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2023年4月23日 (日)

受賞してからン十年、『天正女合戦』や『海の廃園』に古書の世界で高値がつく。

20230423

 大場啓志さんの編纂した『直木賞受賞本書誌』(龍生書林刊)という本があります。スゴい本です。

 発行は令和1年/2019年10月25日。と、まだ3年半しか経っていませんが、第160回(平成30年/2018年・下半期)受賞の真藤順丈さん『宝島』まで、直木賞の受賞作本がぜんぶカラーの書影で拝むことができる! ということの他に、大場さんが長年扱ってきた経験から、古書としてどのくらいするのか、およその価格まで載っている! 年季・労力・マニア熱、その他もろもろの要素が結集しなければまずつくることのできない一冊です。スゴいという他ありません。

 冒頭の「はじめに」から、面白い情報があふれています。大場さんいわく、「古書界で蒐集家の多いのは、どちらかと言うと芥川賞よりも直木賞のように思える」のだそうです。

 どんな勝負でも、直木賞が芥川賞を上回っているのは、ワタクシにとって無上の喜びです。おおっ、ここでも直木賞に軍配が上がっている、とほくそ笑んでしまいます。

 面白いのはそれだけじゃありません。コレクターが重要視するのが、要するに最初に流通したものかどうか(版数は初版で、帯はいちばんはじめに巻かれていたもの)、きれいかどうか、などなど、こっちにとってはどうでもいいことばかり。その馬鹿バカしさが、文学賞のアホらしさとか、人間の愚かさにも通じていて、古書の世界でも直木賞の面白さはあなどれません。

 それはともかく、手に入りにくければ価格がハネ上がる。自然の摂理です。いまの直木賞受賞本は、だいたい注目の作家がとることがほとんどですから、初版が受賞する前に刊行されたものであっても、まあまあ市場に流通しています。それと当然、あんまり時代を経ていないのできれいものが多い。それに比べて、時代がさかのぼればさかのぼるほど、受賞本のもつ古書的な価値は上がり、一冊につきン万円、ン十万円するものも珍しくなく、カネもっているヤツの道楽じゃん、というレベルに達します。こういうのは、指をくわえて遠目で見るのがいちばんです。

 『直木賞受賞本書誌』によると、戦前の受賞本のなかで、いま(というか令和1年/2019年の段階で)最も高い値がつきそうなのは、まずは第3回(昭和11年/1936年・上半期)の海音寺潮五郎さん「天正女合戦」を収録した同題の単行本。昭和11年/1936年8月18日・春秋社刊、函付き帯付きで、70万円以上。発売当時の定価が1円50銭ですから、だいたい47万倍になっている計算です。

 そのほかにも第7回(昭和13年/1938年・上半期)の橘外男さん「ナリン殿下への回想」収録の同題単行本は、元帯(受賞する前の帯)付きで60万円以上。第12回(昭和15年/1940年・下半期)の村上元三さん「上総風土記」収録の同題本は、帯付きで60~70万円ぐらいだということです。

 どうして他の回の作品に比べて、これらの値が高いのか、大場さんの解説がそれぞれ付いています。それを読むだけでも面白く、ほんとは全部引用したいんですが、そういうわけにもいきません。

 ひとつだけ挙げておきます。海音寺さんの『天正女合戦』は、とにかく帯がイノチなんだそうです。

「三十数年前、戦前の近代文学専門店で数多くの稀本珍本発見の実績を持つ、あきつ書店・白鳥恭輔氏に帯を譲って貰った。一般市場に流布しているものは凾付が殆どで帯付はこれを一度扱ったのみ。今では凾付だけでも入手は難しいが帯付は極珍である。」(『直木賞受賞本書誌』より)

 帯のない場合は、函付の美本でも、値は半分さがって35万円から。ううむ、なかなか付いていけない世界です。

 ちなみに戦後、第21回以降のなかで最も高い古書価になりそうなのは、第22回(昭和24年/1949年・下半期)山田克郎さん「海の廃園」を含む同題作品集。昭和25年/1950年8月15日・宝文館刊行のものです。カバー帯美で、25~30万円は、一冊定価150円に比べると、1600倍~2000倍ぐらい値が上がっています。

 大場さんの付けたコメントに「初版、再版ともに滅多に現れない。」とあります。昔、受賞作本の部数を調べたことがあって、そのときは『海の廃園』がけっきょくどれだけ売れたのかわからず、モヤモヤしたものが残りました。おそらく大して売れなかったんでしょうね。発売当初に売れなければ、それだけ世に出まわる部数も少ない。となれば、希少価値があがって、のちのち古書値も上がります。

 直木賞の受賞作は、受賞当時に売れれば、もちろんそれだけおカネが動きます。だけど、べつに売れなくたって、あとになればおカネを生む。「おカネにまみれた文学賞」と言われる直木賞、面目躍如です。

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