門井政喜(料理会社社長)。夢ばっかり追いかけている無職の息子を心配しながら息を引き取る。
第169回(令和5年/2023年・上半期)の直木賞が決まりました。
……と、こんな極小ブログに書いたところで、インターネットは大海原。一時的な直木賞の盛り上がりに乗じる人はたくさんいるはずですが、うちのブログを観にくる人が、別に増えるわけじゃありません。いつもどおり、どうでもいいような「親に関する」直木賞バナシを、だらだら書いていきたいと思います。
今回は受賞作のタイトルのことから始めます。過去の直木賞で、題名に「母」と入った受賞作はひとつもありません。しかし「父」という単語を含む受賞作なら、一つだけあります。さて何でしょうか。
いや、知ったかをカマしている場合じゃありませんね。今週のエントリーのタイトルからもバレバレなとおり、門井慶喜さんが書いた『銀河鉄道の父』です。第158回(平成29年/2017年・下半期)の直木賞を受賞したのが、いまから5年以上も前のこと。もはや、ちょっとした昔です。
作品は、宮沢賢治という実在の著名人と、その父親との関係などを描いたもので、さほど刺激的でも先進的でもなかったんですが、直木賞がイイのは、受賞をきっかけに作者の人間的な背景を、さまざまなメディアがよってたかって掘り起こそうとしてくれるところです。「イイ」というか、ときによってはウザかったり、キショかったり、アクドかったりするんですけど、マスコミ批判はこのさい措いておきます。
「父」のことを小説に書いた門井さん。ということは、門井さん自身の父親に対する感情も、そこにはきっと込められているんだろう。受賞後のインタビューや取材記事でも、そういう方向性のものがたくさん出ました。門井さんもサービス精神の豊かな人です。相手の求める意図を汲み取り、ええ、そうなんですよ、今回の作品には僕の父への感情がなかったといえばウソになります、とかなり詳しくくっちゃべります。すでに亡くなった父親が、いかに自分の作家人生にとって重要な存在だったか。直木賞を誘い水に、父親のありがたさを世間に向けて語ってくれたわけです。
門井政喜(かどい・まさき)。昭和18年/1943年頃の生まれで、平成14年/2002年11月27日没。享年は59。けっこう若いです。
昭和46年/1971年、群馬県桐生市に住んでいるときに、妻フミとのあいだに初めての子供が生まれます。男の子です。政喜さんは自分の名前から「喜」を一字とって、また徳川十五代将軍の名前にあやかって「慶喜」と名づけます。読者好き、歴史も大好きな人だった……というのが、のちに息子が語った政喜さんの姿です。
それから約5年後に、栃木県宇都宮市に転居。料理人として働いていた政喜さんは、なにをどう思ったか一念発起、自分で会社を興します。職種はやはり「食を提供する」事業で、レストラン、料亭、ケータリングなどを展開する企業です。
一からの会社経営となれば、相当な激務だったことでしょう。それでも自身の読書習慣は欠かさず続けて、家のなかは本だらけ。そういった環境のなかで慶喜さんは育ち、とにかく作家になることを夢みます。
政喜さんは、自分の事業を息子に継いでほしい、と思っていたらしいですが、慶喜さんの抵抗は強く、とにかく作家になる人生だけをめがけて、別の仕事に就きます。7年ほど、帝京大学理工学部に勤め、それでもなかなか結果が出なかったので、思い切って小説応募に専念するために退職。すでに家庭をもち、無職の身で、ほんとになれるかどうかわからない作家への夢を追いかけている30歳の息子。政喜さん、そりゃあ心配したでしょう。
そうこうするあいだに、政喜さんは病に罹り、平成14年/2002年に病没します。いっぽう慶喜さんはあきらめずに小説の応募を続けて、オール讀物推理小説新人賞をとったのが翌年、平成15年/2003年秋のことでした。ああ、間に合わなかったか。
同賞を受賞したときの、門井さんの記事には父のハナシが出てきます。
「いま何より残念に思うのは、昨年(引用者注:平成14年/2002年)十一月に父を亡くし、受賞を報告できなかったことだという。」(『下野新聞』平成15年/2003年10月8日「この人」より ―署名:学芸部 星雅樹)
オール讀物の推理小説新人賞なんかとっても、その後、プロとしてやっていけず消えちゃうほどは山ほどいます。そこから13~14年。今度は、直木賞の場でふたたび自分の父のことを語る機会を引き寄せた慶喜さんは、もはや人生が劇的といいますか、やっぱりモッている作家です。
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