第169回(令和5年/2023年上半期)直木賞、「親と子供のきずな」ランキング
ワタクシには親がいます。人間だれにだって親がいます。直木賞の候補者だって例外じゃありません。そりゃそうです。
ということで、いまうちのブログでは、直木賞の過去の受賞者・候補者と、その親たちのこと、さらには親と直木賞に関係があればそういったエピソードを調べて、毎週書いているんですが、今週はなんといっても直木賞ウイークです。令和5年/2023年7月19日(水)、第169回直木賞の選考会がひらかれます。となればブログも、新しい候補とからめたことを書きたくなるわけです。
たとえば、『踏切の幽霊』で候補になった高野和明さんといえば、はじめての小説『13階段』のとき、冒頭の献辞に、親のことを挙げた……。
とか、そういうハナシを、すべての候補者について書けたらいいな。と思ったんですけど、そんなのとうてい調べきれません。ワタクシみたいな一般人が、わざわざ候補者のもとに「あなたの親のことを教えてください」と聞きにまわるわけにもいかず、今週のブログはどうしようかな、と困っていたところ、じゃあ候補者じゃなくて候補作のなかの、親エピソードを並べてみりゃいいじゃん、と気づきました。
今回第169回の直木賞は候補作が5つ。すべてが親と子供のハナシだからです。
直木賞といえば昔から、親と子のきずなをどれだけ深く描けるか、深く描いたもんが受賞する、と言われています。なので、とりあえず今週はワタクシの主観で、それぞれの作品に出てくる親子のきずなの強さを基準に、第1位から並べてみることにしました。
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1. 死んでしまったあとでも、母親の暮らす故郷に帰りたがった娘
(『踏切の幽霊』高野和明)
タイトルどおり、踏切にぬぼーっとでてくる幽霊がいます。それがどんな人物で、どんな人生を送ったのか。まさに小説のキモの部分ですから、さすがにここで多くは語れません。
ただ、どんな事情が親子にあったのかは、小説を読んでもらえればわかります。故郷を離れ、母とも別れて暮らすようになった娘。死んでしまってもなお、母(というか子供のころに過ごした土地)に心を残しているんですから、きずなの強さは相当なものでしょう。
2. 死んだ父親の声を聞いて、どんどん壊れていく息子
(『骨灰』冲方丁)
松永光弘は大企業に勤める32歳のサラリーマンです。かつて父親の幸介は、仕事がうまくいかずに家族に暴力をふるうようになり、やがて癌で亡くなります。すでにこの世の人ではありません。
しかし、光弘が仕事で渋谷再開発に関係する工事現場で起きたトラブルに巻き込まれるうち、その父親が突如、光弘の近くに現れます。声をかけて光弘を励ましているように見せかけて、それで背中を押された光弘は、だんだん正気ではなくなって、トラブルはとんでもないものに膨れ上がっていきます。
最終的に、亡父の悪霊からは解放されますが、それまでの取り憑きかたがエゲツないです。
3. 父親の死を聞いて、まわりが引くぐらいに嘆き悲しむ息子
(『極楽征夷大将軍』垣根涼介)
長くて長くて、途中からめまいがしてくるこの小説のなかでも、足利高氏(のち尊氏)が父の貞氏を亡くすのは、序盤も序盤。ちょうど第一章から第二章の境あたりです。
山城の笠置山で、後醍醐天皇が鎌倉幕府討幕を旗印にたてて挙兵した大騒動の時期に重なっています。ここで鎌倉方にいた高氏がどうしたか。といえば、わしは戦場なんか行きたくない、とまるで消極的だったんですが、父親に対する高氏の異様なほどの弔意がそうさせたんだそうです。
「父はこの世に一人しかおらぬのだっ。母もそうだ。」と、作中で高氏が叫んでいます。このあけっぴろげな純真さ。高氏の魅力です。
4. 父親を殺めたという罪状を負った下男を見つけて、あだ討ちする息子
(『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子)
そりゃあ仇討ちといえば、親のカタキを打つ子供、というのが定番です。この小説の筋立ても、やはりその枠組みで展開します。
伊納清左衛門を殺めたかどで下男の作兵衛が出奔。それを追って、清左衛門の息子、菊之助が江戸にやってきて、作兵衛を見つけ出し、みごと仇を討った。と、ここまでのハナシから、親と子のきずなも文句なしです。
しかし、それで終わってしまったら、この小説がこれほど各所で絶賛されるはずがありません。実は、菊之助によるあだ討ちには別に真相があった……、と続くんですが、こうなってくると親子のきずなというより、さまざまな立場の人たちによる思いやりややさしさが、ぐっと前面に出てきます。で、きずなを基準にしたランキングは、第4位にしちゃいました。すみません。
5. 母親に、政府機関に協力してほしいと涙を流して頼んだ息子
(『香港警察東京分室』月村了衛)
これも「親と子供のハナシ」だと言っちゃうと、ほとんどネタバレです。まあ、小説のネタは絶対バラすな、なんちゅう原理主義者は、こんなブログ見ちゃいないでしょうから、別にバラしてもいいんですが、香港で自由の風をまきおこそうとしていた人が、じつは中国の政府機関と裏でつながっていた、と明らかにされます。
どうして、影響力の大きい民主活動家が、国家権力なんかとつながってしまったのか。それは、生み落として以来、20数年会っていなかった実の息子に久しぶりに会い、涙ながらに、政府機関に協力してほしいと頼んだからだ、と言うのです。
自分の信念をまげてまで息子の頼みを聞いた親のほうの愛情は、よくわかります。ただ、息子が親をどう思っていたのか。と、そこに目を向けると、きずなランキングはやはり第5位にせざるを得ません。
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7月19日(水)選考会が開かれます。選考委員はぜんぶで9名。だれひとり例外なく、親のいる(いた)子供たちです。
選考会では、だれも作中の親子のきずなになんて言及しないかもしれません。だけど、心の奥底や深層心理では、きっとそこの部分で評価が変わったり、当落が左右されたりするに違いない。と、無理やり信じて当日の結果を待ちたいと思います。
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