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2026年1月18日 (日)

「小説がメジャーな表現の位置を降りてから、すでに相当な時間が過ぎている。」…五木寛之、第111回直木賞の選評より

 こないだ第174回(令和7年/2025年・下半期)直木賞が決まりました。

 結果を知ったら、当然その理由を知りたくなるのが人情です。しかし公式に選考委員たちが理由を表明する「選評」が発表されるまでは、まだしばらく待たなくちゃいけません。やきもきしますね。それまでは、昔の選評でも読んでいろ、ということなんでしょう。

 それで、今週も飽きずに直木賞の昔の選評を見てみたいと思います。

 うちのブログでは「選考とは関係のない選評」をテーマにして、その部分だけをピックアップしているんですが、繰り返し言っているとおり、たいてい選考と関係のないことを書きたがる委員というのは限られてきます。

 今週も、これまで何度も登場いただいた委員の、やっぱりどう見ても候補者や候補作とは直接的につながらないよなあ、という箇所に注目しなけりゃなりません。

 五木寛之さんです。

 第111回(平成6年/1994年・上半期)というのは、いまからもう30年以上も前の直木賞ですが、覚えている人はいるんでしょうか。ワタクシはすっかり忘れてしまいました。

 中村彰彦さんの「二つの山河」と海老沢泰久さん『帰郷』という、二人のオジさんの、いずれも派手さや刺激の少ない小説が受賞して、まあ他の回に比べればとうてい盛り上がったとは言えない回だった……ということにしておきます。違っていたら、すみません。

 そういう回でも井上ひさしさんなどは「俊英、勢揃い」と選評の題を付けたりして、候補が地味だとかどうだとかは直木賞には関係ないぜ、みたいな構えをみせています。

 そりゃそうです。主催している団体は、多少は(あるいは、かなり)話題性も加味したうえで候補作を決めるものかもしれないですけど、公表されている最終選考委員の選評のうえでは、世間のみんなが注目しそうかどうかでおれは票を入れた、なんて人は、まずお目にかかれません。作家の力量とか、進歩の度合いとか、作品そのものの評価とか、優劣つけがたいところを無理やり投票して賞を決めています。

 この回の選評もやはり委員の多くは、候補作や候補者に対する自身の感想やら批評やらを語っているんですが、それ以外のことを語りたくて仕方ない委員のひとりであった五木さんは、かなりの行数を使って総体的なハナシを書きました。

 冒頭から引いてみます。

「小説がメジャーな表現の位置を降りてから、すでに相当な時間が過ぎている。そのあと、映画も、ジャズも同じような経過をたどった。しかし、オペラも、芝居も、みなそれぞれに黄金期を通過したのち適当な居場所をみつけて、それなりの成熟ぶりをしめしている。そして時には休火山が再噴火したかのような活気を見せたりもする。スピルバーグは異星人や恐竜を登場させた映画で世間を沸かせたし、今秋やってくるカルロス・クライバー指揮の『ばらの騎士』は、六万円のチケットが一瞬にして売り切れてしまう騒ぎだ。また『マディソン郡の橋』の未曾有の売行きなどを見ると、小説のような古風な仕事にも、まだまだ余力は残っているのかな、と、ちょっとびっくりしたりもする。」(『オール讀物』平成6年/1994年9月号、五木寛之「複雑な感慨」より)

 ううむ、なるほど、『マディソン郡の橋』がベストセラーになったあの辺りの頃の選評か。と、思い出させてくれるから、楽しいといえば楽しいんですけど、いったいいつ直木賞のハナシをしてくれるのか。

 スピルバーグがどうだの、カルロス・クライバーがどうだの、直木賞の選評に書く必要があるんだろうか。そんなことより早く今回の直木賞について語ってくれよ。と、読み手のこちらをじらす手わざが、一種の芸と化しています。

 それはそうと、さっきも書いたとおり、第111回直木賞は30年以上まえの出来事です。その頃、すでに小説はメジャーな表現の位置を降りていた……と五木さんは言っています。もとい、降りてから相当な時間を過ぎている……と言っています。

 小説が斜陽のなかで徐々にくだっている、という実感は、別にいまに始まったことじゃないんですね。そうだ、もう何十年も昔から、小説なんて大したことのない地位にいつづけているのだ。そう認識して元気に生きていきましょう。

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