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2026年2月15日 (日)

「タイトルの意匠は昔の月並俳句宗匠めいて古めかしい」…田辺聖子、第126回直木賞の選評より

 直木賞の選評を何度も何度も読み返す人、というのはこの世に存在するんでしょうか。

 ワタクシ自身、そんなに何度も読んだことがありません。直木賞の性質上、にぎやかな受賞風景がパーッと出たらパーッと忘れられる。その繰り返しをえんえんとやっています。

 半年前、1年前、その前……過去に決まった直木賞のことを知りたくて、わざわざ昔の『オール讀物』をひっぱり出してきて読みふける、みたいなことを何十回、何百回とやって習慣化している人がいたとしたら、その人はきっと真正の狂人でしょう。

 なので、たまにちょっと前の選評などを読んでみると、新鮮な気分になります。過去に一回は読んだことのあるはずの選評でも、ははあ、この委員はこんなことを言っていたのか、と新しい意見に接すること、しばしばです。

 こちらもだんだん年をくって記憶力が薄くもなっていますし、あとの人生、第1回から最新回までの直木賞の選評を、何度も読み返すだけでも、全然たのしめるに違いありません。まあ、そうなると、ほとんど廃人同然ですが。

 さて、そんなことを思ったのも、第120回台の選評を久しぶりに読み返してみて、まるで新しい文章を読まされたような気がしたからです。

 すでにそのころには、「直木賞のすべて」というサイトは始めていて、半年に1回、欠かさず『オール讀物』を買い求めて、受賞作が出た興奮の余韻にひたりながら注目して熟読していました。……熟読したはずです。それが、もはや全然覚えていないのですから、時が経つというのは無常といいますか、無情といいますか、直木賞の選評なんて読んだっておれの人生に何の意味もなかったんだな、と気づかされます。

 第126回(平成13年/2001年下半期)の直木賞は2つの作品が受賞しました。山本一力さんの『あかね空』と唯川恵さんの『肩ごしの恋人』です。

 他に候補に挙がっていたのは4作品。石田衣良さん『娼年』、乙川優三郎さん『かずら野』、黒川博行さん『国境』、諸田玲子さん『あくじゃれ瓢六』という並びで、そのうち3人はのちに直木賞を受賞しますし、けっきょく受賞しなかった諸田さんもいまでも現役作家としてバリッバリにやっています。

 候補作が6つに、選考委員が11人。いったい誰が、どの作品にどんな評価を下して、どんな表現を選評に残したのか。いま、パッと正解を出せる人がいたら、たぶんその人は神か廃人です。

 凡人のワタクシはもう一度、『オール讀物』を読み直すことしかできないんですけど、渡辺淳一さんが二作に授賞するのがいいことなのか、もう少し慎重になったほうがいいんじゃないか、と相変わらず厳しいことを言っているのは予想どおりだとしても、黒岩重吾さんが『肩ごしの恋人』を激褒めしていたり、ミステリー擁護派の先頭にたつ北方謙三さんが『国境』を推しているのは当然として、それと合わせて『かずら野』にも最初票を入れていたり、ふふうん、全然忘れていました。

 それと、選考会には欠席した田辺聖子さんが選評を書いているんですが、だいたい作品のこと、作家のことしか触れない優等生な田辺さんが、この回はちょっと本論と外れたことを書いているのも、読み直してみての再発見です。

「『あかね空』(山本一力氏)若夫婦の新世帯をほほえましく描いて山本周五郎風世界――と思っていたら、現代風家庭悲劇が展開される。それを時代小説で読めるのはたのしかった。時代小説にとって腕力ある新しい書き手登場は慶賀すべきことだ。読後感が清新だった。

(これは本の内容に関係ないが、タイトルの意匠は昔の月並俳句宗匠めいて古めかしい)」(『オール讀物』平成14年/2002年3月号、田辺聖子「蛮勇引力」より)

 Photo_20260215221201ちなみに『あかね空』の表紙カバーは、ネットでいくらでも画像が落ちていますが、いちおうここにも挙げておくと、←こんな字です。日野原牧さんによる題字だそうです。

 だけど、それまでの田辺さんの選評を読んでも、あまりこういう無駄グチを叩くような委員ではありません。どうしてここで、わざわざ「本の内容に関係ない」ことをポロッと洩らしたのか。

 そもそも月並俳句宗匠めいて古めかしいのが、ダメだと言っているのか、逆に合っていると言いたいのか。真意もわかりません。まったくの謎です。

 おそらく何らかの理由、何らかの背景がなけりゃ、さすがに田辺さんもそんなことは書かないと思うんですが。いったいなぜ田辺聖子は第126回選評で、『あかね空』の題字デザインのことをわざわざ話題に出したのか……。興味はがぜん沸いてきます。

 沸いてくるんですが、こんなことを追究していっても、何のためになるのかわからず、結果、直木賞の選評をこまかく読んでいってたところで、狂人か廃人になるしかないのかもしれません。

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