井伏鱒二は賞金500円を妻と分け、自分の分で「はせ川」のツケを払う。
井伏鱒二、檀一雄、梅崎春生。みんな直木賞の受賞者です。ただ、こういうメンツを並べると、純文学の作家がどうして直木賞を!? ……みたいなツッコミが入ったりします。一般の人にとってはどうでもいい話題です。
まあワタクシも一般の人間なので、正直どうでもいいんですが、とくに「おれ、文学のことわかってるぜ」と自負する人ほど、大衆文芸の賞を純文学の作家がとるなんてさあ、変だよねえ、うんぬん、とか言いたがります。うるせえよ、と思います。
純文学の作家が直木賞をとると、何がどう不自然なのか。よくわかりません。難しい文芸批評は「おれ、文学のことわかってるぜ」の人たちにまかせることにしましょう。うちではおカネのハナシを続けます。
最近とりあげているのが『別冊文藝春秋』30号[昭和27年/1952年10月]の「時計と賞金」アンケートのことです。対象は第27回(昭和27年/1952年・上半期)の受賞者なので、そんなに多くありませんが、彼らが受賞の賞金を何に使ったのか。一覧でまとめておきます。
受賞回 | 受賞者 | 賞金 | 使い道 |
---|---|---|---|
第1回 | 川口松太郎 | 500円 | 京橋のレストラン「アラスカ」で記念会を開催し、知友を招待。 |
第2回 | 鷲尾雨工 | 〃 | 故人のため未回答 |
第3回 | 海音寺潮五郎 | 〃 | 覚えていない。 |
第4回 | 木々高太郎 | 〃 | 築地の「宝亭」で記念会を開催し、知友を招待。食事・芸者代などで29円の足を出す。 |
第6回 | 井伏鱒二 | 〃 | 未回答 |
第7回 | 橘外男 | 〃 | 覚えていない。 |
第8回 | 大池唯雄 | 〃 | 生活費。+記念に『復古記』全15巻を購入。 |
第11回 | 堤千代 | 〃 | 全額両親に。その中で絽縮緬の着物を購入。 |
第11回 | 河内仙介 | 〃 | 15か月分(月15円)の滞納家賃の支払い。+大阪へ帰郷する費用。 |
第12回 | 村上元三 | 〃 | 書物の購入代。 |
第13回 | 木村荘十 | 〃 | 大きな机を発注。+質の受出し代。 |
第16回 | 田岡典夫 | 〃 | おそらく生活費。 |
第16回 | 神崎武雄 | 〃 | 故人のため未回答 |
第18回 | 森荘已池 | 〃 | おそらく生活費。 |
第19回 | 岡田誠三 | 〃 | 未回答 |
第21回 | 富田常雄 | 5万円 | もらったその日に酒を飲み、全額消えた。 |
第22回 | 山田克郎 | 〃 | 未回答 |
第23回 | 今日出海 | 〃 | もらったその日に飲み歩き5分の3を消費。残りは妻に。 |
第23回 | 小山いと子 | 〃 | 銀座のレストランで娘二人との食事代。+応接間のソファ代の穴埋め。 |
第24回 | 檀一雄 | 〃 | 未回答 |
第25回 | 源氏鶏太 | 〃 | 覚えていない。 |
第26回 | 久生十蘭 | 〃 | 1万円は妻に取られ、残りは「有益な方面」で使用。 |
第26回 | 柴田錬三郎 | 〃 | ピアノ購入代の一部。 |
第27回 | 藤原審爾 | 〃 | 友人2人に貸す。 |
こんなくだらないアンケートは完全に無視する井伏さんや檀さん。対して川口さんや木々さんは賞金を使ってパーッと派手な記念会を開く。ここに純文学作家と大衆文芸作家のいちばんの違いが出ているわけですね。
というのはもちろん冗談です。井伏さんも他のところでは賞金の使い道を答えています。上記のときは面倒だっただけかもしれません。
井伏さんの使い道は、『別冊文藝春秋』49号[昭和29年/1954年12月]の「時計・会・材料その他―直木賞受賞の頃のこと―」とか、『オール讀物』昭和38年/1963年10月号「時計もくれますか」(のち「時計と直木賞」に改題)に書かれています。賞金の500円は、文藝春秋社のほうで使いやすいように10円札にして渡され、もらったその日に銀座「はせ川」に行って、一部をツケの支払いに使ったそうです。
ただ、この二つのエッセイは井伏さんなりに言い回しを変えている部分があります。ちょっと記憶違いが入っている可能性も否定できないので、受賞してからまだ日も浅い頃に、雑誌のアンケートに答えた2つの回答を引いておきます。下記いずれも『井伏鱒二全集第七巻』(平成9年/1997年1月・筑摩書房刊)に載っています。
「賞金は女房と山分け、勇んで銀座の長谷川へ呑みに現はれると、居合せたお歴々は姿をくらまして了ひ、林房雄と新宿の樽平に進出したが、先客の立野信之と林のために忠告され、無理矢理に円タクで帰される。」(『日本学芸新聞』昭和14年/1939年3月5日「賞金の行衛? 直木賞」より)
「賞金はいつもの原稿料の通り日常の入費に使つてゐます。尤も井伏も使用しました。(井伏帰省中につき留守番代筆)」(『モダン日本』昭和13年/1938年6月号「文学賞の賞金を何にお使ひになりましたか?」より)
ここでは林房雄さんといっしょに新宿「樽平」に行って、きみ、賞金を粗末に使っちゃったいけないよ、みたいに忠告されたことになっていますが、戦後の井伏さんの回想には立野信之さんの名だけがあり、林さんは出てきません。なぜ林さんが思い出から抜け落ちたのか、気になるところですけど、ともかく賞金にまつわる井伏さんのエピソードは、派手にみんなに驕ることを止められて、平穏に落ち着いたかっこうです。
いっぽう、檀一雄さんの賞金5万円は、どう使われたのか。まだよくわかっていないので、日を改めて追っていきたいと思います。
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