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2023年2月12日 (日)

立原正秋、俺が月に5万円ずつやるから仕事をやめろと高井有一にせまる。

 数か月前、高井有一さんの本を集中的に読みました。

 直木賞オタクなどが、いくら読んだってわかるような作家じゃありません。ただ、芥川賞をとった人のなかでも、直木賞とはかなり縁があった、と言われています。読まずに済ますにはいきません。

 高井さんと直木賞の関わりで、やっぱり目に留まるのは立原正秋さんの存在です。

 両者、いったい何がどうやって性が合ったのか。よくわかりませんが、むかし仲がよかった人も含めてバッサバッサと切り捨てた暴君・立原さんが、なぜか心を許したのが高井さんです。

 高井さんもまた、何度か絶交・絶縁をしながらも、けっきょくは立原さんと復縁し、『立原正秋』(平成3年/1991年11月・新潮社刊)なんちゅう作品まで書いてしまいます。こういう人と人との関係は、はたから見ていても正直、理解が及びません。

 さて、おカネのハナシです。高井さんが芥川賞を受賞したのが第54回(昭和40年/1965年・下半期)。立原さんの直木賞受賞は、その次の第55回(昭和41年/1966年・上半期)。賞金が10万円だった時代の、最後のほうに当たります。日本の経済がびゅんびゅん加速して太り肥えていった時代です。

 『立原正秋』のなかで面白いのは、高井さんと立原さんのあいだで、「小説を書いて世に出る」ことに大きな認識のズレがあった、というところです。高井さんは、別に働きながら小説は自分のペースで少しずつ書いていけばいい、と思っていたのに対し、立原さんはまったく違いました。せっかく作家として世に出たなら、書いて書いて書きまくれ。おカネもどんどん稼いでそれで生活を立てろ、と考えていた、と言います。

 昭和43年/1968年ごろ、と言いますから両者ともすでに文学賞をとったあと、高井さんは立原さんから執拗に、いまの仕事はすぐにやめろ、筆一本で立て、とけしかけられます。そして立原さんはこう言ったんだそうです。

「「向う一年間、俺が君に月づき五万円づつやるよ。年に六十万だ。それだけあればどうにか共同を辞められるだらう。どうだ」

この唐突な申し出に何と答へたか、私は自分の言葉が思ひ出せない。口ごもつたあげくに絶句するしかなかつたやうな気がする。月五万円は、当時なら一人がかつかつに暮して行けるだけの金であつた。立原正秋は、その辺も考慮した上で、金額を口にしたのだつたらう。」(高井有一・著『立原正秋』より)

 どれだけあれば生きていけるか、金額をはっきり提示して、それで作家として基盤ができるまでの生活費にしろ、と申し出る。おまえは創設時の直木賞か。と、思わず立原さんにツッコミを入れたくなるところです。

 このとき、直木賞の賞金は20万円に上がっていました。最低限の暮らしを送るには月に5万円が要る、ということは直木賞の賞金は、このとき4か月分程度の生活費、というぐらいの水準だったわけです。まあ、少なくとも直木賞を賞金でもって見るような視点は、すでにこの頃にはなくなっています。

 いずれにしても、一年がんばれば、何とか小説を書くことで安定した職になる、と思われていたのも、経済成長期らしい発想です。いま、そんなことを言える人がどれだけいるか。小説業界は尻つぼみの産業です。一年程度おカネが与えられたところで、その後の収入が安定する未来は、ほとんど見通せません。

 その辺り、高井さんはさすがに見抜いていて、こんな一文も書いています。

「順風満帆の(引用者注:立原の)歩みの背景には、高度経済成長によつて繁栄する社会があつた。古典志向の強い彼は、戦後の社会に美的節度が失はれたのを嘆き、金銭と能率万能の風潮に嫌悪を示し続けたが、一方では、高度成長の余恵を蒙つて、金銭的にも時間的にも余裕を得た女性たちが、派手やかな作風の彼の小説の、最もよい読者となつた事実は争へない。」(高井有一・著『立原正秋』より)

 たしかにそうだろうな、と思います。

 経済成長のこの頃でなければ、売れようもなかった立原正秋。この人もまたおカネに縛られ、おカネの中に生きた受賞者でした。

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