「「津軽世去れ節」がよく売れたら、季節を待っておいしい林檎を五、六箱、文藝春秋の直木賞係りの皆さんに贈るよう」…石坂洋次郎、第69回直木賞の選評より
直木賞は毎回のように注目されます。何が候補になるのか、だれが受賞するのか。社会や経済がどんな状態であろうともお構いなし、戦後から平成、令和と、おおよそ直木賞は毎回毎回、懲りずに注目されてきた、と言ってしまいたいと思います。
で、注目されているから何なのか。オレはおめえみてえなゴシップ厨じゃねえんだ、そんなチャラチャラした世界に興味はないよ。と背中を向けるのも全然アリでしょう。「多くの人が注目している」というその一点の印象だけで目をそむけてしまうなんて、それ以外のところで直木賞の歴史が積み重ねてきた面白さに出会うことができないじゃないか、もったいないことをする人だなあ、とは思いますけど、何を好きになるかは人それぞれです。無理に引き止める気は起きません。
それはそれとして、直木賞です。
今年の7月に選考会のあった第173回(令和7年/2025年上半期)は該当作なしとなって、さあその次はどう出るのか、「なし」のあとにやってくる特有の注目性は高まるばかりですが、いまから50数年まえの第69回(昭和48年/1973年・上半期)のときもやはり、一つ前の回が該当作なしでした。今度もまた受賞作なしになるのか。それとも……という雰囲気が、選考会の前からまわりには漂っていたものと思います。たぶん。
源氏鶏太さんの選評によれば、第69回の選考会は初めから、前回は該当作を出せなかったから今回こそは何としてでも授賞を出したい、という空気に包まれていた、ということです。
それでも、みんなが一斉に票を入れる絶対的な作品が候補のなかにあればよかったんですが、そうはならないのが直木賞の常らしく、今回も低調だなと嘆く委員あり、おれはこれがいい、いや、これは駄目だ、と評価が割れる作品もあり、どこに正解があるのかわからない議論が、数時間交わされたと言います。
それでけっきょく、長部日出雄さんの「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」と藤沢周平さんの「暗殺の年輪」、二人に授賞することが決まりました。当初の雰囲気どおり、二期連続での該当作なしを避けることに成功したというわけですが、こうなると「選考とは関係のない選評」を書かせたら右に出る者なし、と言われた王者・石坂洋次郎さんの腕が鳴るのも自然だったことでしょう。
何てったって、受賞者の一人が津軽の人ですからね。だれが何といおうと選評には郷土愛を炸裂させることを第一の目的としていた(……?)石坂さんが、ここで津軽の話題を書かないはずがありません。
ちなみにこの回の石坂さんの選評は、1行14字詰で全53行、そのうち落選した候補作についてはまったく触れず、受賞の一人藤沢さんの作品のことはたった4行で、それ以外はほぼ、長部さんの津軽ものと郷土のことばっかり書きました。マジでやりすぎです。
「私自身は候補作品七篇を読んで、長部君の津軽物二篇に一番牽かれた。しかし私はそういう自分を警(ルビ:いまし)めもした。何故なら私は二篇の舞台になっている津軽の出身であり、お目にかかったことはないが作者の長部君も同郷人だというし、もう一つ「津軽世去れ節」を出版した津軽書房の高橋君とは顔なじみであり、それやこれやで「世去れ節」的な理屈抜きの親近感を抱くおそれが大いにあったからである。
(引用者中略)
私は「津軽じょんから節」を読んでいて、チビで酒好きで狂人染みて芸熱心である「桃」という人間は、津軽が生んだ破滅型の作家・葛西善蔵にそっくりなタイプだと思った。農民相手の芸能人であるから、同じ破滅型とは言っても、大地主の家に生れ、知的要素も多い太宰治とは表向き大分ちがってはいるが……。」(『オール讀物』昭和48年/1973年10月号、石坂洋次郎「よかった、よかった」より)
葛西善蔵とか太宰治とかに対する石坂さんによる人物評が、この回の直木賞の選考と関係ないことは言うまでもありません。この能天気な姿勢が、まさしく石坂さんの持ち味です。
そして、何をおいても白眉はこの選評の終わり方です。おそらく以前にも何かの機会にうちのブログでは紹介した覚えもあるんですが、「選考に関係ない選評」史上、関係なさでいったらたぶんトップクラスに位置づけられるに違いない、直木賞選考委員・石坂さんを代表する一節だと思うので、あらためて引いておきます。
「最後に津軽書房の高橋君よ、直木賞通過で「津軽世去れ節」がよく売れたら、季節を待っておいしい林檎を五、六箱、文藝春秋の直木賞係りの皆さんに贈るよう、郷土の先輩として勧告する。とび上るほど嬉しかったろうから……。」(同上)
津軽書房の高橋彰一さんといえば、戦後日本の出版史のなかでもかなりの有名人です。なので、この石坂さんの勧告を受けて、果たして高橋さんが文春にリンゴを贈ったかどうしたか、回想なり資料なりも残っているかもしれません。
こんなことを選評の場で堂々と言われて、さすがに高橋さんも無視はしなかったと思うんですが、どうしたんでしょうか。気になります。ご存じの方がいればお教えください。
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