「わたし個人のことになるが、わたしは推理小説が好きで、乱読しているほうだ」…村上元三、第43回直木賞の選評より
「高校生直木賞」という企画があります。
回を重ねて今年で12回目を数え、年々参加する高校の数も増えている、というふれこみの面白い文学賞ですが、本家の直木賞に比べると、話題性も権威性も大して高くはなく、その評判を巷で耳にすることもまずありません。そもそも、いったん直木賞のほうで選考したのと同じ候補作を並べて、改めて選考することに何の意味があるのか、という気はします。とまあ、ヒトサマが頑張って運営しているものに文句を言っても仕方ありません。
同じ作品でも、選考する人、選考する世代が違えば、何を推すのかその評価も変わってくる、というのはたしかにその通りです。そんなことは、わざわざ「高校生直木賞」を持ち出さなくたって誰でもわかっていることだと思うんですけど、直木賞だって何だって自動的に決まる文学賞は何もない、すべてそれぞれ個性の違う人間たちが決めているんだ、ということをあえてもう一度打ち出したところが、「高校生直木賞」のエラさでしょう。
で、何が言いたいかというと、直木賞の選考では、それぞれの委員の人たちの生態を見るのが面白い、それが半年に一回ずつどんどん積み重なっていくのが面白いんだ、ということです。これもまた、いまさらツバを飛ばして主張するほどのことじゃなかったですね。すみません。
時代はさかのぼって第40回台の直木賞です。この時期、直木賞に押し寄せた波といってパッと思いつくのが、推理小説がたくさん候補作に選ばれはじめたことが挙げられます。
推理小説を、時の選考委員たちがどのように受け止めて評したか。これはこれだけで、ことさら推理小説を目のカタキにした直木賞のクソ時代、と数多くのミステリー専門家たちが怒りまじりに振り返っていますので、あまりに近づきたくないところなんですが、今週は第43回(昭和35年/1960年・上半期)、池波正太郎さんの「錯乱」が直木賞を受賞したときの選評を取り上げたいと思います。
このときも、いわゆる「推理小説」とレッテルの貼られた候補作がいくつも予選を通っていました。水上勉さんの『海の牙』『耳』、佐野洋さんの『透明な暗殺』、黒岩重吾さんの『休日の断崖』、そして碧川浩一さんの『美の盗賊』……。
委員によっては、これらを褒めたり、授賞に推したりしていて、おしなべて直木賞全体がクソだったわけじゃない、ということが選評を読むと、何となく伝わってきます。源氏鶏太さんなどは『休日の断崖』をかなり強力に推したそうです。
そんな中で、けっきょくこの回、推理小説は全部が全部、落選してしまうことになるんですけど、やはり注目すべきは村上元三さんの言いぐさでしょう。
「わたし個人のことになるが、わたしは推理小説が好きで、乱読しているほうだ」(『オール讀物』昭和35年/1960年10月号、村上元三「推理小説への疑問」より)
という文章から始まって、要するにおれは推理小説に無理解な読者というわけではない、っていう予防線を張ってから、バシバシと推理モノの候補作を批判していきます。
「推理小説でなければ、現代社会の尖鋭化された人間の心理行動を描くには適しない、という考え方には、同意しかねる。
そういう意味で、水上勉氏の「海の牙」「耳」も、佐野洋氏の「透明な暗殺」も、黒岩重吾氏の「休日の断崖」も、現代小説として正面から取り組むべき材料を扱っていながら、推理小説の形をとった為に、どっちつかずの感じの作品になっている。
わたしは、推理小説も文学でなくてはならないと考えているが、こんどの候補作品の中に入っていた以上の作品は、記録小説としては弱く、推理小説としての面白さに欠けている、と思う。」(同)
なかなか村上さんの求めるハードルは高いです。それで、新鷹会の後輩の、どうということもない短篇での授賞にはとりあえず賛成しちゃうんですから、食えない人だ、という他ありません。
別に「おれは推理小説をたくさん読んでいる」なんて、言う必要がないのに、わざわざこの一節を入れてしまうところが、村上さんのカワイさ、というか、人をイラッとさせるところだと思いますけど、この芸風はその後も続く村上さんの直木賞委員歴のそこかしこに登場することになります。ジャンル小説のファンというのも、こういう場面では良し悪しだな、と思わされることも含めて、村上さんの選評が、世に直木賞アンチをふやし……つまりは直木賞全体を盛り上げる一つになったのは、おそらく間違いありません。
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