「ふるさと創生事業が拍車をかけたりもして、いまや文学賞が二百何十とか言われる。」…藤沢周平、第112回直木賞の選評より
直木賞が該当作なしになると、選評のなかに「選考とは関係ないハナシ」が増える。と一般的に言われています。
ほんとでしょうか。もちろん、そんな統計をとった人は誰もいません。今後もおそらく、わざわざ分析する人も出てこないんじゃないか、と推測します。そんなことしたって、別に何の意味も面白みもないからです。
まあだいたい直木賞は、水のごとく風のごとく、目のまえを流れていくだけの、はかないシロモノです。
半年に1回、だらだらと生み出されてきた選評のたぐいも、いま読んでも何のこっちゃ、その時代にリアルタイムで読んでいたらすぐに理解できるハナシでも、もはや受賞作や候補作のうちの何十パーセントかは読むことさえ苦労する、という悲しい現状があります。そう考えると、やはり過去の選評のなかで面白いのは、候補作を論評した部分ではなく、選考とは関係ないことを書いている部分に宿っている、というところに行き着きます。
第112回(平成6年/1994年・下半期)は、平成に入って6年め、はじめて該当作なしとなった回でした。
候補作は中島らもさん『永遠も半ばを過ぎて』、坂東眞砂子さん『桃色浄土』、小嵐九八郎さん「風が呼んでる」、志水辰夫さん『いまひとたびの』、池宮彰一郎さん『高杉晋作』の5つです。いまも作家としてやっている小嵐さんや志水さんとか、あるいは多くの話題をふりまいて天に召された中島さんあたりは、いまも好んで読まれている……可能性はあると思います。だけど、坂東眞砂子さんとか池宮彰一郎さんとか、いまさら新たに読もうという人が出てくるのかいな。とうすら寒い気持ちにならざるを得ません。
それはともかく、候補に挙がった5人とも、当時はみんな出版界や読書界から注目されていたピッカピカの新進(いや中堅どころの)作家だったことに間違いありません。選考会は、ああでもない、こうでもない、と議論紛糾、志水さんの『いまひとたびの』に受賞が決まりそうな風向きが、ないこともなかったみたいなんですけど、けっきょくは該当作なしになりました。
ああ、残念だ。
といったところで、半年に1度の盛り上がりの機会も逃して、このとき本屋さんたちがガックリ肩を落とした。……かどうかは、あまり情報が伝わってこなかったのでわかりません。直木賞なんて一過性のもので、ギャーギャー騒ぐひまもなく、新刊は大量に出るし、お客さんはたくさん来るし、当時の書店にとってそこまでのダメージではなかったのかも、と推察します。
さあ、そこで『オール讀物』に載った選評です。該当作がありません。となると、作品以外のことを選評に書く人がボロボロ出てきます。
五木寛之さんは、たとえ受賞作を出した回であっても、選考と全然関係ないことを書きつらねるような人ですが、この回も当然その路線は健在です。
「受賞作なし、という結果のあとで、なにかを述べるというのはむずかしい作業だ。
(引用者中略)
私にはなんとなく小説の世界そのものにパワーが失われている、という気がしてならないのだ、
まして先日の阪神地方大震災のような事件が勃発したあとでは、すこし前に候補作として読んだ作品の記憶が妙に遠いもののように感じられてしまうのもいたしかたあるまい。現実の事件の重さに圧倒されない小説の力、などというのは、すでに勝手な幻想なのだろうか。」(『オール讀物』平成7年/1995年3月号、五木寛之「ひとつの節目として」より)
小説の力、パワーみたいなものにこだわる点は、前週紹介した五木さんの選評から連続しています。よほどこのころ、沈んだ気分だったのかもしれません。少なくとも大震災のニュースが、五木さんの心を落ち込ませたんだろうな、とは容易に想像できます。
藤沢周平さんも、この回の「該当作なし」には、さすがに候補作以外の話題を選評に書かざるをえなかった一人です。
「今回は、両賞(引用者注:直木賞と芥川賞)が受賞作なしとなって文学の衰退かと言われたが、直木賞に限って言えば票が散って受賞作を出せなかったのが真相である。しかし懸念がないわけではない。ふるさと創生事業が拍車をかけたりもして、いまや文学賞が二百何十とか言われる。新人登場の間口がひろがるのはいいことだが、半面そのために人がどこかで文学をおもちゃにしはじめたということはないだろうか。ほかにも理由があって、全体としてのそういう風潮の中で小説はいまとても比重の軽いものになりつつあるように思われる。」(同号、藤沢周平「感動が残る志水作品」より)
ううむ、藤沢さんも五木さんと似たようなことを言っています。
いろんな人が文学を「おもちゃ」として扱いはじめたのが、果たして平成に入ってからなのか。ワタクシにはよくわかりません。その後、ふるさと創生うんぬんでボンボンできた文学賞は、ひとつまたひとつとなくなっていき、代わりに地域限定で書店とか図書館とかが「賞」と名づけた販促イベントを次々に立ち上げていく、平成から令和にかけての動きを、藤沢さんはどう見るんでしょう。
もはや、その感想をご本人に聞くわけにはいきませんが、はっきりしているのは、アクタなんとか賞じゃなく直木賞の場で「文学が」どうのこうのと語ったところで、それを真剣に受け取って批評やら評論やらに生かす人が、古今、現れた形跡がないということです。藤沢さんの言葉も、直木賞という風の流れのなかに埋もれて、静かに化石と化しています。悲しいです。
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