寄付金3万円。文藝春秋社からお金をもらって日本文学振興会がつくられる。
また直木賞のことがニュースで流れる季節がやってきました。
いったい直木賞って何なんだ。と考えると、かならず行き着くのがおカネの問題です。
ということで、年がら年じゅう直木賞のことだけ書いているうちのブログでは、いま「直木賞にまつわるお金のこと」を探っています。今回取り上げるのはこちら。直木賞がお金で成り立っていることをいまも我々に示してくれる団体、日本文学振興会についてです。
直木賞以上に、この組織は謎めいています。いや、政府から認可を受けた公益財団法人ですから、組織の成り立ちもカネの動きも公然としていて、別に怪しいところはありません。オフィスは、出版社文藝春秋のビルのなかにあり、働く人たちも文藝春秋から出向している人が中心で、理事長は文藝春秋の社長。要は、文藝春秋の事業のなかでも文学賞に関する業務だけを切り離して、独立した収支で動いているのが、この法人なわけです。
人間っつうのは、ほんといろんな仕組みを考え出しますよね。文学賞だけに特化した財団。胡散くさいといえば胡散くさいですけど、この仕組みをつくった菊池寛さんによれば、こうして独立した法人にしておけば、万が一、文藝春秋がこの世から消滅したとしても、文学賞の運営は残せるじゃないか、という発想でできたんだそうです。
ただ、じっさいのところは、文藝春秋がダメになれば、日本文学振興会も無傷じゃいられません。お金の問題がからんでいるからです。
くわしいことは、ワタクシみたいな外野の野次馬には、もちろんわかりませんけど、文学賞の運営は、それ自体で収益のある事業じゃありません。反面、支出のほうは、賞金を出すほかにも、選考する手間やら、場所やら、授賞式などまで含めて、けっこうなお金がかかります。それをまかなうために、プールしたお金の利子がつぎ込まれたり、資金運用したりするわけですが、そもそもそれらのお金がどこから出てきたかといえば、文藝春秋からの寄付金です。
日本文学振興会の歴史をひもとくと、最初の段階でどれほどのお金がつぎ込まれたのか、菊池寛さんが書いています。直木賞ができたのは昭和9年/1934年、それから3年ほど経った昭和13年/1938年7月に文部省からの認可が下りて、財団法人日本文学振興会ができました。
「芥川賞、直木賞、菊池賞を銓衡授賞する日本文学振興会の法人設立許可が認可された。(引用者中略)本社は、既に三万円を資金として寄付したが、数年の間に十万円位の資金を寄付するつもりだ。」(『文藝春秋』昭和13年/1938年8月号 菊池寛「話の屑籠」より)
昭和13年/1938年の3万円とか10万円というのが、どの程度の価値なのか。賞金500円と同じく、ちょっと感覚がつかみづらいですけど、参考までに文藝春秋社の資本金額を挙げてみますと、株式会社になったのがそれより10年前の昭和3年/1928年で、資本金5万円。昭和10年/1935年8月に、倍額増資して資本金10万円。昭和11年/1936年11月、第二次増資で資本金15万円。さらに、財団をつくった昭和13年/1938年には5月に、またもや倍にして資本金30万円、とぶくぶく膨れ上がっています。
資本の額が、企業の動かすお金の多寡を現わすわけではありませんが、ン万円といえば、明らかにハシタ金じゃありません。賞金をもとに換算すると、賞金500円の段階で寄付金3万円、というのは賞金100万円の現在でいえば6,000万円ぐらいの感覚でしょうか。「これぐらいあれば、安心して3つの文学賞をやっていけるだろう」と菊池さんが考えた10万円は、いまでいうと2億円ぐらい。カネがかかるんですね、文学賞は。
ちなみに、直木賞なんてクソの価値もない、もっとオレ好みの文学賞が現われてほしい。と思う向きは、多いのか少ないのか、まあ現在でも一定数いると思いますが、菊池さんが言うには、日本文学振興会にお金を寄付すれば、あなたの文学賞もつくってくれるそうです。
「(引用者注:菊池寛賞のように)僕の名前を、賞金に冠するのは、可笑しいと云ふ人があるかも知れないが、デービスカツプや、ノーベル賞金のことを考へれば、少しも可笑しくない。有志の方は、十万円もこの法人に寄付して下されば、その方の名前を冠した文学賞金をいつでも設定する。」(『文藝春秋』昭和13年/1938年6月号 菊池寛「話の屑籠」より)
いまもこの菊池さんの言葉が有効なのかどうなのか。振興会に聞いてみないとわかりません。どこかのお金をもったYouTuberが2億円ぐらい寄付して、文学賞が設定されるか試してみてくれないかなと、期待しています。
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