新喜楽の会場で、選考委員に現金100万円ずつを手渡した白石一文。
先週は白石一郎さんのハナシでした。となると今週は、やっぱり白石一文さんということになります。
父親・一郎さんが直木賞を受賞したのは第97回(昭和62年/1987年・上半期)。そのときが賞金50万円で、子・一文さんの第142回(平成21年/2009年・下半期)のときは、賞金が倍の100万円。どんな時代でもおカネは大事です。いずれも有効に使われたことでしょう。
そういえば、白石一文さんと賞金、といえば山本周五郎賞のことが思い出されます。ちょっと直木賞から脱線します、すみません。
平成24年/2012年5月の第25回。白石さんは山周賞の選考委員になりました。任期は一期4年で、ほかのメンツは、みんな二期8年を務め上げたのに、白石さんは5年やったところで途中で委員を下りてしまいます。
なので『小説新潮』に載った選評は5回分しかありません。だけど、白石さんの選評は、さすがかつては文藝春秋で、直木賞の運営をやっていただけのことはあるな、という筆さばき。文学賞オタクの心にぐさぐさと突き刺さる書きっぷりで、まあ、そういう選評が本にまとまることはないんでしょうが、『白石一文選評集』として一冊になってほしいものだと思います。読んだところで、文学賞の大好きなゲス人間でないとあまり面白くないかも、ですけど。
いや、賞金のハナシでした。白石さんが初めて選考に携わった第25回は、原田マハさん『楽園のカンヴァス』が受賞した年です。このとき、いったん選考会では、辻村深月さんの『オーダーメイド殺人クラブ』と合わせて二作授賞という結論を出した、と白石さんが暴露しています。
一作受賞と二作受賞、何が違うのか。いちばんの違いは、主催者がフトコロを痛める総額です。
賞によっては、規定の賞金を分割して折半にすることもありますけど、それは正直ケチくさい。直木賞や山周賞、吉川新人賞など、出版社がバックに付いている賞は、世間体もありますので、およそ一人ずつに既定の賞金を渡すのが主流です。
山周賞にしたって昭和63年/1988年5月に決まった第1回以来、二人授賞がなかったわけではありません。そのたびに、賞金は100万円+100万円と、新潮文芸振興会の持ち出しが増えました。ところが、第23回の貫井徳郎さん・道尾秀介さんの同時受賞からこっち、山周賞はここ10数年、二作授賞がぱったりとなくなります。
それは選考委員が賞を贈りたい作品が減った……のではなくて、主催者がおカネを出したがらなくなったからだ、というのが白石さんの選評からうかがえるのです。
うかがえるんでしょうか。白石さんの選評に「カネを出したくないからだ」とは書かれていません。当時の新潮文芸振興会理事長、佐藤隆信さんの決断は不明ですけど、しかし一度、二作と決まったものを一作にしろと言う。ふつうに考えて、ケチだなと思います。あるいは、出版社もよほどカツカツなんだな、と同情します。
文学賞は、出版社の宣伝活動の一部です。いわばおカネをかけ、おカネを生み出すビジネスの一貫だということを、元・文春の編集者、白石さんはもちろんよくわかっていて、その一端をわれわれ外野の人間にも伝わるように、わざわざそういう楽屋話めいたものを選評に残してくれたのでしょう。おそらくは。
白石さんが直木賞の裏方だったときのことは、自伝的小説と謳われた『君がいないと小説は書けない』(令和2年/2020年1月・新潮社刊)にも出てきます。多くは名前や作品を変え、事実と異なることもあるんでしょうけど、たとえば宮城谷昌光さんが『天空の舟』で文壇に衝撃を与えて、直木賞の候補にまで選ばれる舞台裏や、海越出版社の天野作市さんとの交流なども、素材になっています。
そのなかに、作中では「N賞」と書かれた直木賞にまつわるおカネについて、こんな記述があります。
「現在はどうなっているのか知らないが、私が在社中はA賞とN賞の選考料は選考会場(築地の料亭だった)でそれぞれの委員に現金手渡しだった。
担当だった頃、この選考料(一回百万円)を両賞計二十人の委員に渡して領収証にサインを貰うのが私の役目だったが、興味深かったのはA賞とN賞とでは各委員の選考料の受け取り方に大きな違いがあったことだ。
ベストセラー作家がずらりと名を連ねたN賞の委員たちは百万円の現金を手渡しても、
「はいはい」
と実にあっさりしたものだった。」(『君がいないと小説は書けない』より)
A賞の委員がどんな反応だったのかは、同作を読んでもらえればと思います。白石さんが裏方をしていた平成のはじめ頃、新喜楽には毎回、100万円×20人分、計2000万円の現金が積まれていたんですね。
文学賞っていうのは、カネのかかる事業だよなあ、と白石さんも実感したのか、しなかったのか、それはわかりません。ただ、キレイごとばかりじゃ文学賞はできない。それを身に染みて知っているのが、白石一文という作家でしょう。直木賞オタクを喜ばせるような今後の(ゲスな)活躍に、期待したいです。
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