今村克彦(ダンススクール経営)。戦国武将のことを熱く語りながら子供を寝かしつける。
誤字脱字ばっかりのブログを書いているうちに、今年も暮れようとしています。
最近のワタクシは経年劣化が激しくて、何をやっても集中できずに失敗続き。もうブログなんかもやめちゃえばいいんですけど、直木賞に対する関心だけは、どうあっても頭から離れません。今日もまた、間違いをおそれずにダラダラと書いていきます。
さて、「直木賞と親のこと」のテーマでやっていても、話題は昔のハナシがほとんどです。たしかに人生は先ゆき短い。だからって過去を振り返っていてどうするんだ。少しぐらい最近のことにも目を向けなきゃ腐っていく一方だぞ。ということで、ここ最近の受賞者(とその親)のことで、何か一週分書けないかなと考えてみました。
受賞者は小説家たちです。その親は、基本的には一般人の場合が多く、そのなかから選ぶのは難しいんですよね。と思っていたところ、いるじゃないですか有名な父親が。第166回(令和3年/2021年・下半期)を受賞したのは、ごぞんじ今村翔吾さん。その父親は、公に顔も出していて、いろいろと盛んに活動している方です。
今村克彦。昭和32年/1957年6月23日、京都府生まれ。といいますから、令和5年/2023年末現在で66歳。克彦さんのほうが直木賞をとったって遜色ないぐらいの年齢です。
天理大学を卒業して昭和56年/1981年から京都府内で小学校の教師になります。以来教職は24年間つとめましたが、その間に「関西京都今村組」というダンスチームを立ち上げました。ダンスの好きな子供たちに熱血指導、狂気狂乱、雨あられ、その現場を見たわけではないのでテキトーなことは書けませんけど、その熱のこもった活動はまわりを巻き込んでいき、京都におもろい先生がおるぞ、と次第に話題になっていきます。
克彦さんが初めて出した著作が『今村組346人 俺を教師にしてくれた奴等たち』(平成10年/1998年9月・たかの書房)です。長男の翔吾さんがまだ中学生ぐらいの頃のことですから、本を出した人、としては翔吾さんにとって父親は大先輩に当たります。
翔吾さんも父親の背中を見て育った子供のひとりです。テレビでも講演でも、すでに翔吾さんのパーソナリティはたくさん見られていますが、それを見てもわかるとおり、まあ、熱苦しいというかウザいというか、何事もパワフルに立ち向かえば何とかなるさ、という強烈な個性を放っています。父・克彦さんの影響が垣間見えるところです。
小説家になるまえの翔吾さんの履歴のなかで、ダンススクール講師という一項があるのも、もちろん克彦さんがそういう仕事に携わっていたからです。ハナシによれば、ちょうど翔吾さんが大学を中退して何をめざして生きていけばいいのかウロウロしていた頃、おまえも顔を出してみなよと克彦さんに誘われたんだとか。
また、克彦さんは小学校の教師を辞めて、自分の理念をビジネスに昇華させてワッショイワッショイやりはじめたんですけど、それが49歳のときでした。そうだ人間は、多少年をとってからでも新しいフィールドを切り開いていけるんだ。翔吾さんもまた、30歳をすぎて夢だった小説家になる挑戦を始めます。その辺もやはり父の背を追いかけています。
とまあ、そのあたりの翔吾さんの「直木賞をとるまでの成り上がり成功談」は、こんなブログで取り上げるまでもないでしょう。ともかく、伊豆文学賞とって、九州さが大衆文学賞とって、祥伝社から作家デビューして、角川春樹小説賞とって、直木賞の候補になって……とそれらはみな、ここ10年以内の出来事です。
そして翔吾さんは直木賞を受賞しました。令和4年/2022年1月のことです。当然ながら取材陣は、有名な(?)父親のところにもコメントをとりに行きました。われわれ直木賞ファンのために、行ってくれました。
『京都新聞』記者の阪口彩子さんが紹介するのが、克彦さんと次男の龍太さん(翔吾さんの弟)のお話です。
「翔吾さんもダンススクールでは小さい子どもが泣いたら片手で抱っこしながら踊ったり悩みに向き合ったりと、常に子どもの視点で接していたという。克彦さんは「弱い者に光を当てるような視点が作品に生かされている」と語る。
一方、子ども時代の教育も大きく影響している。「お父さんの話はいつも楠木正成や真田幸村だった」と龍太さん。歴史好きの克彦さんが、兄弟2人を寝かしつける時、絵本ではなく、「滅びの美学」などを話してきたという。翔吾さんが小説を書き始めた頃は克彦さんが講評するなど、作品の最初の読者として携わっていた。」(『京都新聞』令和4年/2022年1月27日「寝かしつけは「滅びの美学」 木津川出身 直木賞・今村翔吾さん」より ―署名:阪口彩子)
ううむ、翔吾さんの直木賞への道は、やはり克彦さんなくしてはあり得なかったのだな、と胸に落ちるエピソードですね。ありがとう、『京都新聞』。
しかしまあ、歴史好きの克彦さんが子供たちに寝物語で語ったのが「滅びの美学」というのが、妙にすごみを感じます。克彦さんも翔吾さんも、いまはガンガン前に出て、言葉に出し、行動に移していて、すばらしいな、と思うんですが、いずれ終幕を引くときがくるかもしれません。そのときは滅びの美学を見せてくれるんだろうと思います。
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