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2024年7月14日 (日)

直木賞がやってきた「逆説の選考」を、第171回(令和6年/2024年上半期)候補作にも当てはめてみる。

 今週水曜日、令和6年/2024年7月17日に第171回(令和6年/2024年上半期)の直木賞が決まります。

 半年に一度、これだけを楽しみに生きています。直木賞は万全の態勢でのぞみたい。ということで、候補作5つもきっちり読んだ。仕事の休みもとった。もうあとは待つだけです。

 決まってしまえば、受賞作(受賞作家)だけが突出して取り上げられて、ほかの候補作にはあまり光が当たりません。なので、どれがとるか、あれがいいか、と候補作すべてに可能性がある状態でいろいろと考えられるいまの時間が、直木賞ファンにとってはいちばん幸せです。

 それでアレコレ要らぬことまで考えるわけですけど、直木賞は何がとりそうか。過去の傾向をひっぱり出して、つらつら考えてみれば、直木賞の特徴といってはっきり言えることが一つあります。「おおよそ逆がくる」ということです。「逆説の選考」などとも呼ばれます。

 何が「逆」なのか。と言いますと、一般的に褒められるようなことは否定的に扱われ、マイナス要素と言えそうなことが高い評価を受ける、ということです。

 売れている本は駄目。面白い小説は駄目。すらすらと一気に読めるもの、性格のいい人や温かい雰囲気のものも駄目。あまり売れそうになく、読んでいても退屈で、ゴツゴツとした文体で書かれた、人のイヤな部分とか、負の感情が描かれて読後スカッとしないようなものが、直木賞では(いや、文学賞の多くでは)点を集めたりします。変な世界です。

 ということは、ですよ。候補作を読んで、これは駄目だな、と思えるような箇所が多ければ多いほど、受賞作になりやすい、と言っていいと思います。これは別にワタクシがあまのじゃくなわけではなく、これまでの直木賞の傾向がほんとうにそうなんだから、仕方ありません。

 じゃあ、今回の5つの候補作はどうなのか。基本的にどれもこれも、読んでいてケチがつけられるような小説は見当たりません。見当たらないんですが、駄目な点が多くないと受賞できない、というならハナシは別です。無理やりにでも、それぞれのマイナスになりそうなところを探してみることで、逆に受賞が決定することを願ってみたいと思います。

          ○

■青崎有吾『地雷グリコ』(令和5年/2023年11月・KADOKAWA刊)

 このブッとんだ超絶の傑作に、果たして落とし穴などあるんでしょうか。頭をしぼって、

  • いくら何でも射守矢真兎が事前に考えていた想定どおりに事が運びすぎ。ほとんどマンガ。
  • 設定や人間心理にリアリティがなさすぎる。
  • 読み終わって、だから何なんだ、と徒労感しか残らない。

 といった辺りを挙げてみました。これくらいツッコみどころの多い小説であれば、十分受賞の可能性はありそうです。

■麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』(令和6年/2024年2月・文藝春秋刊)

 いまの時代の、いまを生きる人たちに向けた、ぐっとくるワードが満載の小説です。うーん、欠点というと何でしょう。

  • 連作を通して出てくる沼田の人物造型が、よくわからない。
  • 描かれている状況や設定が、現代の一部に寄りすぎていて、中高年以上の読者には付いていけない。
  • いかにも人間のイジ汚い部分にせまっているようで、そこまで鋭くはない。

 小説にとってプラスはマイナス。マイナスはプラス。本作もまた、熱く議論される箇所の多い小説だと思います。

■一穂ミチ『ツミデミック』(令和5年/2023年11月・光文社刊)

 一穂さんのこれまでの2度の候補作とはまた違っていて、作者の力量の幅広さがよくわかります。さすがにマイナス点を探すのには難渋します。

  • 話をつくりすぎていて、途中、興ざめしてくる。
  • これぞ作者の独自性! といった看板になるような魅力が希薄。
  • どれもまとまりがよすぎて、読後に強く残る印象がない。

 まあ、よくできた作品集ほど、こんな選評はよく見かけますが、けなす委員がいれば褒める委員もいる。それが直木賞です。

■岩井圭也『われは熊楠』(令和6年/2024年5月・文藝春秋刊)

 老成しているようで新鮮な、直木賞に受けるにふさわしい岩井さんの小説ですから、やはり駄目な点がきっとあるんだと思います。

  • どうしてそんなに夢のお告げみたいなものばかり繰り返されるんだ。飽きてくる。
  • 歴史的事実に忠実であろうとするあまり、展開が単調。
  • 熊楠の人物的な面白さが、小説としての面白さにつながっていない。

 つまらなければつまらないほど、直木賞に近づく、というのも不思議なものです。

■柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』(令和6年/2024年3月・新潮社刊)

 出ました。これまでさんざん選評で酷評されてきたその蓄積が、ついに臨界点を超える段階にまできたのが柚木さんです。

  • どの話も展開がフリきりすぎていて、ドン引きする。
  • 感情や主張を、登場人物がしゃべりすぎ。余白や余韻がない。
  • けっきょく作者が言いたいことのためだけに話がつくられている、という印象から抜け出たものがない。

 とにかく首をかしげてしまう小説であれば、直木賞の受賞はまず間違いありません。

          ○

 だいたい、外部の野次馬が、候補作を読んでの感想を書いて、いったい直木賞の何になるんでしょうか。別に何にもなりゃしません。

 直木賞の楽しみは、まずは候補作をすべて読む。その状態で選考結果が出るのを待機して、出たら出たで、ワーッとその騒ぎを全身に浴びる。その快感を与えてくれる点で、いまのところ直木賞以上のものはありません。

 ただ、もしもとってほしい候補作がある人であれば、結果が出るまで気が気じゃないでしょう。そういうときは、推しの小説が持っている駄目なところをできるだけ数多くピックアップして、受賞を祈ることをおすすめします。

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