「わるい時期に顔を出したと思っている。」…司馬遼太郎、第62回直木賞の選評より
世の中には「司馬遼太郎信者」みたいな人がいます。いや、いまとなっては「いました」と過去形で表現したほうがいいかもしれません。
別にワタクシも司馬さんのことが嫌いなわけじゃないんですが、生きているときは、国民作家だと持てはやされ、司馬史観なる単語まで登場し、ひとたび誰かが司馬さんの小説を否定しようものなら、うるせえ、シバリョウほどの学識もないくせに、てめえは黙っとけ、とさんざんに叩かれ、ボロクソに言われるような時代があった……などと洩れ聞いています。
司馬さん自身はそこまで尊大な人ではなかったでしょう。ただ、司馬作品に惚れ込んでいる人たちが、なぜか自分たちの知識をひけからすことに快感を覚えて、やたらとエラそうにしていた、というのも、個人的になかなかその界隈に近寄りたくはないなと思う理由の一つです。
いやまあ、それはともかく、司馬さんといえば司馬さんですよ。第42回(昭和34年/1959年・下半期)で受賞し、その10年後に選考委員を拝命して、第62回(昭和44年/1969年・下半期)~第82回(昭和54年/1979年・上半期)の約10年、忙しいさなかに委員として選考会に関わりつづけた直木賞にとっての優等生です。激務を縫って、選考会が終わるたびに選評も書いてくれています。取り上げないわけにはいきません。
今週は、そのいちばん始めの始め、司馬さんが直木賞の選考会に加わった第62回のときの選評です。年齢でいうと46歳のとき。いまでいえば、40代で委員になった三浦しをんさんとか、辻村深月さんとか、米澤穂信さんとか、そのくらいの感じ……と思ってみると想像がつきやすいと思います。いわば、選考委員会のなかでもペーペーです。
この回は、候補作が8つありました。が、多くの委員は、どうもいいのが見当たらないなと、相変わらずの不平不満を腹のうちに抱え、そのなかでも授賞するならと、田中穣さんの『藤田嗣治』に高評価をくだした人が何人かいたんですが、ノンフィクション作品に直木賞を与えるべきかどうか、おそらくは選考会のなかで大激論があったらしく、けっきょくは「授賞なし」に落ち着いたという、直木賞の歴史のなかでも他の回と同様に、注目されるべき回だったと言っていいでしょう。
その中で、初めて選考会に参加した司馬さんは、やはり他の委員と似たような感想をもったらしく、8つの候補のなかで直木賞に値するのはなかった、と選評で言っています。で、そう考えた理由を語りはじめる選評の冒頭のところで、なかなか意味深いことを書きました。
「直木賞的な分野にあたらしい小説がおこることは、ここしばらくないかもしれないと悲観的な、というより絶望的な予想をもっていたやさき、皮肉にも審査員の末席につらなることになった。
わるい時期に顔を出したと思っている。」(『オール讀物』昭和45年/1970年4月号、司馬遼太郎「わるい時期」より)
と、これを「意味深い」と受け取ってしまったのは、ワタクシも司馬さんの魔術にハマっただけかもしれません。すみません。別にそんなに深い意味などないようにも読めてきました。
だいたい「時期がどうのこうの」と言いたがるのは、一つひとつの状況を無理やりにでも歴史の流れに置いて考えたがる歴史小説家の悪いくせです。そんなこと言い出したら、1960年代後半から1970年代、直木賞的な分野(って、これも具体的に何を指しているのか曖昧ですが)に新しい小説はどんどん生まれていたじゃないか、と思います。
じっさい、司馬さんの言ったとおり、その後の直木賞は該当作なしがたくさん発生し、いかにも「わるい時期」を示すかのような暗黒時代を迎えました。ううむ、さすがは司馬史観、直木賞の近未来をも予見していたのか! ……となかば感動してしまうなりゆきではあったんですが、いやいや、よく考えれば「該当作なし」がそこまで多くなった戦犯のひとりが、委員をしていた司馬さん自身なのはたしかです。
「わるい時期」に委員になったとボヤきながら、みずから「わるい時期」のお先棒を担ぐことになった司馬遼太郎さん。もしも司馬さんが委員に入っていなかったら、もうちょっと直木賞の受賞作が増えたんじゃないか、とも思います。これを「予見」と呼んでいいんでしょうか。……自らが最初に言ったことを、自らの手でつくり上げていった「有言実行」の男、と言っておきたいと思います。
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