賞金10万円を目当てに近づいてくる連中に、藤井重夫、太っ腹なところを見せる。
先週は佐藤愛子さんを取り上げましたが、おカネの金額が、庶民感覚から離れすぎていました。いくらなんでも稀有な例です。あんなのばかり見ていると目がヤラれます。
もうちょっと身近な感じの賞金の使い道はないものか。と思って受賞者一覧を見ていたところ、佐藤さんの受賞の4年まえ、おお、この人が受賞しているじゃないですか。
第53回(昭和40年/1965年・上半期)。アクも強けりゃ、鼻っ柱も強い。行く先ざきで煙たがられては伝説をつくった(……と思われる)男。藤井重夫さんです。
藤井さんのまわりは、どうしてそんなに喧嘩ばっかり起きているんだ、と思うほどに、いつもキナ臭いです。直木賞の受賞直後に書かれたエッセイ「『虹』始末記」(『作家』昭和40年/1965年10月号)のことは、たしか以前にも触れた気がするんですけど、直木賞をとるまでのドキュメントのなかに、なぜか喧嘩沙汰のハナシが差し込まれています。
この年、『作家』4月号に高橋しげるさんが「箱根の山」という、小説のようなエッセイのようなものを発表。同人仲間との文学談義などを描いた正真正銘の内輪バナシなんですが、これを読んだ藤井さんが大激怒。なんでこんなヤツがヌケヌケと『作家』誌上に登場してるんだと、「要注意人物」(6月号)という一文を書き、高橋さんを猛攻撃します。高橋さん=作中ではTとイニシャルにしていますが、この人のことを「うそつきで信用ゼロの男」と何度も中傷しながら、自分がどれほどイヤな目にあったか、いかに高橋さんが信用できない奴かを、めんめんと罵倒したのです。
それを読んで、いやいや、ちょっと攻撃のしかたがおかしいのでは、と思った花井俊子さんが「要注意人物」(8月号)というのを書いたりした他、藤井さんのもとには、いいぞそのとおりだ、という喝采だの、あの書き方はよろしくないのでは、という指摘だの、いろいろ来たそうです。いずれにしても『作家』なる狭い同人誌のハナシで、どうでもいいいざこざなんですけど、こういうことを受賞直後の感想エッセイに書いちゃうあたりが、さすがは藤井さん、安定の毒舌人間です。
「あれだけ慎重な態度で書いた「要注意人物」について、まるでナンセンスとしかおもえない読みちがえを堂々と犯している人物や、それをまた堂々と、「あえて皮肉として申しあげます」のマクラ付きで、おのれの無知をさらけだしたばかな“同人”がいたため、あきれ果てて私はモノがいえなくなったのだ。このことは、ハッキリここに書きとめておく。
――ヤメよう。「要注意人物」は、はじめからおしまいまで、じっさい不快の二字につきる“事件”だった。(しかし、あの一文に快哉をさけんで、手紙や電話をくれた人のほうが、前記のバカ者よりはるかに多かったことも、あわせしるしておく)。――話を、『虹』の受賞にもどそう。ずいぶん祝電や手紙類をもらった。およそ四〇〇通。」(藤井重夫「『虹』始末記」より)
おのれのことは棚に上げて、やたらと、ばかだの、バカ者だと、他人を痛罵しています。藤井さん、面白い人ですよね。
しかし、喧嘩ばかりが藤井さんの特徴じゃありません。届いた祝電や手紙などが400通。と、そこに藤井さんの、人とのつながりを大事にする、困っている人がいれば世話もやく、そんな情の厚さが現われています。
ということで、ワタクシも話をおカネのことに戻します。藤井さんが受け取った直木賞の賞金は10万円。これをどう使ったのか。
『直木賞事典』(昭和52年/1977年6月)の「受賞作家へのアンケート」によると、受賞直後、藤井さんのところには数々の方面から、そのおカネを当てにする連絡が来たそうです。400通のなかにも、そんなものがいくぶんかはまぎれ込んでいたものと思います。
けっきょく藤井さんは、そこに賞金をぜんぶ使います。まずは、自分の郷土のために、出身の兵庫県豊岡小学校が校舎を新築するおカネ、同郷の人たちが集まった「東京但馬会」の運営費のために、ぽーんと半額5万円を寄付。それから、受賞祝いにやってきてくれた保険の勧誘員のために、保険も加入。いきなりやってきた昔の知り合いのために、おカネをあげちゃう。
「そんなこんなで受賞から三ヵ月くらいのあいだに受賞金の三倍余の三十何万円、貯金をはたいたりした。」(『直木賞事典』より)
10万円を使い果たしただけじゃなく、賞金目当てにやってくる、さもしい連中の頼みを聞き入れて、20万円余りは貯金を崩して対応した、と言っています。
これもまた、佐藤愛子さんと同じくらい稀有な例かもしれません。だけど、佐藤さんの場合より、まだしも親近感のわく金額だし、使い方だよなあと思います。
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