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2023年2月 5日 (日)

月900円稼いだそばから、月1200~1300円使ってしまい、俺は貧乏だと言い続ける直木三十五。

 先週にひきつづき、また直木三十五さんのハナシです。

 直木賞には関係ないかもしれません。だけど、2月といったら何なのか。直木三十五&直木賞の月です。

 直木さんは2月に生まれて、2月に死んだ人ですし、これまで直木賞の「前年下半期」の回は、2月に選考したり、2月に授賞式をおこなってきました。なのでまあ、この時期に直木さんについて考えることは、すなわち直木賞を語ることにつながるのかな、と思います。……正直、こじつけです。

 それはそれとして、直木さんは「昭和前期に活躍した流行作家」と紹介されることがあります。その時代には流行していたのに、死んでしまったら誰も読まなくなった。という、過去何百人(?)もいる普通の物書きの一人ですけど、普通と違うのは、とにかく何でもあけすけに、べらべら、滔々とぶっちゃけたハナシを手当たり次第に書き殴った、ということです。当時の文人は、菊池寛さんもたいがいですが、あけすけに物を言う人たちばっかりだったとはいえ、直木さんの暴露ヘキもなかなかのものでした。

 おカネのこともさまざまに書いています。何を書いていくらもらった。何をいくらで買った。と、こまごましたハナシまで発表してしまう栓のゆるさ。そんなこと書いてどうするんだ、と思います。ただ、世の中の人はおカネのハナシが大好きです。さらけ出せば出すだけ、それだけ喜ぶ人もいた、ってことでしょう。捨て身の人間は、それだけで魅力的です。

 没後に出た『直木三十五随筆集』(昭和9年/1934年4月・中央公論社刊)に「生活の打明け」というエッセイがあります。昭和8年/1933年頃に書かれたもので、いわば直木さんが「流行作家」として絶頂を迎えた頃のものですが、そこで直木さんはわざわざ、自分の稼ぎというか収支状況を明かしています。

 定収入は、新聞・雑誌への連載で得る稿料です。

「この稿料であるが「夕刊大阪」は、一回原稿紙四枚で、金十圓、一枚二圓五十錢である。「國民」は、最初交渉しにきた時に、一回三十圓であつた。だが私は、成績のよくない會社から、三十圓をとつては悪い、と思つて、二十圓でいゝと辞退した。所が、最近三社が、自力更生といふ事をやるんで、又値下げした。即ち、両社で、三百圓と、四百五十圓と、計七百五十圓。「日本少年」一枚三圓「家の友」一篇百圓。九百圓足らずと見ていゝ。」(直木三十五「生活の打明け」より)

 一ト月の収入が900円というのは、なかなかのセレブな高額所得者です。おおよそ一般には月に100円もあれば、並の生活ができた時代で、切り詰めれば40~50円でも何とかなるだろう、というぐらい。

 なので、直木賞の最初の賞金が500円でも、けっこうな使い出のある金額だ、そうに違いない、と菊池さんや佐佐木茂索さんが主張したわけですね。

 もろもろと鑑みると、月収900円というのは、いまの感覚では200万円ぐらいに相当するんじゃないか、と思われます。物書きのなかでもけっこうな稼ぎ屋です。

 ただ、直木さんに言わせると、それだけ稼いだって、どんどん出ていってしまう。だからいまでも俺は貧乏なんだ、と言い張っています。支出のほうは一ト月だいたい1200~1300円。まあ、どう見ても浪費中の浪費です。

 直木さんは経営や経済に興味があり、俺だって本気を出せばすぐにカネ儲けができるんだ、と信じていたふしがあります。ふしがある、というか、実際そんな文章も残しています。しかし直木さんにとってのカネ儲けはあくまで刹那的です。その意味からして、ほとんど商売人には向いていません。

 もしも、直木さんがカネにシビアで、商売を後まで続けよう、という意思のある人だったら。と仮定で言っても意味はないですが、おそらく昭和9年/1934年には死ななかったでしょうし、菊池さんもわざわざ文学賞をつくって名前を残してやろう、とは思わなかったでしょう。

 いっときバーッと稼いでおきながら、けっきょくは後に財を残さなかったこと。菊池さんが、直木さんのために没後何かしてやろうという気になったのは、やはり直木さんがおカネを全部使っちゃったことにも、多少の理由はあったと思います。『文藝春秋』の昭和9年/1934年4月号を直木追悼号にして、売上の一部を直木さんのために使い、多磨霊園に記念碑をつくったのも、そのひとつ。そして、文春でおカネを負担して、直木の名を冠した文学賞をつくった、というわけです。

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