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2025年10月 5日 (日)

「同郷人の平井君が今度の選に洩れたのは残念。」…石坂洋次郎、第57回直木賞の選評より

 選考とは直接的な関係がない選評を書きがちな直木賞委員、というのはいつの時代にも見当たります。

 久米正雄さんとか小島政二郎さんとか今日出海さんとか、そのあたりが一般によく知られている……のかどうなのか、ワタクシも全然知らないんですけど、そんな直木賞の歴史のなかでも燦然と輝く「どーでもいいことを選評に書く」トップ・オブ・トップというと、いったい誰でしょうか。これはもう、石坂洋次郎さんをおいて他にはいません。

 直木賞ももうひとつの文学賞もとっていないけど超絶な流行作家街道を驀進し、67歳の高齢になってから、なぜか直木賞の選考委員のお声がかかって11年。ボケ老人として直木賞の選考会をかきまわした人、として、うちのブログでもさんざんイジくり回してきました。石坂さんこそ、「選考とは関係ない選評」のテーマにはぴったりの人です。

 はじめて選考に参加したのが第57回(昭和42年/1967年・上半期)のときです。候補者は9人。そのうち、中田浩作さんの「ホタルの里」、平井信作さんの「生柿吾三郎の税金闘争」、生島治郎さんの『追いつめる』の三作を高く評価した、と自身で選評に書いています。

 ただ、けっきょく票が集まって受賞することになった『追いつめる』を、なぜ石坂さんが評価したのか。選評を読んでも、よくわかりません。

 Aという作品のどこかがよかった、Bという作品はどこが駄目だった、とそんなことを選評で示すのは常人のやることで、石坂さんくらいになると、もはや自分がなぜ票を入れたかなんてことは、わざわざ書くまでもない、ということなのかもしれません。

「結局、手慣れた書き方で、暴力団を追及する元刑事を描いた生島治郎「追いつめる」が第五十七回の直木賞に選ばれた。おめでとう。」(『オール讀物』昭和42年/1967年10月号、石坂洋次郎「はじめて審査に参加して」より)

 という部分が、おおよそ石坂さんが『追いつめる』に関して、何がしかの判断を示している(?)と思われます。ともかくは気に入った作品だったようです。

 他の二作については、もうちょっと突っ込んで作品に対する感想を述べています。

 たとえば、中田さんの「ホタルの里」は僻地に赴任した若い青年教師が主人公です。このあたりが石坂さんのカワユイところだと思うんですけど、石坂さんは、自分がそうだったという理由で、そういう地方の学校教師を描いた作品が直木賞の候補になると、妙に甘い点をつけちゃったりします。ただ、直木賞と僻地の教師、といってまずパッと頭に思い浮かぶ三好京三さんの『子育てごっこ』が、のちの第76回(昭和51年/1976年・下半期)で候補に挙がってきたときには、石坂さんは痛烈な批判を繰り出して、その受賞に反対しました。教師を描いた小説だからって、何でもかんでも評価したわけではなかったようです(……って、まあ、そりゃそうか)。

 もう一つ、第57回で石坂さんが高い点をつけたのが、平井さんの「生柿吾三郎~」ですが、それについて書かれた選評こそ、まさに石坂ブシ炸裂、と言っていいでしょう。

「平井信作「生柿吾三郎の税金闘争」は細かい文学的センスなどにこだわらず、体当りで題材にとり組んでいるのがいい。同郷人の平井君が今度の選に洩れたのは残念。」(同)

 石坂さんは青森県弘前市の出身で、平井さんは青森県津軽郡浪岡村の出身。青森のなかでもいわゆる「津軽地方」と呼ばれる同郷人です。

 そんな候補者が受賞することができなかったことは残念だ、という。正直な心のうちを明かした一文には違いありませんが、選考委員が語る選評として、これほどどーでもいいハナシは、そうそう見当たりません。

 燦然と輝く「直木賞の選考とは関係ない選評」の歴史に新たな息吹を与えた選考委員、石坂洋次郎さんの、どーでもよさは実にここから始まりました。今後も、何かしら紹介する機会が出てくるかと思います。燦然と輝いています。

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