野坂昭如、直木賞をとってから10年後に年収1億円。
賞金の10万円が、倍の20万円に上がったのが、第57回(昭和42年/1967年・上半期)のことです。
そこから、わずか5年たらずでさらに賞金がアップします。第66回(昭和46年/1971年・下半期)に30万円に増額。そしてその時代もすぐに終わり、第80回(昭和53年/1978年・下半期)には、もっとビッグにどどーんと50万円に上がりました。
要は、第56回で受賞した五木寛之さんと、第80回で受賞した宮尾登美子さん・有明夏夫さんは、受賞したタイミングは12年しか違いませんが、もらった賞金は5倍も差が出たわけです。直木賞どうこうより、高度経済成長のパワーっつうのは、おそろしいです。
こういう上昇気流の時代というのは、いまとなっては価値観が違いすぎて、ファンタジックな世界にも見えてくるんですが、もちろん現実にあったことです。上向き時代の直木賞。なかでも今週は、とびきりに人気者だった人のおカネについて見てみたいと思います。
野坂昭如さんです。
焼け跡世代の申し子、というか、高度経済社会の申し子と言ったほうがいいでしょう。放送の分野から出てきた人ではありますが、野坂さんがものを書き始めたときは、大きい出版社からミニ出版社まで、どんどんと雑誌をつくって大量に売る、そんな流れがトルネード式に上がっていた頃です。直木賞をとった第58回(昭和42年/1967年・下半期)の段階で、すでにこの人は有名人だ、と選考委員の全員が認識していたのが野坂さんでした。それだけ、各所に顔を出し、原稿を書いて、おカネを稼いでいたわけです。
では、どのくらい稼いでいたのか。野坂さんはこういうことを細かくサラすのが大好きらしく、いろんなところに収入が記録されています。とりあえずそのひとつ、長部日出雄さんとの対談「文壇ヤリクリ生活大告白」(『別冊文藝春秋』171号[昭和60年/1985年4月]、昭和62年/1987年6月・文藝春秋刊『超過激対談』所収)を見てみました。
「野坂 ぼくが恒常的に小説を書き始めたのが十九年前(引用者注:昭和41年/1966年のこと。直木賞をとる1年ぐらい前)で、原稿料が一枚二千円だった。月に一本かりに五十枚の短篇を書いて、源泉課税の一割を引かれると手取り九万円で、これじゃ食えないと思いましたね。」(「文壇ヤリクリ生活大告白」より)
50枚の短編でだいたい10万円。ということは100枚書けば単純に20万円です。このとき直木賞の賞金が20万円。
まあ、直木賞はおおよそ一般的な感覚からズレている、というのが昔からの持ち味ですけど、おカネの面でもズレていたのかもしれません。いくらなんでも安すぎます。
野坂さんの収入でいうと、小説だけでは食っていけない。ということで、歌手として売り出し、地方を回ります。入ってくるおカネは、ワンステージ10万円。けっこうな額です。テレビからもいろいろ声がかかりますが、野坂さんが出はじめた1970年前後で、文化人ランクなら1本8500円、歌手ランク3500円だったそうです。本数をこなさいと、こちらも生活できるまではいきません。
けっきょく、コラムや雑文書きの連載が、最も安定して将来設計も立てやすかった、というのですから、野坂さんのコラムニスト(雑文家)としての人気のほどがうかがい知れますが、昭和40年ごろの野坂さんの収入をさらっておくと……広告会社や芸能プロ等の顧問料・嘱託料が3社、それぞれ2万円。『小説現代』『マンハント』『週刊サンケイ』のコラム記事、『アサヒ芸能』連載インタビュー、週刊誌の特集記事、『婦人公論』の映画評、CMソングの作詞で1ト月30万円(平成27年/2015年10月・幻戯書房刊『マスコミ漂流記』)……。
売れっ子と言っていいでしょう。これだけ稼げている人に、さすがに「新人向け」と言われる直木賞はやりたくないなあ、と思った選考委員がいたとしても、全然おかしくありません。
ともかく、佐藤愛子さんもそうでしたが、野坂さんの場合はそれ以上に、とりまく金銭が「上向きな出版業界仕様」すぎます。ワタクシみたいなヒラ庶民からすると、やっぱりファンタジーです。
「文壇ヤリクリ生活大告白」によると、野坂さんの収入のテッペンが、昭和52年/1977年ごろの年収1億円。長部さんと対談している段階で、年収4000万円だったといいます。ちなみに長部さんのほうは、昭和59年/1984年度で約1500万円。これはこれでけっこうな額ですけど、野坂さんに言わせれば、一般企業でそのくらいもらっている人はたくさんいるし、大したことはない、ということです。
そりゃあ、他に比べれば、上はいくらでもいるでしょう。しかしやはり、野坂さんにしろ長部さんにしろ、直木賞をとったことでカネまわりがよくなったことは間違いなく、日本の景気が上がっていたことも相まって、年収ン千万のところまで行ったものと思います。
いまから見れば、異常な世のなかです。
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