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2025年12月14日 (日)

「候補作家の半数ぐらいは、私たちに未知の作家であっていいのではあるまいか。」…五木寛之、第99回直木賞の選評より

 最近の直木賞選考委員は、ずいぶんと行儀がよくなった、というハナシをよく聞きます。

 じゃあ行儀の悪かった昔の委員はどんなだったのか。ワタクシも昔のことはよく知らないので、よくなったとか悪かったとか、だれかのテキトーな感想を受け入りで言っているだけなんですけど、昔の選評ではちょくちょく見かけたのに、最近の委員はあまりそういうことを言わなくなったな、という話題なら、何となく思い当たるものがあります。

 主催者の日本文学振興会、ないしは予選委員に対する要望や批判です。

 いまだって主催者に対して思うところのある委員はいると思います。かつては、そんなことまで選評に書いちゃう委員がたしかにいました。

 ただ、別に選評の場を使って言うようなことでもありません。選評は、なるべく候補作のことに筆を費やし、それ以外のことは別のところで消化する。そういうふうになってきたのは、まともといえばまともですし、「行儀がよくなった」と見られる理由のひとつでしょう。

 で、その「昔の選評」なんですが、今週は第99回(昭和63年/1988年・上半期)のものを引っ張ってこようと思います。西木正明さんの「凍れる瞳」「端島の女」、景山民夫さん『遠い海から来たCOO』が受賞したときです。

 選考委員は10人いました。井上ひさし、黒岩重吾、田辺聖子、陳舜臣、平岩弓枝、藤沢周平、村上元三、山口瞳、渡辺淳一と、もうこの世にいない人ばかりで、いかにも「昔」といった感がありますが、そのなかでたった一人、いまも存命の委員がいました。五木寛之さんです。

 この回、五木さんは景山さんの『遠い海から~』に高く推奨し、選考会では賛否がまっ二つに分かれたこの作品の、強力な受賞賛成派として熱弁をふるった、と言われています。

 選評でもそういったことを当然書いているんですけど、何といっても五木さんです。当の選考からちょっと外れたことを書いてしまう癖は、この回でも発揮され、主催者にこんな苦言を呈しています。

 西木さんの候補作が単行本『凍れる瞳』から「凍れる瞳」「端島の女」の二短篇だったこと、また阿久悠さんの候補も単行本『喝采』から「喝采」「隣のギャグはよく客食うギャグだ」の二つだけピックアップされていたり、藤堂志津子さんの作品集『マドンナのごとく』が表題作と書き下ろしの「青空」の二篇を含んでいて、その二つをもって候補に挙げられたことに対する感想です。

「候補作品として二作を列挙する主催者側の意図が、いつも作家にとってマイナスの作用をおよぼしているような気がする。藤堂氏の「青空」は当然はずすべきだったろうし、阿久氏、西木氏も一作で十分だ。」

(『オール讀物』昭和63年/1988年10月号、五木寛之「「遠い海から――」を推す」より)

 と、このあたりはまだ、第99回の選考にも関わる指摘なので、選評としては通常かもしれませんが、つづけて五木さんは予選をする主催者にこんな注文をつけています。

「もう一つ、つけ加えておけば、「無名作家」もしくは「無名に近い新人作家」という、菊池寛の直木賞創設の文章に私は今もこだわっている。候補作家の半数ぐらいは、私たちに未知の作家であっていいのではあるまいか。」

(同上)

 この回でいえば、候補は7人いましたが、初めて候補に挙がって「新人」と呼べそうだったのは藤堂志津子さん一人だけ、あとは選考委員として前にも選考したことのある練達の作家が多い、という印象を受けたんでしょう。

 たしかに「直木賞の候補対象はどこに設定すべきか」論争っていうのは、直木賞の歴史上、それこそ第1回のときから続く深淵な(?)テーマです。直木賞候補がすでに名前の売れている中堅どころばっかりだと賞として面白くない、というのはワタクシもよく感じるところではあるんですが、なるほど(当時の)五木さんも、そういった感覚でいたんですね。心づよいかぎりです。

 ただ、けっきょくその後の直木賞はそんな五木さんの意見を聞き入れもせずに、まるでガン無視して「対象をベテラン作家へ」とぐいぐい拡大していったのは、ちょっぴり哀しく思えます。

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