三好京三、直木賞の賞金を家の新築代金の一部に充てる。
高橋一清さんが書いてきた直木賞の舞台裏バナシ。果たして『芥川賞 直木賞 秘話』(令和2年/2020年1月・青志社刊)で打ち止めなんでしょうか。
高橋さんしか知らない、高橋さんしか公開しようとしない逸話は、まだまだあるんじゃないかと思います。聞き書きでもいいので、もう少し後世のために残しておいてほしいよなあ。売れないでしょうけど。
ということで、文藝春秋の編集者として、日本文学振興会の事務方トップとして、のぼり調子な出版業界の波に乗り、多くの受賞と落選に立ち合ったのが高橋さんです。『芥川賞 直木賞 秘話』にも数々の作家のことが出てきます。おカネに関することも、ちょっと触れられています。
賞金のことです。
第1回(昭和10年/1935年・上半期)、受賞した川口松太郎さんに贈られた賞金は500円です。それを高橋さんは、今日の調べでは500万円相当だと見積もっています。
これがなかなか問題です。さすがに500万円というのは高く見すぎなんじゃないか、と思うんですが、高橋さんの回想における直木賞の価値は、だいたい高く見積もられているので、こういうところに書かれる金額もまた、少しでも高めに設定してしまうのかもしれません。
それはともかく同書には、賞金を受け取った作家のその後として、車谷長吉さんと三好京三さん、もうひとり芥川賞受賞者の3人のことが紹介されています。なるほど、車谷さんもおカネについては、いろいろと面白い逸話がありそうだな、と思いながら、とりあえず今日は三好さんのハナシを見てみます。
三好さんが初めて東京の出版社(というか文藝春秋)に注目されたのが、昭和50年/1975年のこと。第41回文學界新人賞を「子育てごっこ」でとったときです。
住んでいたのは、岩手県胆沢郡衣川村。衣川小学校の大森分校で教える学校の先生で、当時44歳です。別にそこまで裕福でもなく、貧乏でもない、ごく普通の田舎の先生でした。
文學界新人賞の賞金は10万円です。これは今でいうと、だいたい20~30万円といったところでしょうか。昭和26年/1951年に同僚だった京子さんと結婚したとき、三好さんは新婚旅行もせず、結婚指輪も買わなかったので、その代わりということで賞金をまるまる京子さんに渡し、これで指輪でも買ってくれ、と言ったそうです。
さて、新人賞を受賞してから単行本の『子育てごっこ』(昭和51年/1976年11月・文藝春秋刊)が出るまでのあいだに、三好さん夫妻は長年の分校生活から去ることなります。昭和52年/1977年1月に、直木賞を受賞。このときの賞金は30万円でした。
直木賞を受賞して、三好さんの生活は急激に騒がしくなります。小説の注文もさることながら、雑誌インタビューやら講演やら、他の用事がどっと増えるのが、直木賞の特徴です。三好さんが教職をやめて独立、筆一本で立つことにしたのが昭和53年/1978年4月ですから、受賞からわずか1年ちょっとで決断したわけです。
ちなみにそのころ、三好さんは胆沢郡前沢町に新築で家を建てています。ちょうど直木賞の騒ぎが盛り上がっている頃合い、単行本はばんばんと売れ、おおよそ1年で25万部超。1冊定価1100円の本が25万部なら、印税が1割として2750万円。
地元の人たちから「直木賞御殿」と呼ばれるほどの立派な家が建ったとのことです。あまりに過分に直木賞なんかとっちゃって、田舎の先生が浮き足立ち、やたらと虚勢を張って「売れてる作家、っぽく見えること」にカネを使い始めた……三好さんと直木賞の、ちょっとせつなくなる物語はそこから始まりました。
ところで、受賞してまもなく建てた家のことなんですが、三好さん本人によると、こうです。
「(引用者注:直木賞の賞金は何に使ったか、の問いに)受賞以前から家の新築にとりかかっていた 山の友人から木材を譲ってもらっているので、その代金の一部にあてた。」(昭和52年/1977年6月刊『直木賞事典』「受賞作家へのアンケート」より)
新築したのは、別に直木賞に浮かれたからではなく、そのまえから計画していたのだ、と。岩手の前沢に「豪邸」を建てたといっても、まあかかった費用はたかが知れています。それが「御殿」呼ばわりされたのは、まわりの人たちが直木賞を異様に買いかぶり、受賞すればそのくらいの大金がガッポガッポ入ってくる、と思っていたせいなんでしょう。「直木賞あるある」です。
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