300~500円程度の原稿料が、直木賞をとると1,000円以上にはね上がる、と青木春三は言う。
青木春三さんの『文壇登竜 作家になる道』(池田書店/実用新書)が出たのが、昭和35年/1960年1月のことです。
ブログを始めて16年、歴史的にも重要なこの面白本を、まだ一度も取り上げたことがない、というのはどうしたことでしょう。まったく不徳の致すところです。すみません。
昔の文士といえばビンボーが定番だった。だけど戦後10年ほどがすぎて、出版界も文芸界も金回りがよくなり、作家の生活も激変します。作家になりたい、と思う人の数も増えるいっぽう。だけど、どうやったら作家になれるのか、実践的な本が見当たらない。じゃあおれが書いてみよう……というのが本書の基本姿勢です。まあ、もう60年以上も前の本ですからね。内容については、ふうん、そうなんだろうな、と言うしかありません。
ところで、青木さんとは何者か。いまとなっては名も残っていませんが、雑誌編集者、物書き稼業をコツコツやってきた人です。戦前からベッタベタの大衆小説を書いていました。
明治43年/1910年、栃木県宇都宮市生まれ。小学校高等科を出たあとは東京逓信講習所に学び、郵便局で働きます。23歳のとき上京して、白井喬二さんに師事。『大法輪』や『婦人と修養』で時代小説の連載を持ったそうですが、すみません、ワタクシは読んだことがありません。昭和初期には『主婦の友』の編集、わかもと製薬広告部、古河鋳造勤労課、陸軍航空補給廠労務掛と転職して戦後を迎え、美松宣伝部、『新日本』『ウインドミル』『読切講談』と編集部を渡り歩いて、昭和25年/1950年に作家生活に入った……、と『作家になる道』の「あとがき」にあります。
この本が出る直前の直木賞受賞は、渡辺喜恵子さん『馬淵川』と、平岩弓枝さん「鏨師」、第41回(昭和34年/1959年・上半期)です。だいたいそれまでの、ほんの20~30年しかやっていない直木賞や芥川賞を語っているだけですので、いまとなっては参考にしようもありません。ただ、なぜ芥川賞は同人雑誌からよく選ばれるのに、直木賞はそうでないのか。直木賞をめざすには同人雑誌ではなく懸賞小説に挑戦するのが主流だが、それはなぜなのか。青木さんなりに簡潔にまとめてあって参考になります。
「なぜ純文学をめざす同人雑誌だけが多く、大衆文学の同人雑誌がないのか?
それは作家志望者のほとんどが最初、純文学を志すからである。というのは、純文学の方がとつつきやすく、若くても書ける点にある。
純文学は自分の体験を見つめて書けばよい。自分の知らないことは書かずに済む、狭い範囲内を掘り下げればよいのである。
ところが大衆文学となると、そうは行かない。自分の体験を離れて、広い視野に立たなければならない。社会観が必要になつて来る。それに雑学がいる。年が若くてはそれが手にはいらない。」(『文壇登竜 作家になる道』より)
わかったような、わからないようなハナシです。まあこれも、青木さんの実体験と当時の見聞から導き出された説ですので、別に反論する気は起きません。ふうん、そうなんでしょうね、と言いながら先に進みます。
おカネのことです。同書に「作家の収入について」という項があります。
流行作家になれば子々孫々まで財が残るが、無名の作家は収入がなくカツカツの極貧暮らし。と当たり前のことが書いてあるんですが、具体的な金額も出てきます。400字詰め換算原稿用紙1枚分の雑誌の原稿料です。『作家になる道』の記述をもとに、以下表にしてみました。
A級 | B級 | C級 | D級 | |
---|---|---|---|---|
総合雑誌 | 1,000円前後 | 500~800円 | ||
文芸雑誌 | 500~1,000円 | 300~500円 | ||
大衆雑誌 | 1,000円前後 | 500~1,000円 | 200~400円 | 100~200円 |
ちなみに直木賞の賞金が10万円のころの金額です。いまは賞金100万円ですから、ざっくり見るには、だいたい現在の10分の1ぐらいの水準だと考えるといいんでしょう。
こんなふうに具体的な金額が挙がっています。
「普通三百円から五百円までぐらいで、千円以上の原稿料が常に取れるようになれば、堂々たる作家である。
(引用者中略)
「芥川賞」や「直木賞」を受賞されると、原稿料は千円以上にはね上がる。
(引用者中略)
映画の原作料はどのくらいかというと、最初は二十万円から三十万円だが、名が売れてくると、五十万円から七十万円ぐらいになる。
(引用者中略)
(引用者注:単行本は)初版は三千部から五千部が普通で、一万部刷るというのは大出版社か特殊の場合であろう。
かりに印税一割とみて、定価二百八十円の単行本を三千部刷ったとする。印税は八万四千円であるが、そのうち一割五分を源泉徴収されて税務署の方へ廻されるから、手取りは八割五分の七万一千四百円となる。」(『文壇登竜 作家になる道』より)
原稿料1,000円なら一ト月50枚売れると5万円。単行本や映画原作料は、毎月入ってくるわけじゃない臨時の収入ですけど、青木さんが挙げたとおりに7万1400円やら20~30万円やらが入ってくれば、十分すぎるほどのおカネになります。そりゃあ、直木賞受賞=おカネ、と言いたくなるのも、よくわかります。
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