直木賞を受賞すれば講演料が3倍の30万円にハネ上がる、と百々由紀男は断言する。
何の世界でもそうでしょうが、たいてい外から見ているほうが楽しいです。中に入れば入ったで、おそらく公にはできない汚濁や地獄が広がっているはずなので。
直木賞もそうなんじゃないか。ということは容易に想像できます。少し離れたところから見ているのが、直木賞は平和で楽しいです。
というところで、現実に行われている直木賞を追うのに疲れたとき、いつも読みたくなる本があります。百々由紀男さんの『芥川直木賞の取り方 あこがれが“勝利の女神”に!今』(平成5年/1993年7月・出版館ブック・クラブ刊)です。
あまりに面白すぎて、うちのブログでも十何年か前に取り上げました。どんなふうに紹介したのか、もはや全然覚えていませんが、いまでも手もとに置いて、つらいときや苦しいときには、そっとページをめくってしまう。ワタクシにとって心の清涼剤です。
こんな本を読んでも、直木賞が取れるとは思えません。そんなことは、著者の百々さんも重々承知のはずで、直木賞の世界を、遠目から見て楽しみたい外野の傍観者たちに向けて、楽しみを提供しよう。そう思って書かれた一冊……なのだと思います。ですので、そういうことに興味のある人は、ぜひ読んでみてください。
目次を引くと、内容はこんな感じです。「第1章 芥川・直木賞作家の優雅でリッチな生活」「第2章 誰でも作家になれる!受賞のコツと作家修業いろいろ」「第3章 新人賞のここを狙えば芥川・直木賞の道が開ける」「第4章 芥川・直木賞受賞の最短距離を行く」「第5章 芥川・直木賞作家になる、小説の書き方いろいろ」
小説の書き方、みたいな部分は、正直どうでもいいです。ここで取り上げるのは、やっぱりおカネに関するところです。
一冊そのものが下品で下世話を煮詰めたような内容なので、おカネのハナシもたくさん出てきていいようなところ、実際そこまででもありません。
人サマのおカネのことは、外から見ていてもわからない部分が多い、ということでしょう。新人賞に応募して最終選考に残り、だれか作家に選評で触れてもらったら、かならずお礼の手紙を書け、と言っている文章があるんですが、とにかく百々さんは、売れないうちは有名な作家に顔を覚えてもらえ、ゴマをスッて、どうにか自分の原稿が大きな賞の候補になるチャンスを探せ、と主張しています。何か百々さんか、近くにいる人の経験が入っているのかもしれません。
ここに具体的な金額が書かれているのが、作家がひらく出版記念パーティーの参加費です。「会費を払って(3万~5万)出席すると、署名本をくれるし、挨拶して顔を覚えてもらうのも作戦。」なのだそうです。こういう文章に、百々さんがどういう姿勢で出版業界の底にへばりついていたかが、よく現れています。
さて、肝心なのは直木賞の受賞に関するおカネのことです。
受賞すればスゲエ儲かるんだぜ、というその例として百々さんが出しているのが、吉本ばななさんの『キッチン』の例。150万部のミリオンセラー、印税収入が1億5000万円。といったところから見ると、受賞さえしていれば、生涯収入は10億円以上は軽い軽い……。というんですけど、いやいや、爆発的なミリオンセラーを基準に言われてもね、直木賞はどうなんだよ。と、読者にツッコむ余地を与えているところなど、百々さんの芸のこまかさです。
もうひとつ具体的な金額が挙げられているものがあります。講演のギャラです。
「受賞前10万円の講演料が、受賞したとたん30万円以上にハネあがるのが常識。
テレビ出演も「出たくない」とゴネると、たちまち芸能人なみにアップする。ちなみに出演料は、芸能人、文化人、政治家の順が一般的。」(『芥川直木賞の取り方 あこがれが“勝利の女神”に!今』より)
そもそも、講演料が10万円から30万円に上がる、ってハナシが、なぜ、じゃあわたしも作家になろう! というところにつながるのか。つながると百々さんは思っているのか。
百々さん自身、自分が名もない売文ライターだったせいで、講演のギャラ設定で苦い経験をしたんだろうな。思わずうるっとしてしまいます。
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