「きらびやかな才能は、人を眩惑させるが、底浅いはかなさに魅力のあるうちが花である。」…中山義秀、第56回直木賞の選評より
今日は令和7年/2025年9月28日です。
ということは何でしょうか。さあ、それでは声を合わせてご一緒に。せーの、「第31回中山義秀文学賞が決まった日です!」。
……一年に一回、日本の秋の風物詩といえば、これにまさるイベントはありません。義秀賞の公開選考会が、今年もつつがなく福島県白河市の新白信ビルイベントホールで、にぎやかに、いや、ひそやかに公衆の面前で決定・発表されました。
基本的に人さまの名前を冠した文学賞は、その人物とはほとんど関係がない、というのが常識です。直木賞もそうですし、アクタ何とか賞も、まあ賞名についた作家とは関係なく運営されています。
中山義秀文学賞も、義秀さんと関係がない、と言ってしまえばそれまでです。ただ、いちおう運営している人たちは、故郷の生んだシブくて地味な義秀さんの精神を誇りに思い、文学賞のほうもシブくて地味な路線を喜んで貫いていきたい、という思いでやっているっぽいです。
ということで今週の直木賞の選評は、どうあっても中山義秀さんの言葉を取り上げたいな、と思って探してみました。
ただ、義秀さんというのは無駄なことはなるべく省いて、必要なことだけをまっすぐ伝えることに長けた人です。選評のほうでも、遊びが少なく、候補作のこと、それを自分がどう読んだのか、ということを愚直に書き連ねているものがほとんどで、「選考とは関係ない」選評がほとんど見当たりません。
そこで今回は苦しまぎれに、おそらく義秀さんとしてはその回の選考について脳みそに宿った考えを書いたんだろう、と思いながらも、いかにも義秀さんらしい表現をしている箇所に光を当ててみることにしました。
ときは第56回(昭和41年/1966年・下半期)。いまから60年近くも前の直木賞です。
受賞者は、いわずと知れた直木賞が生んだトップスター、といいますか、この人が受賞したから直木賞はいっそうキラびやかな存在として世間の人から見られるようになった、と言っちゃってもいい歴史的な受賞を果たした作家。五木寛之さんです。
選評を読んでもとにかくみんな褒めています。選考会が始まってまず選考委員たちが自分の意中の候補者を示したとき、だれもかれもが五木さんの名前を挙げていきなりの満票。話し合うこともほとんどなく、そうだよね、そりゃ今回はこの人だよね、と委員たち全員が納得して、およそ1時間程度、という直木賞選考会では極端に短い時間で決まってしまったと言います。
だいたいいつも、他の人とは全然違う方向で順番をつける中山義秀さんですが、それでもやっぱりこの回は、五木さんを褒めています。いや、たぶん褒めているんだと思います。
「当選作者による三つの作品、「GIブルース」、「蒼ざめた馬を見よ」、「艶歌」はみな面白かった。五彩の花火を観るようで、消えた後残るものはない。きらびやかな才能は、人を眩惑させるが、底浅いはかなさに魅力のあるうちが花である。」(『オール讀物』昭和42年/1967年4月号、中山義秀「妄評」より)
いちおう公式には全会一致、すべての選考委員が最初から満票で五木さんを推賞した、ということになっています。なので、義秀さんも五木さんに票を入れたんだ、と考えれば、たぶん受賞者のことを褒めているんでしょう。義秀さんなりに。
しかし、さすがと言いますか、何と言いますか。消えた後残るものはない、と言い切ってしまう義秀さんの感覚は、特定の候補者や候補作について語っているようでいて、その後に続く「きらびやかな才能は~」のところは、もう完全にあまねくこの世のことを義秀さんの視線でとらえた、人生訓、ないしアフォリズムと言っていいと思います。
はてさて、五木さんの小説が、これから先も残っていくのかどうか。作家の大半は、死んじゃったらそれでおしまい、というのが普通ですけど、直木賞の星・五木寛之さんといえども、その運命に抗うことはできないかもしれません。いや、できるかもしれません。まったくわかりません。
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