評より

 果たして直木賞って「文学」なのか、という議論があります。

 議論がある、んでしょうか。文学、文学と、そんなことばっかり選評に書いている選考委員は、これまでいなかったわけじゃないですけど、何といっても「直木賞」が指し示す文学なるものには、実体がありません。いまとなってはすでに「大衆文芸」といった言葉も、規定からは取り払われました。何を決めている賞なのか。正直よくわかりません。

 よくわからない、と言って無視したり批判したり揶揄したり、そういうことは簡単にできるんですが、そんなこと言ったらン十年まえに始まった当初から、直木賞が何を決めているのかよくわからない、というのは伝統っちゃあ伝統です。いまさら吠え立てたところで仕方ありません。

 いろんな受賞作が選ばれてきました。いろんな受賞者が生まれました。まったくの娯楽小説が「面白すぎる」と言って落とされたり、かといえば「文学性が足りない」と言ってしりぞけられたり、時代時代、一回一回の選考姿勢がそのつど変わり、よくいえばバラエティに富んだ、直截にいうと「直木賞に選ばれた」ということ以外にとくに共通点もつながりもない作家・作品が、この賞の歴史を築いてきました。

 たとえば、第139回(平成20年/2008年・上半期)に選ばれた井上荒野さん、受賞作『切羽へ』を、世の直木賞史家はどのように解釈し、どういった特徴で位置づけるんでしょう。ワタクシは非才なので、文学史のなかにこの受賞をどういうふうに据えるとうまくとらえられるのか、皆目見当もつきません。

 候補作は6作ありました。『切羽へ』以外では、荻原浩さん『愛しの座敷わらし』、新野剛志さん『あぽやん』、三崎亜記さん『鼓笛隊の襲来』、山本兼一さん『千両花嫁』、そして和田竜さんの『のぼうの城』です。

 ほんの18年ぐらい前に出版された作品たち。いったいいま、それらを好んで手にとる読者がどれくらいいるんでしょうか。それぞれ文庫になったりしているので、その後どれくらい売れたのか、いまも現役で新刊書店に売っているのか、図書館での貸し出し数は、……など実態を調べてみたいところです。勝手な印象でいうと、もしも仮に井上荒野さんが受賞していなかったら、『切羽へ』が最も人気が低く、すぐに重版未定になり、本も図書館閉架の奥の奥のほうでホコリをかぶっていたんじゃないか、と思います。

 この回の選評を読んでみると、各人各作を思い思いに評価していて、興味があれば『オール讀物』平成20年/2008年9月号のバックナンバーを探して読んでみていただればいいんですが、直木賞の選評の場でやたらと「文学」と言いたがる委員の、現代の代表格といって浅田次郎さんが、やはりこの回も文学、文学、言っているのが目にとまります。

 出だしからして、おう、直木賞の選評でそういうこと語っちゃうんだ、とちょっと読み手の腰が引けてしまう文章です。

「平和で豊かな世の中というのも、こと文学にとっては考えもので、小説家は本来文学の核となるべき苦悩を個人的に探し回らねばならない。」(浅田次郎「文学の核」より)

 読んでいくと、このあとで新野さんの『あぽやん』を自分は評価した、と語る前段として「文学の核となるべき苦悩と、作家」のハナシを持ち出してきたんだとわかります。そういう意味では選考とはまったく関係ないとは言えないんですが、文学かあ、苦悩かあ、と遠い目をしてしまいたくなる書き出しだったので、つい取り上げてしまいました。

 ちなみにこの回の浅田さんの選評は、和田さんの『のぼうの城』がけっこうな部数売れていることを前提の上で、こんなふうに締めくくられています。

「そもそも社会的効果と文学的価値は無縁である。

文学の核たるべき苦悩を免れたわれわれが「漠然たる不安」などと言わずにどうすれば小説をなしうるのかと、真剣に考えさせられる選考会であった。」(同上)

 ううむ。要するに芥川ナントカさんの書いたようなものが文学だ、と浅田さんは暗に示しているわけですね。

 「それを直木賞の選評で言うか!」ということを冒頭と末尾で呼応させて、ひそかに直木賞ファンにケンカを売っているに違いありません。……いや、売っていないかもしれません。

 そもそも直木賞の選考で文学を語って悪いことはありません。いくら、もう一つの賞の文学に「純」が付いていようが、おれはおれのやり方でいく、と頑張って何十年間もやってきたんだから、それでいいんだとは思います。ただ、どうも世間の反応を見ているかぎり、直木賞というとやっぱりもう一つの賞と同時にやっているためか、「エンタメ」「大衆性」のほうばかり気にされているのじゃないか。浅田さんの戦いは、まだまだ長く続きそうです。

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2026年3月 8日 (日)

「ある日、映画監督の周防正行氏のコメントを新聞で読んだ。」…林真理子、第136回直木賞の選評より

 ノド元すぎれば何とやら、です。昨年令和7年/2025年7月に第173回直木賞が該当作なしとなって、一部でポッと話題になったことなど、どんどん忘れ去られていくでしょう。

 まあ、直木賞なんて誰が受賞したところで、半年、1年と経つうちに、その回のことを気にする人がいなくなっていく、はかない運命から逃れられません。そりゃあ直木賞なんてものに気をとられている暇があったら、みんなそれぞれ家庭だの仕事だの、他のことに精を出したほうがよっぽど生産的です。それでいいんだと思います。

 第173回より前に直木賞で該当作がなかったのは、第136回(平成18年/2006年・下半期)です。もうすでに、うちの「直木賞のすべて」というサイトは運営されていましたが、せっかく半年に1回の楽しみにわくわくしていたところに、該当作なし、と聞いてワタクシ自身はガクッとひざから崩れ落ちた……んだと思います。なにぶん20年もまえのことなので、ちっとも覚えちゃいません。

 ただ、受賞作が仮に出なくても、ああやっぱり直木賞って面白いな、と直木賞に惚れ直した可能性は十分にあります。該当作なしの場合の選評を読んで、選考委員各人それぞれ、手を変え品を変え趣向を凝らして文章を埋めているさまが新鮮に思えたからです。

 ということで今週は、第136回のときの選評を見てみようと思います。

 どうして該当作なしの結果になったのか。それに対して自分はどんな考えを持っているのか。基本的には選考の経緯や候補作に対する評価を書いてはいるんですけど、そこから外れた、もうちょっと俯瞰的で、概観的なハナシが多く語られます。

 たとえば、五木寛之さんです。個々の候補作のことにはいっさい触れず、全編「いまの新人たちの作品と、それに対する私の要望」のようなテーマで選評を書き切りました。

 冒頭だけ引いてみます。相変わらず「選考とは関係のない」話題から始めるのが大好きな人です。

「柳田国男は『遠野物語』の「まえがき」で、「願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と書いた。柳田のひそみに倣って言えば、「新らしき物語して文壇人を戦慄せしめよ」というのが、今回の選考を終えての私の感想である。」(『オール讀物』平成19年/2007年3月号、五木寛之「文壇人を戦慄せしめよ」より)

 うーん、ここで柳田国男さんの「戦慄せしめよ」を引き合いに出すのが、ほんとにふさわしい表現なのかどうなのか。よくわかりませんが、とりあえず五木さん独特の選評文章術のひとつであることは間違いない、とだけ言っておきましょう。

 この回、直木賞をとりまく状況、というか読み物出版界をとりまく概況を、めんめんと書き連ねたのが林真理子さんです。

 このあたりのことは、以前もうちのブログで取り上げた気がします。いつも同じネタをこすりまくってて、もはや情けないかぎりですが、20年たったいま読むと、何がしか面白味も増しているはずなので、改めて注目してみます。当時の林さんは、昨今の出版界の状況に違和感をおぼえている、と書き出したうえで、こんなことを言いました。

「ある日、映画監督の周防正行氏のコメントを新聞で読んだ。周防氏はこう語る。以前の映画というのは、監督が自分の全存在をかけて社会に向けて発していくものであった。が、最近の映画は、監督が自分のセンスに合った観客だけ得ればいいという、非常にサークル的なものになっていると、正確な表現ではないかもしれないがそんなことを述べていらした。これを小説の世界におきかえても、非常に正鵠を得ているのではないだろうか。

小説家のサークル化に、若い書店員が後押しをし、それは組織化され、巨大化されていくようである。」(同号、林真理子「サークル化」より)

 サークル化していることが問題なのか、とも読めるんですけど、いや、サークルがサークルであるなら別にそれは時代に限らず、いつだって存在してきた状況です。やっぱり、そのサークル化が書店員たちの手で巨大化していくことに違和感を抱いたのではないか、と林さんの選評からはうかがえます。本屋大賞なんて試みは、その代表です。

 結果、第136回は候補作6つ、いずれも支持が固まらずに該当作なしとなりましたが、その選考が行われた平成19年/2007年1月16日からほんの6日後に本屋大賞2007のノミネート作が発表され、そのなかの一つに「サークルのしっぽをくっつけるような」と林さんが選評で指摘した佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』が入っていたもんですから、おだやかではありません。

 選評の載った『オール讀物』が発売された2月の下旬は、まだ本屋大賞の二次投票が受け付けられている最中でもあったので、林さんの選評を読んで、イラッと来た全国の書店員たちが、うるせい、自分の好きな小説を精一杯推して何が悪い、と佐藤さんの作品に票を入れる駆け込み投票を加速させた……という説もあります。

 どういう思いの書店員が多かったのか、いまとなってはなかなかうかがい知れませんが、ご存知のとおり、佐藤さんの『一瞬の風になれ』は本屋大賞の1位に輝くことになって、直木賞の選考→選評→本屋大賞の発表、という美しい軌道が描かれました。ううむ、いま見ても、出来すぎのような見事な流れです。ほれぼれしますね。

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2026年3月 1日 (日)

「プロの作家が書く小説では、一人称を主語とすることは、その構造のなかに社会を展開することを拒否する奇形」…宮城谷昌光、第133回直木賞の選評より

 直木賞の選評は、すべてが等しく個性的です。まったく違う人間が、違う時代に、違う環境で書いた文章ですから、一つとして同じものはありません。当たり前です。

 ただ、それぞれ風合いの違う選評のなかでも、とくに好きな選評ライターと、そうじゃない書き手、というのが何となく分かれてきます。たとえばワタクシは渡辺淳一さんの書いた選評は楽しく読めますが、阿刀田高さんのは、それほどではありません。人それぞれに好き嫌いがある。これもまた当たり前のことです。

 で、直木賞の無駄に長い歴史のなかで、ワタクシ自身がいちばん好きな選評執筆者はだれなのか。いろいろ考えてみるに、おそらくトップクラスに惹かれるのが宮城谷昌光さんです。

 第123回(平成12年/2000年・上半期)から第162回(令和1年/2019年・下半期)までまるまる20年間。その選考委員生活で生み出してきた、難解で、意味不明で、不思議な論理に貫かれた数々の選評があります。もうあれが読めないんだと思うと、もはやこの世に未練はありません。

 そうは言っても、宮城谷さんも一回一回、真剣に候補作を読み、真剣に選考会に臨んで、真剣にその思考の跡を残そうと選評を書いた……んだと思います。おおよそ選評のなかで無駄口を叩くタイプではなく、いまうちのブログがやっている「選考とは関係ない選評」の視点から見れば、あまり取り上げやすい人とは言えません。だけど、ワタクシ自身がその選評を好きすぎるので、一週ぐらいは何か選んでここに紹介しておきたいと思います。

 いまからだいたい20年まえ、第133回(平成17年/2005年・上半期)は、朱川湊人さんの『花まんま』が直木賞を受賞しました。

 朱川さん自身が地味な人ですし、この回の直木賞がどんな感じの流れだったのか、ワタクシもほとんど覚えていません。それで当時の『オール讀物』をひっぱり出してきて選評を読んだところ、どうやら激戦があったというより、低調を感じる委員が多い回だったみたいです。

 候補は朱川さんのほかには6人いました。絲山秋子さん『逃亡くそたわけ』、恩田陸さん『ユージニア』、古川日出男さん『ベルカ、吠えないのか?』、三浦しをんさん『むかしのはなし』、三崎亜記さん『となり町戦争』、森絵都さん『いつかパラソルの下で』です。

 たとえば林真理子さんはこう書いています。

「今年の直木賞はどれも小粒で、どこかの雑誌の新人賞候補を読んでいるような気がした。」(『オール讀物』平成17年/2005年9月号、林真理子「大きなハードルを越す力」より)

 似たような感想を語っているのが北方謙三さんです。

「今回は、丸をひとつもつけずに、第一回の投票に臨んだ。最終候補作のラインアップに、多少の疑義を抱いてしまったからである。直木賞は建前は新人賞ではあるが、歴史を顧み、私の短い経験から判断しても、かなりの実力と経歴を有する作家の作品が、並ぶことが多かった。つまり候補になる時期が、ある程度考慮されていて、そこが他の賞との画然とした違いだった、と私は認識している。」(同号、北方謙三「小説における決意」より)

 第133回の上記で紹介した候補陣は、そんな北方さんの認識から外れていた、というわけです。

 いずれにしても論旨明瞭、何をどのように考えたかは、こちらに伝わってきます。

 さあここで、われらが異才、宮城谷昌光さんはどんなことを言ったのか。以下、おそるおそる引いてみます。

「アマチュアではなくプロの作家が書く小説では、一人称を主語とすることは、その構造のなかに社会を展開することを拒否する奇形といってよく、作者の恣意を抑制する力があらかじめ排除された世界を提示することになる。ここでいう社会とは、二人では社会を形成できないが、三人になると形成できる、その社会のことで、いわゆる社会問題のことではない。小説世界には、一、二、三人称のほかに作者の人称という第四の人称があり、三人称を主語とすることで虚構が発し、第四の人称に意義が生じ、各人称が点であるとすれば、それらを線で結ぶと四角形となり、そこではじめて対角線を引くことができる。(引用者中略)今回、自分勝手としかおもわれない作品があったので、この傾向が熄むまで、一人称を主語とする候補作品に寛容をしめすことをひかえたい。」(同号、宮城谷昌光「人称の問題」より)

 そうだそうだ、よくぞ読者が思っていることを代弁してくれた、さすがは宮城谷さんだ! と諸手を挙げて賛同できない自分の理解力のなさに、愕然とする他ありません。い、いったいこの人は、直木賞の選評の場で何を言っているんだ。強烈に独自路線をひた走っています。

 その後、直木賞では何人称の作品が高く評価され、受賞する傾向に傾いたか。ひまな人はぜひ調べてみてください。そんな人が一人でもいれば、宮城谷さんもきっと本望だと思います。

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