「小説は宿命的に新しさが要求される。新しさは胡散臭さがつきまとう。」…陳舜臣、第96回直木賞の選評より
直木賞の未来は明るい。と信じている人が、いまの日本にどれだけいるんでしょうか。
どれだけいようが知ったこっちゃない、としか言いようがないんですけど、たしかに商業小説の世界とか、直木賞のもたらすにぎわいとか、そういうものが縮小、減退、消滅したところで、直接的に影響を受けるのは、ごく一部の人たちでしかありません。
これまでのような大仰で華やかな「直木賞」受賞まわりの姿が失われれば、いっときは悲しむ人、喜ぶ人、さまざまな感情が社会のなかを飛び交うでしょうけど、喉元すぎればうんぬん、の謂いもあります。直木賞の未来がお先まっくらだったとしたところで、ぎゃあぎゃあ騒ぐほどのことではない、とも思います。
さて、だいたいいまから40年ほど前、昭和の時代が60年を重ねた1980年代の終わり頃、直木賞のまわりは、から騒ぎなのか何なのか、ずいぶん熱気に包まれていた、と聞いています。
受賞作が頻出した70年代を無事に乗り越えて、芸能人の書く小説が商業小説の炎にせっせと薪をくべながら、ブンガクなんてくそくらえ、と言わんばかりのミステリーやSFや冒険小説が何万部、何十万部と売上を積み重ねていた頃。
直木賞の選考会にも、「ミステリー・SF好き」を自称する村上元三さんに加えて、そちらの系統を評価する選考委員がぞくぞくと登場します。藤沢周平さん、陳舜臣さん、田辺聖子さん、などです。
このあたりは、おそらく直木賞史としては有名な部類の流れなので、うちのブログでも繰り返しコスったネタかと思います。
しかし、ミステリーや冒険小説が大嫌い、という人たちをことさら排除せずに、選考委員会を形成したところが、日本文学振興会のイヤらしさです。いや、巧妙さです。
何かに偏らずに、意見や好みが対立しそうな人たちに選考をお願いする、というのが主催者としての務めだと、たしか高橋一清さんあたりが書いていたような気もします。まあたしかにそうだろうなと思います。
といったところで、今週も選評のハナシです。第94回(昭和60年/1985年・下半期)から選考委員になった陳舜臣さんの選評から引いてみます。
陳さんというと、いつも穏やかで、トガったことでもなるべく柔らかく表現する、練れた人格者という印象があります。選評もおおむねその路線のものが多いんですが、たとえば第96回(昭和61年/1986年・下半期)のときには、こんなことを書きました。
「小説は宿命的に新しさが要求される。新しさは胡散臭さがつきまとう。新しいといみえて、それはこれまでのスタイルが崩れたにすぎないことがある。私たちが期待するのは、ほんとうに時代を予感する精神にうごかされた作品なのだ。その見定めが難しい。」
(『オール讀物』昭和62年/1987年4月号、陳舜臣「新しい小説を」より)
「新しさは胡散臭さがつきまとう」。……たしかにそういうものかもしれません。
どういうものを胡散臭いと感じるかは、人それぞれだと思いますが、新しさが発する違和感だったり魅力だったりが、胡散臭さを兼ね備えていることもあるでしょう。んなこと言ったら直木賞の存在そのものが、いちばん胡散臭い、と思わないでもありません。
ただ、上記に引用した文章では、なぜか主語が「私が」ではなく「私たちが」となっています。その辺りが陳さんなりの、リスク回避能力の高さといいますか、俯瞰的に語ることで我が身に火の粉をかかるのを防ごうとしている感がハンパありません。これまで選評の世界といえば殺伐としていたけれど、そこに優しく、やわらかな物言いをする委員も現れた。これも1980年終わりごろの直木賞の特徴です。
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