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2026年1月 4日 (日)

「新潮新人賞から二十数年間も書き続けてくることができた」…五木寛之、第109回直木賞の選評より

 直木賞はそもそも、もうひとつの賞と同じように「新人賞」というのを念頭につくられました。ただ、いまとなっては直木賞は新人賞だ、などと大声で叫ぶと狂人だと思われるでしょう。人前で直木賞のことは発言しないのが無難です。

 しかし、「直木賞は新人賞なのかそうじゃないのか」問題は、ときどき直木賞の歴史をゆるがしてきたほどの力があります。あまりにベテランで一家をなした作家は弾かれますし、かといってもうじき決まる第174回(令和7年/2025年・下半期)の住田祐さんみたいに、デビュー作が候補に上がる例は相当に特殊です。いったいどの程度書いてきた作家が対象なのか……じっさいのところルールはありません。

 一定の枠組みはあるはずなのに、結果がどうなるかさっぱりわからない。そこが直木賞の面白いところで、何年、何十年見つづけてもまったく飽きることがないんですが、第109回(平成5年/1993年・上半期)の直木賞を北原亞以子さんが受賞したというのも、やはりこの賞の面白さを見せてくれた、と言っていいと思います。

 何といっても北原さんはそのときデビューしてからおおよそ四半世紀、20数年も経ていたベテラン作家だったからです。

 そうなると、候補になったその人と同じ頃にデビューした人やら、いっしょに作家業に励んできたお仲間のような人が、選考委員にひとりふたり入っています。公正公平を建前にする文学賞のなかで、彼らがいったいどんな言い訳……いや、どんな言葉を繰り出して、自分のお仲間を受賞に導こうとしたか、選評にはそういう人間の味が確実に刻まれます。面白くないわけがありません。

 この回、候補作は5つありましたが、本岡類さんの『真冬の誘拐者』と中島らもさん『ガダラの豚』にはあまり票が集まらず、高村薫さん『マークスの山』と今井泉さん『ガラスの墓標』、そして北原さんの『恋忘れ草』が三つ巴で拮抗したらしいです。

 今井さんは同人雑誌でコツコツ書いてきた人で無名といえば無名、高村さんはデビューしてまだ3年めながら『黄金を抱いて翔べ』とか『神の火』とかで話題を呼んでいた飛ぶ鳥落とす勢いの大型新人。それに比べて北原さんは、選考委員の人たちにもなじみの深い、長いあいだ同業者とやってきた、いわば「お仲間」でした。

 たとえば渡辺淳一さんなんかは、年は北原さんとは四つ違い、北原さんが昭和44年/1969年に「ママは知らなかったのよ」で受賞した新潮新人賞は、もともと『新潮』同人雑誌賞を模様替えしたもので、渡辺さんも昭和40年/1965年に「死化粧」で受賞した同人雑誌賞出身作家です。知らない仲ではありません。

「もともとキャリアの長い人だけに、巧みさはいうまでもないが、さらにまろやかさと初々しさが加味されて、爽やかで引締まった好短篇集となっている。」(『オール讀物』平成5年/1993年9月号、渡辺淳一「二人の作家」より)

 と、褒めの姿勢をとっているのもむべなるかな、といった感じです。

 いまひとり、北原さんと近しい関係性にあった選考委員に五木寛之さんがいます。北原さんも渡辺さんも五木さんも、かつて有馬頼義さんを大将と仰いだ「石の会」のメンバーで、先輩、後輩、年齢の違いはありますけど、正真正銘「お仲間」だったのは間違いありません。

 その五木さんは、候補5作のなかでもとくに北原さんの『恋忘れ草』を推しています。

 作品のことを褒めたうえで、今回の選考に関係あるのかないのか、ついついこういう文章を連ねてしまうのも、北原さんのデビューの頃からよく知る気持ちが出てしまったゆえなんでしょう。

「北原さんはすでに〈まんがら茂平次〉で一家を成した作家だが、まだまだ大きく化ける可能性を秘めた才能である。新潮新人賞から二十数年間も書き続けてくることができたのは、この道一筋、という覚悟がさだまっていたせいだろう。」(同号、五木寛之「北原さんを推す」より)

 個人的に作家として食っていくまでに苦労して、ようやく最近日の目を浴びるようになった……みたいなことが、五木さんが北原作品を推す上で考慮に入れたのかどうかは、正直わかりません。「そんな情実で選考するな」と、外野で吠えたてるもよし、知り合いに対して点数が甘くなったって別にいいじゃないか、と人情派を気取るもよし。いろんな感想が沸いてくるところが、ううむ、やっぱり直木賞の面白さです。

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