平成10年/1998年度、車谷長吉に返ってきた税金還付金は130万円。
このまえ、高橋一清さんの『芥川賞直木賞秘話』(令和2年/2020年1月・青志社刊)にあった三好京三さんとその家のことを、少し取り上げました。まわりの人から「直木賞御殿だ」何だと言ってイジられていたとか。
文学賞、おカネ、そして家。それぞれが何がしか関係しているような、関係していないような、似たもの同士です。
この本では、三好さんだけじゃなく、受賞にまつわる「家」のハナシが紹介されている人がいます。車谷長吉さんです。
車谷さんが受賞したのは平成10年/1998年上半期ですので、三好さんの受賞から20年以上たっています。その間に、日本の経済は大きな山あり深い谷あり。ぐいんぐいんと乱高下しながら、おカネに対する感覚も変わったはずですが、車谷さんも受賞後に、家を買おうか買うまいかという状況になったそうです。
高橋順子さんの『夫・車谷長吉』(平成29年/2017年5月・文藝春秋刊)の「直木賞受賞・光と影」によると、そのころ検討した家は、千駄木4丁目の6Kが3000万円、千駄木5丁目3730万円、小日向2700万円(借地条件つき、地代が月3万円)といったところ。そして最終的には向丘8DKの2800万円の家を、終の住処で買うことに決めます。しかもガツンと現金払い。
直木賞をとれたから、家を買えたのか。それとも、別に受賞しなくたって、そのぐらいのおカネは蓄えていたのか。よその家庭のカネ勘定はよくわからないところがありますけど、まがりなりにも高度経済成長期のときに大人になって、それからせっせと働いてきたご夫婦なら、そのぐらいの家を買うのはさほど難しいことではないのかもしれません。ほんとうに貧乏な人なら、まず高嶺の花、といった感があります。
さて、税金のおハナシです。『夫・車谷長吉』には、直木賞を受賞した年の翌年、税務署から連絡が来たエピソードも書かれています。
「九月二十一日、長吉宛についに恐れていた税務署からの一報が届いた。「貴方に印税・原稿料のあることが判明しました」とある。脱税の目論見が外れた。
(引用者中略)
長吉は税務署で、なぜ申告をしなかったのか申し開きをさせられた。強迫神経症で何も分からなかった、死にたかった、失業して、嫁はんに小説書いてみたら、と言われて書いたところ、直木賞だった、と答えたそうだ。もっとも税務署の人は直木賞が何かを知らなかったそうだ。いくら税金を納めねばならないか怯えていたところ、すでに源泉徴収されていたので、なんと一三〇万円ほど還付されることになった。」(高橋順子・著『夫・車谷長吉』所収「終の住処」より)
130万円も還付金があったとは。まさに「なんと」です。
直木賞に冠された直木三十五さんといえば、貧乏、借金でも有名ですけど、もうひとつ有名なのが、税務署とのケンカです。税務署は、あなたは申告よりもっとたくさん稼いだはずだ、だから税金を納めろという。本人は、いや、それは稼ぎじゃないから払わんと突っぱねる。物書きとして売れれば売れるほど、おカネとはつまり税金のハナシになっていくのが、直木賞界にとってのあるあるでしょうが、車谷さんの場合は(少なくとも受賞の年度は)その逆だった、というのです。
何年も売れっ子作家として活躍したわけじゃなし、直木賞一個とったぐらいじゃ、別にそこまで税金におびえる必要はない、というハナシなんでしょう。……と、言いたいところですが、作家と税の問題については、もっとくわしい人が世のなかにはたくさんいるはずです。だれか解説してください。
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