「故佐藤紅緑は、私の郷里・津軽出身の先輩作家」…石坂洋次郎、第61回直木賞の選評より
いまの直木賞の特徴といえば何でしょう。
さかしらげに「コレだ!」と断言できるようことは、ワタクシには思いつきませんけど、何となく感じるのは、やたらと全国各地、地域性に密着した盛り上がりがたくさん出てきたな、ということです。
受賞者の会見などが顕著ですけど、その作家がどこで生まれたのか、どこで育ったのか、どこの学校に通った、どこで働いていた、どこに住んでいる、あるいは受賞作の舞台がどこなのか……ということを含めて、異様なほどに地域色が注目されます。けっきょくのところ同じ日本国内で活動している作家ですし、もっと言えばどいつこいつも同じ地球上の人間です。こんなところで狭い地域の関係性をほじくり返して、いったい何になるんでしょうか。正直よくわかりません。
まあ、そんなことはどうでもいいです。
何が言いたいかといえば、これまで170ン回の直木賞の歴史のなかで、選評に書かれたハナシのうち、印象に残る地域といえばいったいどこか、それは青森だ。と言いたかっただけのことです。
直木賞の選評にはなぜか、チョコチョコと青森のことが言及されています。いや、言及されていました。いっとき直木賞の委員をしていた石坂洋次郎さんが、それって選考とどんな関係があるんだ、というツッコミを待っているんじゃないかと思うほどに、青森がどうだこうだと、選評のあちこちに書き残しています。先週のうちのブログでも取り上げたとおりです。
先週は、第57回(昭和42年/1967年・上半期)で候補に挙がった平井信作さんのことを同郷人だと言っている石坂さんの文章に触れました。それから2年後の第61回(昭和44年/1969年・上半期)、ふたたび石坂さんの青森愛がマグマの底から沸いてきて、神聖な(?)直木賞選評の場に、自分の郷土の話題をぶちまけます。
この回、直木賞の候補は7人いました。受賞した佐藤愛子さん(大阪府生まれ)をはじめとして、阿部牧郎さん(京都府)、藤本義一さん(大阪府)、勝目梓さん(東京)、利根川裕さん(生まれは千葉県ながら出身は新潟県)、黒部亨さん(鳥取県)、渡辺淳一さん(北海道)……と、だれひとり、青森出身の人など見当たりません。いや、しかしここで青森、というか石坂さん自身の出身、津軽のことをネジ込んでくるところが、石坂さんの石坂さんたるゆえんです。
佐藤愛子さんの候補作は、単行本の『戦いすんで日が暮れて』ですが、石坂さんのもとに来ていた情報では、同書に収録された「戦いすんで日が暮れて」「佐倉夫人の憂愁」の2作だったようです。こんなふうに言っています。
「佐藤さんの二作が、今回の直木賞作品に選ばれたが、それについて私は〈よかった〉という私的な親近感を覚えた。というのは、佐藤愛子さんの父君・故佐藤紅緑は、私の郷里・津軽出身の先輩作家であり、太宰治が陰性な破滅型の人物であったとすれば、紅緑は陽性な破滅型――あるいは豪傑型の人物であり、その血が娘である愛子さんにも一脈伝わっているような気がして、同じ郷土気質をいくらか背負っている私をさびしく喜ばせたのである。」(『オール讀物』昭和44年/1969年10月号、石坂洋次郎「津軽の血」より)
あまりに「私的な」感想すぎて、見ているこちらは茫然とするしかありません。
佐藤紅緑さんが生まれたのは明治7年/1984年、石坂さんは明治33年/1900年と、26歳離れていますが、同じ青森県弘前市で生まれ、中学は現在弘前高校となっている前身の学校に通っていたという先輩後輩のあいだがらです。その後に歩んだ道は違えども、石坂さんとしても親近感を持っていたんだろうと思います。
それはそれでいいんですが(って、よくはないか)、佐藤愛子さんの作品を評するはずの場所で、父親がどうだの、血がどうだのと、思わず筆を滑らせてしまうというのは、何なのか。他の候補作家にとっては、貴重な選評の場をそんなことで埋めてしまう耄碌ジジイがいるというのは、いい迷惑だったかもしれませんが、石坂さんが愉快な人だったのは、直木賞の選評からもよく伝わります。
ぜひ青森の人たちには、直木賞の選評で型破りの郷土愛を書き残した伝説の委員、石坂洋次郎さんを(そういった観点から)もっともっとフィーチャーしてほしいものだと、切に願います。
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