「参議院議員といえば功成った人である。」…水上勉、第85回直木賞の選評より
直木賞の決定は、いつの時代も一過性です。
結果が発表された瞬間はワッと盛り上がり、なんだかんだとそれに対して意見を表明する声も増えますが、長くて1、2か月、短ければ数時間、数分レベルでササッと話題の渦は引いていき、多くの人はすぐに直木賞のことなんか忘れます。そんな無益無害なことがえんえんと何十年も繰り返されてきたのですから、ほんとうに直木賞っていうのは面白い行事です。
で、今週の水曜日に直木賞が該当作なしに決まった、なんてニュースはもはや過去のハナシです。令和7年/2025年7月20日、今日のいま、日本じゅうの全国民・全住人にとって何がしか影響があるニュースといえば何か。参議院議員選挙です。
直木賞の歴史を振り返っても、参議院議員というのはけっこう大きな存在で、無視して通り過ぎることができません。いま、うちのブログでは「選考にない選評」というのをテーマにして、第1回が決定した昭和10年/1935年から、時系列に沿って昔の選評を追っているところなんですが、今日は思いっきり時計を先に進めて、参議院、直木賞、そして選考に関係ない選評……という3つが組み合わさった回のことを取り上げてみたいと思います。
第85回(昭和56年/1981年・上半期)、このときの直木賞は昭和56年/1981年7月16日(木)夕刻に選考会が開かれて、テレビからラジオから多くの報道陣がわんさか受賞者記者会見場に詰めかけて大盛り上がりをかましました。いまから44年まえの出来事です。
なぜそんなに盛り上がったかといえば、日本中で顔も名前も知られる超有名人、青島幸男さんが直木賞を受賞したからです。当然ですけど、選考委員たちも青島さんが何者で、どんな活動をしているのか、テレビや新聞などでよく知っています。年齢48歳。このとき、青島さんはバリバリの参議院議員の任期中でもあり、そのことが単なるタレントが受賞したということに加えて、よい一層、世をあげての直木賞受賞フィーバーにつながったのは否定できません。
選評のうえでも、青島さんが有名人であること、国会議員であることを触れたものがいくつか書かれました。たとえば、こんな感じです。
「ひとりの委員がいったことばがのこっている。参議院議員といえば功成った人である。テレビ界でも著名、そういう有名人に傑作が出て、臥薪嘗胆の人になかなか生れない、そういう季節なのか、というふうにきこえて考えこんだ。」(『オール讀物』昭和56年/1981年10月号、水上勉「青島氏に期待」より)
参議院議員を「功成った人」ととらえていいのかどうなのか、その辺りはわかりませんけど、作者がどんな職につき、どんなふうな姿勢で創作に臨んでいるかは、本来、選考にとっては議論の外にあるものでしょう。
じっさい青島さんの場合も、候補になった『人間万事塞翁が丙午』が他を圧倒して評価が高かった、という作品本位での受賞になったと言われています。それでも、選評でこういうつぶやきというか、愚痴というか、選考会でだれかがボソッと言った言葉を、水上さんが拾い上げざるを得なかったのは、青島さんがあまりにも有名人すぎたあかしです。
五木寛之さんも、やはり選評でこのことに触れています。
「最終的に「この一作」として頭をもたげてきた「人間万事塞翁が丙午」の魅力は、いったい何だろう。またその性愚屈(直にあらず)にして幸運の星にもめぐまれず、文筆の道ただ一つに夢を托する者たちには、小説という世界はもはや遠いエスタブリッシュメントとなってしまったのだろうか。青島氏の堂々の受賞に拍手をおくりつつも、一方でそんな感慨をおさえきれず、隣席の水上勉氏に、「もう中退生や落伍者の時代じゃなくなったんですね」ともらしたら、水上委員は「つらいことやね」と微笑してうなずかれた。」(同号、五木寛之「「この一作」の場で」より)
経歴上、青島さんも早稲田大学大学院を途中でやめて、いっとき職もなく苦しい日々を過ごしていたみたいですし、過去の文壇や直木賞受賞の風景を見渡せば、立派に卒業して落伍とはかけ離れた人もいたはずですから、これをもって思わず「中退生や落伍生の時代じゃなくなった」というのは、やや短絡的にも思えますけど、そういうことを吹き飛ばしてしまうぐらいに、当時の青島さんが放っていたピカピカ、キラキラ感は図抜けていたんでしょう。おそらく。
ともかく、青島さんが議員をしていたかどうかは、直木賞の選考とは関係がない。関係がないと選考会みんな思っているけど、それでもそこを無視して選評を書くわけにもいかない。という雰囲気は伝わってきます。作品の評価だけ書かれた選評って、だいたい退屈ですしね。青島さんの属性を拾い上げて、選評の場で提示してみせた水上さんも五木さんも、やっぱ生粋のエンターテイナーです。
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