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2025年3月30日 (日)

大岡鉄太郎…本名で書くわけにはいかない、という業界内の慣例か、別の名前でも仕事する。

 どうして人は、自分に別の名前をつけたがるのか。

 ……つけたがる、というと語弊がありますけど、名前なんて一つあればいいところ、二つも三つも別の名前をもつ人がいます。直木賞の界隈にもたくさんいます。

 昭和63年/1988年上半期、第99回のときに直木賞を受賞したこの人も、受賞したときの作家名は本名で、一般的にもその名前でよく知られている人ですが、他にいくつかの名前を使ったと言われています。

 いやまあ、言われていますというか、この人が活躍していた頃の同時代を生きた人は、まだまだこの世にどっさりいます。そういう人たちの思い出や記憶のなかに、彼の姿はくっきり刻まれていることでしょう。うちのブログが知ったかぶって書き記すほどのことではないんですが、昭和終わりの直木賞の歴史を彩ってくれた大恩ある作家なのはたしかです。やっぱり一週分書いておこうと思います。

 よく知られていた最も大きな要因とは何か。といえば、1980年代、90年代、テレビ文化が日本のエンターテインメントの王者に君臨していた頃に、いろいろな場面で画面に登場していたからです。この人がもつ別名のひとつに〈フルハム三浦〉というものがありますが、これなども当時のバラエティ番組の文化が生んだ、世の中の事象や人物を茶化すことが面白いんだという発想から生まれた名前です。

 ちなみに〈フルハム三浦〉という名は、直木賞と縁がないこともありません。

 『遠い海から来たCOO』で直木賞を受賞したとき、『オール讀物』昭和63年/1988年10月号でその決定が発表されましたが、その誌面でもはっきりと、その名前のことが紹介されていたからです。

 以下はグラビアページのキャプションです。

「青島幸男氏にあこがれて、TV界入りした景山氏も、一時期はフルハム・三浦などと称してお茶の間に登場したこともあった。現在、殺到する仕事を氏の所属する事務所の社長でもある夫人と切り回しつつ、間もなく完成する長篇冒険小説の執筆に余念がない。」(『オール讀物』昭和63年/1988年10月号より)

 〈フルハム三浦〉が一躍知れ渡ったのは、バラエティ番組のプロレス企画ですから、それはこのぐらいインパクトがある、ふざけきったパロディ精神全開のネーミングのほうがよかったのは納得できます。本名で出ても、たしかに別に面白くはありません。

 ただ、もう一つ『オール讀物』のこの号に出てくる、受賞者の別名については、ちょっと事情が違います。〈大岡鉄太郎〉という名前です。

 こちらは、受賞者本人がこれまでの人生や歩みを語る受賞記念エッセイのほうに出てきます。

 放送作家として数多くのテレビ局と番組に出入りしていた昭和50年代なかばのこと。最初に結婚した相手と離婚することになったため、その慰謝料を払わなくてはならなくなり、どんどん稼いでどんどん払う、狂騒の仕事生活を送ります。とにかく何でもかんでも手当たり次第といった感じで、仕事があれば次々と受けながら番組の台本を量産する日々。そのなかから〈大岡鉄太郎〉という名前も生まれた、ということです。

「離婚を成立させるためには、慰謝料と養育費の支払い能力のあることを(引用者注:家庭裁判所の)判事に信用してもらわねばならないから、レギュラーの仕事で稼いだ金のほとんどは、アチラの銀行口座行きだ。たまさか、今回みたいな飛込み単発仕事がくると、三業種四業種かけもちで受けて、並の放送作家の倍以上のギャラをふんだくる。それでも食っていけないとなると、NTVの『イレブンPM』の台本を書き終えたその足で、テレビ朝日に駆けつけて、真裏に当たる『23時ショー』の台本を書く。さすがに本名では書けないから、大岡鉄太郎という訳の分らぬペンネームで書く。」(『オール讀物』昭和63年/1988年10月号「怪屋の怪人」より)

 わかったような、わからないようなハナシです。

 別のテレビ局の同じ時間帯の番組それぞれで、台本書きの仕事をする。そのときになぜ同じ名前で書いてはいけないのか。テレビの世界の慣例というか風習というか、そんなところなのかもしれませんが、だれがどういう理由で問題視するのか。見ているわれわれには、さっぱり理解できません。

 どうして人は、別の名前をつけたがるのか。本人にとっては、つけるもつけないも、まわりの状況から判断してそうするのが普通だ、と思っただけかもしれません。しかも、あれだけブイブイ言わせて人気者だった〈大岡鉄太郎〉さんが、直木賞をとったあとに、あんなことして、こんなふうになって、違うところに行っちゃうのですから。人の世はわからないことだらけです。

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