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2023年1月 8日 (日)

年収100万円ほどの朱川湊人、デビューしてまもなく作家で食えるようになる。

 直木賞って何なのか。定義はさまざまありますが、そのなかの一つに「プロの作家に与えられる」ということがあります。

 もちろん、直木賞が始まった最初のときには、そんな考えはありませんでした。昭和10年/1935年上半期、選考委員たちのお仲間、川口松太郎さんが第1回受賞に選ばれたあとも、「そうだ、直木賞は職業作家に与えよう」なんて簡単に方向が決まったわけじゃありません。

 それが半年に一回ずつ、飽きもしないでやり続けるうちに、だんだんと文筆で飯を食っているやつらばかりが受賞することになって、いつの間にやら、プロの作家を意識した文学賞になっていった、というわけです。

 プロの作家とは、どういうことか。小説を書いておカネを稼いでいる。いや、専業、兼業、ともかく生活費のすべてか一部を、作家としての営みで成り立たせている人たちを指します。

 小説を書いて定収入を得る。それは、本人ひとりの才能ややる気ではどうにもなりません。おカネを払ってくれる出版社、雑誌社、新聞社などがある。それらの会社の向こうには、作品にを対しておカネを払ってくれる読者たちが、ある規模で存在している。この経済の仕組みのうえで、プロの作家でありつづけることは、それだけで特別な評価を得ていることになります。

 すでに評価を得ている人に、あらためて文学賞みたいな別の評価をハメ込む必要なんてないんじゃないか。と、疑問に思う人が増えるのは道理です。はじめ直木賞は、素人作家に与える想定だったわけですから、プロ作家を対象にすればするほど、そういう疑問(というか批判)を誘発することになる。直木賞の80余年に及ぶ歴史を見るとき、その流れこそ面白いのだと思います。

 けっきょくのところ、直木賞の面白さは、おカネがからんでいるわけです。

 ということで、今回は「プロの作家」というものにこだわった一冊から、直木賞のおカネを見てみることにします。『作家の履歴書 21人の人気作家が語るプロになるための方法』(平成26年/2014年2月・角川書店刊)です。

 取り上げられた21人のうち、直木賞の受賞者は3分の2の、14人。プラス、受賞していないけど選考委員になった北方謙三さんが入っています。

 基本的には、各作家のインタビューが中心です。ああ、わたしもプロの作家になりたい! と思っている夢見るイイ子ちゃんたちは、インタビューを読めば満足かもしれません。ただ、やはり同書のなかで面白いのは、作家ごとに最後のページに載っている10項目のQ&Aの回答です。おカネのハナシがちょくちょく出てきます。

 具体的に金額に触れているのは朱川湊人さんです。直木賞を受賞したのは第133回(平成17年/2005年上半期)になります。

「作家の収入で生計を立てられるようになったのは、デビューして割とすぐです。ホラー大賞短編賞(引用者注:平成15年/2003年3月決定)のあと連載の依頼を4、5社からいただいたので、雑誌の原稿料で食べられるようになりました。それまで妻の扶養家族で年収100万円ぐらいだったのを思うと、大きな進歩ですよね。」(『作家の履歴書』「朱川湊人」「収入の管理」より)

 朱川さんは、社会人になっても子供の頃からの夢が捨てきれず、25歳のとき、結婚を機に会社を辞めます。相手の妻は公務員で定収があり、奥さんの稼ぎで食わせてもらう生活を10数年。見事に日本ホラー小説大賞短編賞を受賞したのは40歳のときでした。それですぐに、雑誌の原稿料で食べていけるようになって、2年で直木賞を受賞、夢がかなってよかったよかったです。

 その後、朱川さんがどのぐらい稼ぐ作家になったのか。よくわかりませんけど、直木賞の受賞者のなかには大ガネを稼ぐ化けものがたくさんいます。逆に、まるっきり作家業が立ち行かなる人もわずかにいます。朱川さんは、そのどちらでもなく、ほどほどの中程度。ああ、言われてみればそんな直木賞受賞者いたねえ、というラインをいまもひたひたと歩いています。

 直木賞は、超絶なベストセラー作家を生むのも特徴かもしれませんが、ただ長い歴史を通してみれば、朱川さんのような(そこそこの)プロ作家を生み出してきたことが、最大の成果でしょう。

 何といっても『作家の履歴書』を読んでいると、森村誠一さんというレジェンドが出てきます。作家と高額納税者という歴史には、かならず顔を出す往年の売れっ子、最高の年収が6億円ほどで、いまから10年ほど前の段階でも年収は1億円前後、と稼ぎぶりを誇示しています。そういう方が、直木賞をとっていないんですから、まあ、直木賞を受賞したってほとんどの作家はそこそこの収入だよな、と思わされてしまいます。

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