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2025年8月17日 (日)

「私が推薦した道俊介氏の「蔵法師助五郎」といふ作品」…小島政二郎、第37回直木賞の選評より

 20何年もサイトを運営していると、たまーに、ごくごくたまーに、見知らぬ方からメールをもらうことがあります。

 くそっ、死ね。といった幼稚な罵倒雑言もあれば、わたしがとった地方の文学賞のこともサイトに載せていただけないでしょうか、という丁寧な懇願もあります。メールの内容は種々雑多に散っているんですけど、ときどき、直木賞や文学賞のことで、候補作の出版情報、掲載情報など、大変ありがたいデータを教えてくださる方もいます。どこにお住まいの方かも存じませんが、そういう方々には一切合財、足を向けて寝られません。

 「文学賞の世界」サイトのなかには「『サンデー毎日』大衆文芸」懸賞についてリスト化したページがあります。そこに載っている情報のうち、幾分かは外部の方からメールで教えてもらったものが含まれています。ありがたいとしか言いようがありません。

 で、全然直木賞とは関係ないハナシから始まりましたけど、おそらくよく知られているとおり、その大衆文芸懸賞からは直木賞の候補者がボロボロと出ていますし、ときには直木賞の受賞者に名を連ねることになる作家なんかもけっこういました。

 『週刊誌五十年 サンデー毎日の歩み』(昭和48年/1973年2月・毎日新聞社刊)を書いた野村尚吾さんが、その本のなかで多少、大衆文芸懸賞の歴史を記録してくれていますけど、入選者だけに限らず、選外佳作の人、応募者たちの来歴やその後なども含めて、だれか『サンデー毎日』大衆文芸全史をまとめてくれないかな、と毎晩夢に見ているところです。

 第37回(昭和32年/1957年・上半期)直木賞の候補者7人のなかで、もっとも『サン毎』大衆文芸に縁のあった人といえば、佐藤明子さん、またの筆名、来水明子さんということになるでしょう。第37回の候補作はオール新人杯をとった「寵臣」でしたが、それよりまえに来水さんは『サン毎』のほうで佳作に入った経験があります。……しかし、今回の「選考とは関係ない選評」シリーズで取り上げるのは、来水さんのことではありません。

 当時の選考委員のなかでも自由奔放な筆致ということではトップの地位にあったのが小島政二郎さんだ、というのは衆目の一致するところかと思います。すでにうちのブログのほうでも奔放すぎる選評の一節をいくつか味わってきました。

 第37回のときも小島さんの何ものにも縛られない感想を、さらっと選評のなかに差し挟んでいます。

 決して「選考に関係がない」とは言いません。だけど、予選通過作品に対する良いだの悪いだのといった評価以外のことを、こんなところで書いてしまう小島さんのお茶目さを、ここでは存分に持ち上げておきます。

 こんな感じの文章です。

「私が推薦した道俊介氏の「蔵法師助五郎」といふ作品が候補作品に採用されなかつたことに私は未練を持つてゐる。」(『オール讀物』昭和32年/1957年10月号、小島政二郎「寸感」より)

 道俊介さんとは誰なのか。「蔵法師助五郎」というのがどんな作品なのか。まったくこの選評からはわかりません。未練を持っていると言われても、予選を通過した作品のことを言われても、正直困ってしまいます。

 ワタクシもこの作家や作品のことは何も知りません。とりあえずうちのサイトの記述によると、『サンデー毎日』が51回目に開催した大衆文芸懸賞で、昭和32年/1957年に入選したもので、『サンデー毎日』臨時増刊・陽春特別号(昭和32年/1957年4月刊)に掲載された、ということだそうです。

 現状ささっと参照できるのは、当時、選者を務めていた井上靖さんが同作について触れた選評だったので、そちらを挙げておきます。

「こんどの候補作の中では、「蔵法師助五郎」と「犬神」の二篇をいいと思った。

「蔵法師助五郎」(道俊介)は、物語の筋の面白さより、老人の娘婿に対する反発と愛情がよく描けているのに感心した。それから娘婿の下からのし上がって行く仕事師らしい性格も、またよく捉えられている。物語も一応うまく作られている。結局は父と娘婿との人情物語に過ぎないが、それをほどほどにドライに取り扱って読物として成功している。」(『サンデー毎日』臨時増刊・陽春特別号[昭和32年/1957年4月刊] ―引用文は『井上靖全集 第二十八巻』平成9年/1997年11月・新潮社刊より)

 いまの時代、小島政二郎さんがそんなに未練があった小説というのなら読んでみよう、と思う人はまずいないと思いますが、井上靖さんが褒めているなら読んでみようと思う人がいる……かどうかも微妙なところです。少なくとも、初出誌を当たらないかぎり、もはやお目にかかることはできません。悲しいです。

 いったい道俊介さんはその後どうなったんでしょうか。小島さんがなぜか直木賞の選評で自作について触れたことを、道さんは認識できたでしょうか。まったくわかりません。〔『サンデー毎日』大衆文芸全史〕の完成が、心から待たれるばかりです。

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