「読んだ資料を袋に入れたまま横須賀線電車の網棚に忘れて降りた。」…大佛次郎、第53回直木賞の選評より
横須賀線という鉄道路線があります。東京から東海道本線に乗ってガタガタゴトゴト西に向かい、決して短くはない時間を過ごしたあと、大船から南にくだって三浦半島のなかを突き進みます。
かならず知らなければいけない知識というわけでもなく、一生乗らなくたって何の問題もありません。……とか断言してはいけませんね。問題があるのかもしれません。少なくともワタクシは、まったく詳しくありません。
ともかく、古い頃から、東京の人が鎌倉に、あるいは鎌倉にいる人が東京方面に出かけるときは、横須賀線を利用してきた……というのは容易に想像できます。ただ、言うまでもなく直木賞とは関係がありません。残念です。
いや、関係がないはずなんですが、今週は横須賀線と直木賞選評のおハナシです。まるで結びつきようのないこの二つを、美しく連結させた稀代のマジシャンこと、大佛次郎さんが直木賞の選考委員にいたおかげです。
大佛さんといえば、代表的な(?)鎌倉文人として知られているかと思います。奥さんとのあいだに子供はなく、鎌倉の家はそこらじゅう猫だらけ。鎌倉の人ということの他に、こよなく猫を愛した人としても有名ですが、そこら辺りのことが直木賞の選評に出てくるのですから、これは見逃せません。
第53回(昭和40年/1965年・上半期)は、直木賞では珍しく同人雑誌の掲載作ばかり8作が、最終候補に残りました。一般に名の通った職業作家は見当たらない、という混沌とした候補群のなかで、受賞と決まったのは「虹」を書いた藤井重夫さんです。
ただ、誰がなにをどんなふうに読んだのかは、受賞結果からは全然わかりません。
こちらとしては『オール讀物』を入手して、あるいは古いバックナンバーの置いてある図書館に行って、選評を読むしかないんですけど、いつもにもまして今回はどの候補作も面白かった、と言う中山義秀さんみたい委員もいれば、今回はどれも低調でこれじゃ受賞作なしだと思った海音寺潮五郎さんや松本清張さんみたいな人もいました。
候補作や当時の読み物小説全般のことを語るのがおおよその選評なのに、何だか妙な書き出しで、この回の選評を始めている人がいました。それが大佛さんです。
冒頭からしばらくは、ほとんどエッセイです。
「委員会の帰りに、読んだ資料を袋に入れたまま横須賀線電車の網棚に忘れて降りた。未知の親切な方が私のものと見て横須賀駅の忘れ物係にとどけて下さったと電話があった。認め印を持って横須賀まで受取りに行かなければならないが、小人数の家で、沢山にいる猫の奴はこの使者の役に甚だ不向き。そこで怠けたまま資料なしに、記憶に残った印象からこの文を綴る。従って、作品名も作者名も正確を期しがたく記さない。ぼんやりと記憶の影をつかまえる話である。」(『オール讀物』昭和40年/1965年10月号、大佛次郎「記憶を辿って」より)
ははあ、これはこれは……。
大佛さん、お茶目ですね。って、候補者にとっては、こんなこと言われても何の腹の足しにもならないでしょうが、選評には何を書いたっていいわけですから、資料を置き忘れた顛末に、路線名とか、駅名とか、猫ちゃんたちのことを書いたって、別に構わないに決まっています。
本題に入る前にマクラが長いというのは、あまり本題で語ることがないときの常套手段ではあるんでしょう。でも、みんながかしこまって、作品論を戦わす選評だけじゃなく、電車のなかにモノを忘れた失敗談から始めて場をなごませよう、というのは、あるいは大佛さんなりの心遣いだったのかもしれません。
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