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2025年7月の5件の記事

2025年7月27日 (日)

「病療久しかつた氏も近来退院して大いに青春の気を吐いてゐると聞く。」…吉川英治、第27回直木賞の選評より

 小説を読むとき何を評価するか。それは人それぞれです。

 書かれている内容、人物描写、活きのいい会話、斬新な発想力。あるいは、書いている人がカッコいいとかカワいいとか、そういう理由で小説のよしあしの判断基準を左右する人がいるかもしれません。そんなことは、読む人にとっての自由です。

 読む人にとっての自由なので、文学賞にとっても自由です。とくに直木賞なんてものになると、業界ズブズブの編集者たちが候補を選び、業界ズブズブの選考委員たちが最終選考するものですから、候補になった人たちと顔なじみであったり、生活態度や人柄をよく知っているなんてことも、別に珍しいことじゃありません。そういうズブズブの関係性が、ポロッと選評に表われることも、いまではどうか知りませんけど、昔は普通にあったことでした。

 で、第27回(昭和27年/1952年・上半期)の直木賞です。中村八朗さんや和田芳恵さんあたりは、文芸界・出版界でも知り合いが多かったでしょうから、選考委員の一部はもちろん彼らのことを知っていたものと思います。それが選考の投票に何か影響を及ぼしたのか、というと、それはもう、その場を見ていた人間しか知り得ないことで、いまさら掘り返しても仕方ありません。こちらは選評で状況を把握することしかできません。

 とくにこの回、多くの選考委員にとってなじみの深かった作家がいました。藤原審爾さんです。

 戦後、「秋津温泉」(『人間小説集 別冊』昭和22年/1947年12月)でがぜん注目された藤原さんは、芥ナントカ賞のほうで審査にのぼっても不自然じゃなかった純文芸派ですけど、なぜか直木賞のほうに大変気に入られ、その「秋津温泉」も直木賞の候補になったところから、第24回、第26回とかなり有力な候補として直木賞で議論されます。ハナシによると「秋津温泉」を直木賞に推したのは久米正雄さんだったみたいです。

 毎回のように期待され、いつとってもおかしくないような評価を受ける。いまの直木賞でもそういう候補は少なくありません。とくに当時は、委員のなかでも(木々高太郎さんなどが急先鋒として)直木賞はある程度名前が世に出て活躍している実績が何よりの評価だ、みたいな他人まかせの空気がはびこっていたものですから、純文芸誌、中間小説誌、読み物小説誌などにやたらめったら書きまくっている藤原さんは、常に受賞圏内の人として遇されていたわけです。

 しかし、一点心配なことがありました。藤原さんのからだが弱かったことです。

 大正10年/1921年生まれの藤原さんは、昭和15年/1940年春、19歳のときに初めて血を吐き、以来、何度も何度も喀血に苦しみながら、ああおれの人生はそう長くはなさそうだ、という諦観に苛まれつつ、文学の道を歩みます。昭和24年/1949年、胸部疾患で河北病院に入院したときには、さすがに絶望かと思われましたが、死ぬ死ぬとわめく奴ほどなかなか死なない、という真偽不明な言い伝えのとおり、藤原さんはどうにか命をつなぎ、退院してからは生きている証として原稿用紙を埋めつづけます。

 藤原さんが直木賞の候補になっていたのも、ちょうどそんなときだった、ということで、直木賞の選評にもなぜか、藤原さんが入院していたこと、退院したことなどが出てきます。以下、吉川英治さんによる文章です。

「「白い百足虫」「青い眼の猫」「斧の定九郎」など、近来一束の藤原氏の仕事をぼくはちつとも買つてゐない。「お富與三郎異聞」なども悪い悟り方だと正直思つた。(引用者中略)「斧の定九郎」は作者自身も自信ありと、当夜の社の側から聞いたからである。ちよつと買ふネ、ぼくが編輯者なら、と佐佐木茂索氏は云つたが、どういふ心底かはつひに明瞭にしなかつた。ほかの委員も佐佐木発言を取上げず、もつぱら藤原氏への愛着は、旧作の「魔子(を待つ間)」「秋津温泉」などへ惹かれるのだつた。ぼくもあの辺の藤原氏の作品に、その頃もつた嘱目を今もわすれ難い。こんどの受賞作として賛成した「罪な女」以上にである。

病療久しかつた氏も近来退院して大いに青春の気を吐いてゐると聞く。加餐々々といひたい。」(『オール讀物』昭和27年/1952年10月号より ―引用原文は『オール讀物』平成15年/2003年1月号「完全保存版 直木賞「全選評」戦後篇I」)

 上で引用した前半の、藤原さん自身が自信作だと言っているらしい、と文藝春秋新社の人が選考委員に伝えたことなども、いやいや、それは選考とは関係ないんじゃないか、と思いますが、それを書くところに吉川さんの真面目な性格を見る思いです。

 そして、「病療久しかつた氏も」からの二文。いま、候補者が入院していただの、退院してからどうのだの、そんなことを選評に書いたらさすがに浮いてしまうはずです。

 だけど、吉川さんの選評はそこまで違和感なく自然にさらっと読み流せてしまいます。牧歌的な直木賞が、当時はまだ健在だったというかもしれません。

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2025年7月20日 (日)

「参議院議員といえば功成った人である。」…水上勉、第85回直木賞の選評より

 直木賞の決定は、いつの時代も一過性です。

 結果が発表された瞬間はワッと盛り上がり、なんだかんだとそれに対して意見を表明する声も増えますが、長くて1、2か月、短ければ数時間、数分レベルでササッと話題の渦は引いていき、多くの人はすぐに直木賞のことなんか忘れます。そんな無益無害なことがえんえんと何十年も繰り返されてきたのですから、ほんとうに直木賞っていうのは面白い行事です。

 で、今週の水曜日に直木賞が該当作なしに決まった、なんてニュースはもはや過去のハナシです。令和7年/2025年7月20日、今日のいま、日本じゅうの全国民・全住人にとって何がしか影響があるニュースといえば何か。参議院議員選挙です。

 直木賞の歴史を振り返っても、参議院議員というのはけっこう大きな存在で、無視して通り過ぎることができません。いま、うちのブログでは「選考にない選評」というのをテーマにして、第1回が決定した昭和10年/1935年から、時系列に沿って昔の選評を追っているところなんですが、今日は思いっきり時計を先に進めて、参議院、直木賞、そして選考に関係ない選評……という3つが組み合わさった回のことを取り上げてみたいと思います。

 第85回(昭和56年/1981年・上半期)、このときの直木賞は昭和56年/1981年7月16日(木)夕刻に選考会が開かれて、テレビからラジオから多くの報道陣がわんさか受賞者記者会見場に詰めかけて大盛り上がりをかましました。いまから44年まえの出来事です。

 なぜそんなに盛り上がったかといえば、日本中で顔も名前も知られる超有名人、青島幸男さんが直木賞を受賞したからです。当然ですけど、選考委員たちも青島さんが何者で、どんな活動をしているのか、テレビや新聞などでよく知っています。年齢48歳。このとき、青島さんはバリバリの参議院議員の任期中でもあり、そのことが単なるタレントが受賞したということに加えて、よい一層、世をあげての直木賞受賞フィーバーにつながったのは否定できません。

 選評のうえでも、青島さんが有名人であること、国会議員であることを触れたものがいくつか書かれました。たとえば、こんな感じです。

「ひとりの委員がいったことばがのこっている。参議院議員といえば功成った人である。テレビ界でも著名、そういう有名人に傑作が出て、臥薪嘗胆の人になかなか生れない、そういう季節なのか、というふうにきこえて考えこんだ。」(『オール讀物』昭和56年/1981年10月号、水上勉「青島氏に期待」より)

 参議院議員を「功成った人」ととらえていいのかどうなのか、その辺りはわかりませんけど、作者がどんな職につき、どんなふうな姿勢で創作に臨んでいるかは、本来、選考にとっては議論の外にあるものでしょう。

 じっさい青島さんの場合も、候補になった『人間万事塞翁が丙午』が他を圧倒して評価が高かった、という作品本位での受賞になったと言われています。それでも、選評でこういうつぶやきというか、愚痴というか、選考会でだれかがボソッと言った言葉を、水上さんが拾い上げざるを得なかったのは、青島さんがあまりにも有名人すぎたあかしです。

 五木寛之さんも、やはり選評でこのことに触れています。

「最終的に「この一作」として頭をもたげてきた「人間万事塞翁が丙午」の魅力は、いったい何だろう。またその性愚屈(直にあらず)にして幸運の星にもめぐまれず、文筆の道ただ一つに夢を托する者たちには、小説という世界はもはや遠いエスタブリッシュメントとなってしまったのだろうか。青島氏の堂々の受賞に拍手をおくりつつも、一方でそんな感慨をおさえきれず、隣席の水上勉氏に、「もう中退生や落伍者の時代じゃなくなったんですね」ともらしたら、水上委員は「つらいことやね」と微笑してうなずかれた。」(同号、五木寛之「「この一作」の場で」より)

 経歴上、青島さんも早稲田大学大学院を途中でやめて、いっとき職もなく苦しい日々を過ごしていたみたいですし、過去の文壇や直木賞受賞の風景を見渡せば、立派に卒業して落伍とはかけ離れた人もいたはずですから、これをもって思わず「中退生や落伍生の時代じゃなくなった」というのは、やや短絡的にも思えますけど、そういうことを吹き飛ばしてしまうぐらいに、当時の青島さんが放っていたピカピカ、キラキラ感は図抜けていたんでしょう。おそらく。

 ともかく、青島さんが議員をしていたかどうかは、直木賞の選考とは関係がない。関係がないと選考会みんな思っているけど、それでもそこを無視して選評を書くわけにもいかない。という雰囲気は伝わってきます。作品の評価だけ書かれた選評って、だいたい退屈ですしね。青島さんの属性を拾い上げて、選評の場で提示してみせた水上さんも五木さんも、やっぱ生粋のエンターテイナーです。

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2025年7月16日 (水)

第173回直木賞(令和7年/2025年上半期)決定の夜に

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 気温はおおよそ30度。朝から雨が降ったりやんだりの東京都心で第173回(令和7年/2025年・上半期)直木賞の選考会が開かれました。

 直木賞といえば直木三十五さんの顔が浮かびます。まあ直木さん自身は仮に生きていても、直木賞の動向に大して興味はなかったでしょうが、直木賞がどうしてできたかというと、直木さんを偲ぶためだったのは明らかです。それで、今日は暑い東京を離れて、直木さんのお墓のある神奈川県横浜市の長昌寺に行ってきました。

 長昌寺の辺りも、気温はおおよそ30度、朝から雨が降ったりやんだりの不順な天気……。けっきょく夏はどこに行っても暑いですね。直木さんの墓前にたたずみ、汗だくだくになりながら、直木賞の結果発表を楽しみました。

 そもそも直木賞ファンにとっては、だれが受賞してスポットライトを浴びるのかとか、そういう結果はあんまり重要じゃない、というのが一致した見解かと思います(たぶん)。というのも直木賞の場合、発表を待つ瞬間よりも、候補作を読んでいる時間のほうが絶対的に楽しいからです。

 今回は一年半ぶりに候補作が六つに戻ったおかげで、うきうきわくわく、読書時間もその分、拡大。改めて直木賞というイベントは候補作を読むところがマグマの核なのだな、としみじみ実感しています。

 ともかく塩田武士さんがこのまま「直木賞候補になったことがない作家」になったら、2020年代の直木賞は何をしてたんだ! と、後世の読者たちから怒られたでしょうから、『踊りつかれて』を候補に選ばれたことを寿ぎたい気持ちです。現実社会に鋭い刃を突きつける塩田さんの強靭さに、今作も圧倒されました。次もその次も、圧倒しつづけてください。

 読みやすいのにダークで不穏。さすがは芦沢央さんだ、と『噓と隣人』を読みながら、アップデートを怠らない誠実な歩みに襟を正したくなる思いです。直木賞は、とりあえずこの先、しばらくはやり続けるでしょうから、そのうちまた候補入りをお願いすることもあるかと。どんなふうにアップデートされていくのか、芦沢さんの未来は明るいです。

 『Nの逸脱』 を読み終えたとき、おおっ、と思わず感嘆の声がもれてしまいました。電車のなかだったので正直恥ずかしかったです。いや、夏木志朋さんという力量満点の作家に出会えて、読者としてこれ以上の幸せがあるでしょうか。恥ずかしいもへったくれもありません。また思わず「おおっ」と叫んでしまうような小説、期待しています。

 『ブレイクショットの軌跡』の分厚さに、手にしたときはちょっとひるみましたが、読み始めたらもうめくるめく連鎖の世界。逢坂冬馬さんのつくり上げるキュートで骨太なストーリーテリングに、思わずため息をつきました。いまの時代を強烈に映したこういう作品に、直木賞はどうしていつも冷たいんだろうか……などと嘆いてもしゃーないですね。

 連鎖の美しさでは『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』 も負けてはいないと思います。アノときのアレがこんなところにつながってくるんだ、とまったく飽きさせない筋運び。青柳碧人さんのエンターテイナーぶりには、正直脱帽です。何が直木賞だ、んなもん関係ねー、って感じでこれからも面白さを追求する小説、がしがし読ませてくれると信じています。

 『逃亡者は北へ向かう』にはドキドキしっぱなしでした。読んでいるあいだも、選考会の結果が出る今日の夜まで。柚月裕子さんが直木賞受賞者であっても何ひとつ不自然さがない、これまでの創作の厚みがそう思わせてくれるのだとしたら、もはやワタクシにとって、柚月さんは直木賞受賞者です。あとは実際の直木賞が柚月さんに賞を贈るまで待ち続けるだけです。

          ○

 出版社の人間でもなければ、本屋に勤めているわけでもなく、日本の文学の将来ってやつにも責任を負っていないし、ものを書いて暮らしているわけでもない、完全なるシロウト直木賞ファンが直木賞に惚れ直すのは、まさに今回みたいな展開が起きたときです。

 受賞作がない。……あーあ、で終わってしまってもよさそうなところ、受賞作がない、ってことに対して、いろんな立場の人がいろんな意見を語り出すんですよ。何もないのに、いかにもそこに何かがあるかのように。ほんとに、直木賞、おまえはいつだって面白いヤツだぜ。

 今日は、さっきも書いたんですが、直木三十五さんのお墓がある横浜の長昌寺で結果発表を待ちました。ご一緒してくれたのは、毎年2月に行われる南国忌の実行委員の方たちです。その誰も、今回の候補作をひとつも読んでいなくて、全作読んでいるのはワタクシしかいません。

 こういう環境で、芥川賞の発表から2時間近くもジラされて、その間も世間話をだへりながら、みんなで直木賞の発表を待っている、というのは、いったい何と表現すべき空間なのか。退屈だったわけじゃなく、面白かったと言うしかない時間を過ごすことができました。直木賞、やっぱりおまえは面白いヤツだぜ。

 以下、発表の時刻です。

  • ニコニコ生放送……芥:17時50分(前期比-24分) 直:19時55分(前期比+49分)

 世のなかに小説の評価が直木賞ともう一つの賞しかなくて、それで両方とも受賞作なしだったら、さすがに悲しいですけど、まあ別にこういう賞以外にいくらでも小説は出ていて、作家の人たちは次々と新作を生み出してくれています。というか、候補作読んで面白かったんだから、今回の直木賞も大満足でした。

 でも、直木賞は半年に一回しかありません。ああ残念だ、あと半年も経たないと新しい候補作に出会えないのか……。早くもため息をつきながら、第174回(令和7年/2025年・下半期)がやってくる日を一晩一晩楽しみに待ち続けることしかワタクシにはできません。今度の直木賞はいったいどんな姿を見せてくれるのか。2期連続で受賞作なし、とかなったらそれはそれで面白いよなあ、とも思います。

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2025年7月13日 (日)

第173回(令和7年/2025年上半期)の候補作のオビを並べる。

 暑い、暑い、とその単語を繰り返すようになったら、もうじき直木賞が開かれる頃合いです。第173回(令和7年/2025年・上半期)の選考会が今週水曜日、令和7年/2025年7月16日に開かれます。暑いです。

 約1か月前に候補作が発表されて、全6冊で総額12,760円、なけなしのサイフのなかから大枚はたいてすべてを購入し、夏の到来を感じながら一つ一つ候補作を読んでいる人は多いかと思います。いや、多いかどうかは知りませんが、ワタクシのここ1か月は候補作の読書にほとんど持ってかれました。

 なんじゃこりゃ。おれの大事な12,760円、まるまる耳そろえて返しやがれ。……っていうふうな読後感ではなかったのでよかったです。

 で、ふと6冊を眺めてみると、6冊すべてに共通していることがありました。オビが巻いてあることです。

 同じ日に行われるもう一つの賞とは違って、直木賞の場合は、候補作すべてが書籍の形態をなしている、っていう状況になってン十年。巻いてあるオビに何と書かれているか、それによって選考委員の受け取り方が変わるとも言われ、あるいは選考委員をやっている人がオビに推薦文を載せている、という候補作も数々生まれてきています。

 何といっても、直木賞を受賞した本には「直木賞受賞作」と書かれたオビが巻かれて増刷されるのが、日本文化のお約束となって久しいですし、受賞した人の昔の本にも「直木賞」の文字が踊ったオビに変わる、何だったら候補作になった段階で早くも「直木賞候補作」とデカデカ書かれたオビに差し替えられるのが、近年の風潮です。

 直木賞とオビ。これほど関係の深い事象が、かつてあったでしょうか!

 まあ、こちとら直木賞候補作だというだけで、機械的に手にとってレジに持っていくような変人なので、オビなんかまじまじ見たこともありません。だけど、よほどの達人になると、本に巻かれたオビをじっと見ているだけで、どれが賞をとりそうか、ピタリとわかってしまうらしい、というウワサを耳にしたことがあります。

 作品の内容や、候補者の実力、そんなこたあ直木賞を構成する要素のなかでは、ささいなことです。虚心坦懐、直木賞の選考会を前に、じっと黙ってオビを見る。……何か見えてくることがあるかもしれません。

          ○

▼オビ高110mm
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ラストシーンが読みどころだ、とそんなふうに思いっきりハードルを上げちゃっていて潔いです。

▼オビ高103mm
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173obi_ns1st※上記のオビは直木賞候補発表時に売っていた第2刷のものなので、いちおう初版オビがどんなだったかも出しておきます。

作品はともかく、黒川博行、桐野夏生、という二つの名前の並びにビビります。

▼オビ高75mm
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これも相当ハードルを上げているオビです。

▼オビ高65mm
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小学館文庫『教誨』と、新潮社の『波』がソデを飾って壮観です。

▼オビ高60mm
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門井慶喜さんの讃辞がアツいです。あくまで讃辞であって惨事ではありません。

▼オビ高55mm
173obi_ay

そうか、注目されている作家なんだ、ということがわかります。

          ○

 とりあえず「最高傑作」だと言い張っているもの、だれかに絶賛されているものが、それぞれ1点ずつある。そして、その本の部数ではなくデビュー作の発行部数をデカデカと掲示して釣ろうとするのは品がないな、ということは胸に落ちました。

 このうち、いずれかの本は、直木賞の選考会を経て、せっせせっせと増刷がかかり、直木賞の三文字が躍動するオビに付け変わってしまいます。勘のいい人なら、どれに直木賞オビが巻かれるのか、すでにおおよそ見当がついているのかもしれません。ちなみにワタクシはまったくわかりません。予想したいとも思いません。

 何がとるのか、どんな選考になるのか、純粋にわくわくしながら直木賞を楽しみたい。と思いながら、6つのオビをただじっと眺めて、その瞬間を待っています。オビを見つめたところで、いまのところ何も見えてきませんが、未来はいつも不確定。今回の直木賞もからっぽな心で楽しみたいと思います。

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2025年7月 6日 (日)

「題を忘れたが、何とか云う船の航海中、凶悪な船員達が結束して船長の命に服さず、暴風雨の真最中左右に別れて大乱闘を演ずる長篇小説」…小島政二郎、第22回直木賞の選評より

 書評とか文庫解説とか読んでいると、ときどき「ん?」と違和感を持つことがあります。語るべき対象の作品のことから離れて、別の作者の、別の作品のことを持ち出して論を展開しているときです。

 たとえば現代の小説の作品を語るときに、古典の海外小説を例に出す。映画や芝居、マンガ、アニメ、その他、何か別の既成作品のことに一回焦点を向けさせて、そこからの連想、関連などで対象の特徴を浮かび上がらせようとする。こういう評論形式は、多くの人がやっていますし、王道っちゃあ王道なのかもしれません。

 それがうまくハマっていれば、何の文句もないんですが、そうだよ、おれはこんな作品のことも詳しく知ってんだ、すごいだろ、というマウントを取っているだけのように見える文章もけっこうあります。ありますよね? 直木賞の選評でも少なくありません。

 で、今週は「候補作のことを語っているうちに、別の作品のことを持ち出してきて、えっ、それって今回の選考とどんな関係があるの?」と思ってしまうような選評のなかから、第22回(昭和24年/1949年・下半期)に書かれていた一節を取り上げてみたいと思います。執筆者は、戦後の直木賞復活とともにこの舞台に帰ってきた伝説の選考委員、小島政二郎さんです。

 この回の直木賞で、評価が高かった候補作は、どうやら三つ。今日出海さんの「山中放浪」、河内信さんの「甲子園の想出」、そして山田克郎さんの「海の廃園」です。

 山田さんは戦前から大衆文壇の新人としていろいろな雑誌に書いてきた人でもあり、委員もその活躍、作風はよく知っています。海に関わるさまざまな立場の人たちの姿を描いた小説、というのが山田さんのいちばんの得意技で、前回第21回の候補に挙がった「海は紅」も、第22回で議論された「海の廃園」も、それ系統の小説でした。

 ただ、「海」といってもさまざまあります。世界各地をめぐる海上の船のハナシ、漂流船でのあれこれ、深海の探索、孤島と海、漁業で生計をたてる漁師たちのこと……。テーマや素材は数えきれないほどあるかと思います。

 それを、海のそばで生きる人たちの物語をもって「海」ひとつでくくるのも乱暴なハナシなはずなんですが、どうやら小島さんはマウントとりたがり熱が抑えられなかったか、「この前のも、今度のも、方面こそ違へ、いづれも海に生活する男女を取り扱つたもので、」と山田さんの候補作について語り出した上で、いきなり、別の小説についてずらずら挙げ始めました。

「海に生活する男女と云へば、古くはコンラッドの「タイフーン」や「ニッガー・オブ・ザ・ナルシサス」その他の海洋小説、ジャック・ロンドンの「海の狼」とか、題を忘れたが、何とか云ふ船の航海中、凶悪な船員達が結束して船長の命に服さず、暴風雨の真最中左右に別れて大乱闘を演ずる長篇小説とか、或ひは「南の海」の中に収められてゐる南洋の原住民を主人公にした五六篇の短篇とか、要するに日本の小説とは全然舞台の違つた、さうして特殊の性格の発見に作者が居を移してまで努めて止まなかつただけに随分面白い小説が少くない。

いきなりこんな世界的な作品に比べられるのは迷惑だらうが山田(引用者注:克郎)君の「海の廃園」その他の作品には、まだ日常生活的なトリヴィアリズムから脱け切らない平板さが、山田君独特のロマンを樹立する妨げをなしてゐるのは残念だ。」(『文藝讀物』昭和25年/1950年6月号より ―引用原文は『オール讀物』平成15年/2003年1月号「完全保存版 直木賞「全選評」戦後篇I」)

 うーん。

 小島さんも、文中で「迷惑だろうが」と書いています。過去に海外で書かれた、海を舞台にした小説をここで取り上げることがちょっとズレているかもなと、そういう自覚はあったんだろうと思いますが、読んでみても、やっぱり違和感が残ります。それって、つまり、自分がそういう小説も知っているよ、と言いたいだけじゃないんだろうかと。

 とくにひどいのが……いや、笑っちゃうのが、具体的な作品名を思い出せず、それでも一つの例に挙げてしまっているところです。いったい何の作品のことを言っているのか、チャールズ・ノードホフ&ジェームズ・ノーマン・ホールの『バウンティ号の叛乱』かとも思いましたが、小島さんが何を頭に浮かべていたのか、真実はわかりません。

 百歩譲って、コンラッドとかジャック・ロンドンとか、比較対象をはっきり明示するならまだいいですけど、こんなあやふやな記憶を頼りにして、山田さんの小説にケチをつけようというんですから、さすが小島さん、後年になって老害扱いされるだけのモノを当時からしっかり持っていたんだな、と思わされます。

 このゆるさ、きっちりしていていないところが、直木賞の歴史を築いてきた源です。直木賞はだから面白いんだ、と改めて感じますし、そう考えると、すべての候補作を真剣に読み込んで、作品評にばかり徹する姿勢が、ほんとうに直木賞にとっていいことなのか、正直わからなくなってきます。

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