自分でカネを出さない直木三十五、俺に10万円の療養費をくれる人はいないか、とホザく。
令和5年/2023年2月25日の午後、埼玉県春日部市で「直木賞の歴史と作家三上於菟吉」という講演会をやります。春日部市民じゃなくても大丈夫。ご都合あえば、参加のほどぜひご検討ください。
……と、いきなりの宣伝ですみません。
新しい直木賞も決まって、そわそわとするこの季節。直木さんの盟友にして直木賞にも縁が深い三上於菟吉さんをテーマに講演することになりました。
人前で話すのは苦手です(文章書くのだって苦手ですけど)。以前、大多和伴彦さんとイベントをやって、ああ、ワタクシは人前に出ちゃいけない奴なんだな、とさんざん懲りました。ただ、春日部の郷土資料館の館長にはすごくお世話になっています。今回はゆきがかり上です。とりあえず、ここ最近、話す内容をせっせとかき集めています。
そのため、頭のなかはもう、直木さん・三上さんが活躍していた時代のことでいっぱいです。昭和のはじめ、ないしは大正時代。ということで今回のブログは、直木賞のことというより直木さんのハナシを中心に書いてみたいと思います。
ところで、直木三十五さんとはどんな作家だったでしょうか。簡単にいうと、カネ・カネ・カネ。おカネにまつわるエピソードが異常にたくさんある作家です。
早稲田の学生だった頃には、授業料が払えなくなって中退した、という金欠バナシに始まって、デカい口を叩いては、人から大金を巻き上げて、どんどん使っちゃう経済観念のなさ。借金取りが家に押し寄せても、慌てず騒がず、払うカネなんてないよと傲然と暮らし、やがて物書きになって稼ぎが増えたら増えたで、所得額の査定が高すぎる、そんな税金払えるか、ぼけ、と税務署と大ゲンカする。
とにかく貯金するという感覚が乏しく、入ったら入っただけ使ってしまいます。全集15巻に入っている「直木益々貧乏の事」などは、直木さんの病状が悪化して、死にむかって一直線の頃に書かれたものですが、稀代の流行作家といわれたその頃ですら、貯金は0円だったと言い、「直木さんを、今死なすのは惜しい、と云つて、療養費の十萬圓ももつて來てくれる人は、無いものだらうか?」などと書いています。どうしようもないタカリ体質です。
そのタカリ屋気質について、恨みたらたら暴いてみせたのが鷲尾雨工さん、本名・鷲尾浩さんでした。かの有名な「人間直木の美醜」(『中央公論』昭和9年/1934年4月号)という文章がそれです。
大正なかばに、神田豊穂さんと古館清太郎さんらが始めた「春秋社」と、鷲尾さんが始めた「冬夏社」。2つの出版社は、はなから姉妹会社の性格があり、株主も両社共通だったそうです。資本は、春秋社2万円に、冬夏社5万円。しかし両社の創設に関わった直木さん(植村宗一さん)は、どちらにも一銭も出していません。それなのに、やたらと優遇され、
「直木の月給は百五十円、だが家賃は要らず(女中一人の給金だけは直木が持ったと憶えている)、交際費はかなり充分とれたし、三四十円で美術雑誌の編輯をしていた時の思いをすれば、甚だ結構なわけなのを、集金に行って京都で芸者の馴染をこしらえたため、急に金が要るようになり、社からの前借りが、忽ち五百円か千円かに嵩んだ。そこで神田が顔をしかめ出した。」(鷲尾浩「人間直木の美醜」より)
これがだいたい大正8年/1919年ごろです。それから15年ほど経って、直木さんが死んで直木賞ができるわけですが、そのときの賞金が500円。大正中期より昭和初期のほうが物価は上がっているので、同じ500円でも、同じ価値とは言えませんけど、ただ自分の快楽と欲望のために、人サマのおカネを500円、1000円と浪費した直木三十五。こういう人の名前のついた文学賞を受賞して、その賞金を後生大切に使うのは馬鹿バカしいです。
直木さんには「濫費礼讃」なる、なかなか痛快な文章もあります。おカネが入ったら、くだらないことにどんどん使っちまえ、という。その伝でいけば、直木賞の賞金なんかパーッと使っちまうのが、この賞の伝統に見合ったやり方なんだと思います。
さて、直木さんは本名・植村宗一時代に、何度も出版社をつくってはつぶしてきた人です。先に挙げた春秋社、冬夏社は言わずもがな。その冬夏社のおカネを勝手につぎ込んだと言われる雑誌『人間』発行元の人間社。そして三上於菟吉さんと共同経営した元泉社……。どれもおカネを出してくれた金づるは別の人で、直木さんはいつも使うだけの濫費ヤロウでした。ろくでもありません。
亡くなったあとに直木賞なんてものができますが、これも植村家からは何のおカネも出ていません。ヒトサマのおカネで名前まで残してもらった直木三十五。自分じゃ一円も使わんぞ、の徹底した精神が、いまも直木賞のかたちとして続いています。
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