王孝廉(大学教授)。息子が受賞して喜びをかみしめながら、ぴしりと諫める言葉をかける。
自分の劣化ぶりはマジでやばいな、と最近はいつも思います。第153回(平成27年/2015年・上半期)のことですら、もはや記憶はカスれぎみです。まだ8年しか経っていないのにです。
8年まえの直木賞といえば、例によって例のごとく、しつこく直木賞と同じ日に選考会をやっている某賞で、某作家が受賞したためにマスコミもネットも大騒ぎ。うるせえ、おれは直木賞のことが知りたいんだ、といくら絶叫しても、某賞・某作家のハナシばかりが飛び交って辟易した……という、そんな記憶しか残っていません。
まあ、ボケはじめた我が身を嘆いても仕方ないので、そそくさと最近の話題に移ります。去年、令和4年/2022年、東山彰良さんの父親が亡くなり、その数か月後に『Turn! Turn! Turn! ターンターンターン』(令和4年/2022年10月・書肆侃侃房刊)という東山さんのエッセイが出ました。
ほぼ1年まえのことです。全然、最近の話題じゃないですね。すみません。
ともかくこの本には、東山さんの父のことが何度か出てきます。なにしろ東山さんが直木賞をとった『流』(平成27年/2015年5月・講談社刊)は、語り手・葉秋生のモデルの一人が作者の父、という触れ込みです。どんな父親だったんだろう、とやっぱり興味がわいてきます。
王孝廉。1942年10月10日生まれ、2022年8月17日没。出身は中国山東省昌邑県ですが、まもなく台湾に移って、台湾の東海大学を卒業します。1968年、昭和でいうと43年に、長男の震緒が誕生。のちの東山さんです。
まもなく父の孝廉さんは、東山さんと下の女の子、二人の子供を台湾に残して、妻と二人で日本の広島大学に留学します。昭和49年/1974年には子供たちを広島に呼び寄せ、いったんそこで生活を送りますが、最終的に東山さんがガッツリ日本で過ごすことになるのは、昭和52年/1977年の9歳から。孝廉さんが福岡にある西南学院大学に働き口を見つけたからです。
その前後、孝廉さんは「王璇」なるペンネームで作家・詩人としての活動もしていたと言います。その詩の一端が、流れ流れて東山さんの『流』のなかで引用されることになるんですけど、それはずいぶんあとのハナシです。
若い頃、生意気ざかりの東山さんは、あまり父親とはうまくいかなかったそうですが、父と息子の関係にはよくあることでしょう。孝廉さんだって、異国の地に来て、自分の専門テーマを深掘りしながら、学生にはきちんと向き合わなきゃいけない。子供のことなんか構ってられるか、という時があったっておかしくありません。
それはともかく、息子が大人になっても孝廉さんは、急にデレデレ甘くなったりすることもなく、毅然と親の役目を果たしていたようです。
『Turn! Turn! Turn!』には、東山さんが直木賞をとって大騒動に巻き込まれた時期に、孝廉さんが言ったという言葉が紹介されています。
「私が直木賞を獲ったときは、控えめに言っても台湾が沸いた。一介の作家風情が台湾総統にまで会わせてもらった。
「作家なんて何者でもない」と自分自身も作家である父は私を諫めた。「いいか、政治には近づくな」
(引用者中略)
私の人生は私のもので、父のものではない。それでも、私は心から作家など如何ほどのこともないと思っている。政治と宗教には近寄らず、家族を守り、おおらかに子供を育てあげることのほうが遥かに大事だ。」(『Turn! Turn! Turn!』所収「政治と宗教には近寄るな 父の助言は固く守っている。」より)
いいっすね、孝廉さん。まわりがキャーキャー言っているときに、ぴしゃりと当然のことを言えるのは素晴らしいです。東山さんが当時からいまに至るまで、まったく浮かれているように見えないのは、この父親を見て育ったことも、多少は影響しているんでしょう、おそらく。
他にも『Turn! Turn! Turn!』にはチラチラと、印象的な孝廉さんの姿が描かれていますが、なかでも思わずぐっと来るのはこの本の献辞です。東山さんは書いています。「最期まで自由自在だった父へ。」
この献辞を見て、ぱっと思い出しました。
昔、直木賞受賞本にはどんな献辞が付いているのか、歴代のものを調べてみたことがあります。数からすると、献辞も何もない本のほうが多いんですが、東山さんの『流』にはこんな献辞が付けられていました。「父と母」「あの世の祖父へ」。
そうか、東山さんは(東山さんも)その直木賞との関わりには、親の存在が色濃く出ている受賞者だったんですね。
ただ、言われてみれば、受賞当時、そんな記事がどっと出ていた気もするなあ。いまさら、うちのブログでおさらいするまでもないかもしれません。
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