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2024年12月15日 (日)

伊達歩…小説家になんかなるよりも、作詞の世界でたくさん稼げたヒットメーカー。

 名前というのは、軽い気持ちで踏み込んじゃいけない、ちょっと腰が引ける問題をはらんでいます。

 まあ、イイ年こいて腰を引いている場合じゃないんですけど、歴史的に見ると、やっぱり名前というのはナイーブです。直木賞の場でも、あまり無遠慮に扱うのに躊躇するような例はあるような気がします。たとえば、国家や民族のことがからんでくるハナシなどは、その一例です。

 いかにも日本で使われそうな姓、付けられそうな名前をしたペンネームの作家が、ほかの民族にルーツを持つ人だ、ということはけっこうあります。

 直木賞の受賞者でいえば、立原正秋さん、つかこうへいさん、東山彰良さんなどがそのなかに含まれるでしょうし、候補者にまで範囲を広げるともっといます。

 どうして本名で活動をしないのか。本名だとどんな支障が出かねないのか。そういうことを考えていくと、「日本人っぽくない名前」に対してとやかく言い出す奴がかならず現われるという、我々が暮らしている社会の、イヤーな部分に直面しなきゃいけなくなります。まったく腰の引ける話題です。

 と、そういうなかで昭和25年/1950年に山口県で生まれた趙忠來さんは、朝鮮半島にルーツを持つ方ですが、名前に関してもなかなか他では見ない道のりを刻んできた人です。

 趙さんはのちに日本に帰化して〈西山忠来〉という別の名前をもつことになります。別の名前というか、そっちが本名ですから、〈趙忠來〉というのは生まれてからしばらく使っていたという意味で、こちらのほうが別の名前と言えなくもありません。人生、ひとすじ縄ではいきません。

 大学卒業後、広告代理店に勤め、そちらの業界で働きます。そのときには〈趙忠來〉の名前で仕事をしていたので、趙さん趙さんと呼ばれていたそうです。また人付き合いもよく、俳句の会合にも参加しますが、そこでは〈昆陽面〉という俳号を使いました。相当ユニークな句を詠んでいたそうです。

 広告の世界ではプロデュースにするにしろ何にしろ、言葉づかいの感覚が大事だということかもしれません。まったく広告にはうといので、わかりません。しかし趙忠來、なかなかデキる奴だと評判はうなぎのぼりに広がり、そのうち歌謡界でも頭角を表して、歌の詞を書く仕事も舞い込んできます。作詞家〈趙忠來〉……でもよかった気もしますけど、そこで付けたか、付けられたかした名前が〈伊達歩〉です。

 いまでは天下のWikipediaに「伊達歩が制作した楽曲」というカテゴリーがつくられるほど、多くの歌を書き、またなかには爆発的にヒットする曲も出て、作詞家として成功した人物のひとりと言っていいでしょう。本人はこんなふうに言っています。

「誰かが調べてくれたんだけど、私は作詞家として、いわゆるヒット曲が三十八曲あるんだって。

(引用者中略)

じつは小説家になっても作詞家の収入を越えてない。「小説は儲かるでしょう」と妙なことを言われるんだけど、作詞家のほうがはるかに良かった。筒美京平さんからは最後まで「伊達さんをこっちに取り返さなきゃ」と言ってもらった。ありがたいことです。」(平成26年/2014年11月・扶桑社刊、重松清・著『この人たちについての14万字ちょっと』所収「伊集院静 狂気の流儀」より)

 カネになることも、成功のひとつに数えて間違いありません。しかし、趙さんは、西山さんは、伊達さんは、どうにもそれでは満足できずに小説を書き始めました。

 小説を書くときのペンネームについては、それで何よりも有名になりましたし、直木賞もとりましたし、生涯のペンネームとして使われつづけたので割愛します。そこに大して意味はなく、ほとんど字面と雰囲気だけで付けられたような逸話が残っていて、その由来は由来で有名(?)なのだろうとも思います。妻となった夏目雅子さんに、そんな名前やめなよ、趙忠來のほうがいいよ、とさんざん言われた、というエピソードも含めて。

 けっきょくは名前なんかどうでもよかった、と考えるべきか。それとも、さすが広告業界は言葉の世界だ、名前の字面と響きのおかげで小説家としても大成できたのだ、と見るべきか。何をいっても結果論なので、いずれにしてもどっちもどっちです。

 いくつもの名前を変遷しながら、しかし何より大切なのは、どんな作品を残し、どんな生き方をしてきたのか。その一点に尽きる。ということを、最後の最後まで貫いた人だろうと思います。

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