「これ以上続ける自信と気力を失くした」…城山三郎、第89回直木賞の選評より
人間の思考を4種類に分けると、おそらく以下のとおりになると思います。
- 直木賞が年二回なのは多いから、年一回でいい。
- 直木賞はこのままでいい。
- 直木賞なんてやめちまえ。
- 直木賞がどうなろうが知ったこっちゃない。
可能性だけでいえば「年二回は少なすぎるから、年三回とか、年四回とか、もっと回数を増やすべきだ」という流派の人がいたっていいはずです。それを入れれば「5種類」ということになりますが、しかし、最後のような意見は、ほとんど聞いたことがありません。口にした瞬間に、気が触れたと思われて精神病院に入れられちゃうからかもしれません。
ともかくも、直木賞に関してよく聞くのが、一番目に挙げた「年二回は多すぎる、年一回でよいのでは?」という意見です。
ワタクシが直木賞に興味を持ち出したン十年前にもひんぱんに言われていましたし、昔の選評を読むと、そうか「年一回に減らせ」派の人というのは、ずいぶん以前からいたんだな、ということがよくわかります。
たとえば、第89回(昭和58年/1983年・上半期)のときの城山三郎さんの選評にも、そのことが出てきます。
「直木賞は年一回でよいという声が、委員の中からも出ている。年に二度だと、候補作の点数をそろえるために無理に候補にされる作品が出てくる。
候補作家はその度に一喜一憂しなければならぬし、また候補回数の多いひとをどう遇するか、という問題が起る。」(『オール讀物』昭和58年/1983年10月号、城山三郎「選評」より)
このときの委員のいったい誰が「年一回」を主張したのか、くわしいことはわかりませんけど、やっぱ一年に二回は多いよね、という感覚はいまに始まったことではなかったようです。「年一回」派の方たちはぜひ自信をもって、減らせ減らせ、と叫びつづけていただければと思います。いつかその声が届くこともあるでしょう。
で、上記に引用した一節も、選考とは関係ないっちゃ関係ありませんが、何といってもこの第89回は、直木賞の歴史に残る騒動が勃発した回です。新聞の社会面にもそのことが大きく取り上げられ、文壇の内外でけっこう話題になった……と洩れ聞いています。城山さんがこの回をもって強硬に辞任を申し出て、さっさと直木賞の選考から身を引いたのが、胡桃沢耕史の受賞が決まった第89回選考会の直後でした。
あまりに大きな出来事として記録されているハナシなので、うちのブログでも過去に何らか取り上げたような記憶があります。ここのブログは、書いたそばからどんどん忘れていってしまうダメブログなので、詳細はよく覚えていません。ただ、候補に上がるたびにおれは直木賞が欲しいんだ、欲しくてたまらないんだ、とメディアを通じて言い続けてきた胡桃沢さんが、それまでの作風とは少々外れる「私小説」の骨法を用いて戦争直後の抑留体験を小説に仕立て、まあまあ彼も4度めの候補だし、そろそろあげてもいいんじゃないか、みたいなことを言い出す選考委員の票も加味されたうえで受賞が決まったことに、あくまで直木賞にそういう私的な事情を持ち込むものじゃない、と反発した城山さんが、奮然と辞表を叩きつけた、……というようなストーリーがゴシップ好きなマスコミの心を揺り動かして大きな話題となった、ということがあったらしいです。
選評の載った『オール讀物』はそれから間もなく発売されました。世間を騒がせた城山さんがいったいどんなことを語るのか。ゴシップ好きなワタクシのような一部の直木賞マニアは、きっと期待に胸をおどらせて『オール讀物』を買ったんだろうと想像します。
そこで城山さんは、上記のような文章を入れながら、自分が辞任を決めた理由を選評に残しました。
「蛇足だが、わたしは今回限りで選考委員を退きたいと思う。
(引用者中略)
わたしは、自分の受賞した経緯からも、また選考委員としての短い経験からも、賞の選考は、さまざまな角度から、おおむね公平、かつ率直に行われてきたと信じている。
ただ、わたしがこれ以上続ける自信と気力を失くした、というだけのことである。」(同上)
マスコミで取り上げられたような、城山三郎激怒、みたいなトーンはここでは見られません。候補に挙がった作家たちを傷つけず、同じく選考に当たった他の委員たちにも文句を言わず、ただただ自分の心の問題だ、ということに落着させました。
このあたりが、人間力の長けた城山三郎、面目躍如、といったことで評価もバク上がり。直木賞を踏み台にして大きくジャンプアップした選考委員として一目置かれるようになった……のかどうかはわかりません。ただ、別に選評で自分の進退について説明する義務などなかったのに、どうして自分は辞めるのかを律儀に書き残しておこうとするところが、城山さんの真面目を物語っているのはたしかです。
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