木々高太郎、探偵文壇の人たちを招いて祝賀会を開き、賞金500円使い切る。
しばらくは、賞金のことを突っついていきます。
直木賞の受賞者が、賞金を何に使ったのか。21世紀のこの時代に、そんな話題が盛り上がるとは思えません。M-1グランプリのように賞金1,000万円!! とかそのぐらいのインパクトがあれば、多少のにぎわいも生まれるんでしょうけど、いまの直木賞は、賞金100万円。それが年に2回。その程度のおカネの流れは、せわしない情報の荒波に埋もれて、さしたる話題にもなりません。
ただ、一部の人たちはやっぱりおカネのハナシが大好きです。直木賞の場合も、少し時代をさかのぼれば「賞金の使い道」がビッグな(?)エピソードとして扱われる時期がありました。
『別冊文藝春秋』30号(昭和27年/1952年10月)は、まだたった第27回目の授賞が終わったばかりの、直木賞史のなかでいえば序盤も序盤の頃ですが、そこで各受賞者にアンケートをとって載せています。正賞の時計がいまどうなっているか、副賞の賞金を何に使ったか。前週の川口松太郎さんのところでも参照した「時計と賞金」の記事です。
そのときまでに直木賞を受賞した人は計24人。すでに亡くなっていたのが鷲尾雨工さんと神崎武雄さんの2人。アンケートに回答しなかったのは、井伏鱒二さん、岡田誠三さん、山田克郎さん、檀一雄さんの4人なので、残り18人の受賞者は、それぞれの言葉で賞金の使い道を答えています。
なかで川口さんと同様に、受賞記念のパーティーを開いてパーッと使った、というのが木々高太郎さんです。木々さんの頃はまだ賞金500円の時代でした。
「賞金は当時の探偵作家クラブの諸君(江戸川、海野、大下、水谷、小栗、延原その他)を築地宝亭(今はなし)によび、食事だけではさうかゝらぬ時代でしたが芸者をよんだのでかゝり二十九円足を出しました。」(『別冊文藝春秋』30号[昭和27年/1952年10月]「時計と賞金」)
29円足を出したということは、かかった費用529円。1年ほど前に京橋のレストラン「アラスカ」で記念会を開いた川口さんは、そこまではかからなかったはずなので、木々さんはさらに大がかりで派手ハデしくやったんじゃないかな、とうかがえます。
芸能の業界にいた川口さん、それから学界にいた木々さん。そうやって大勢を集めて自分が主役に立つ場面を用意しよう、と発想してしまうところが、両者似ています。目立ちたがりというか出たがりというか。直木賞の受賞者には伝統的に、こういうイタい人が出てくる、というのは、いまのいま、現在の直木賞を見ていてもよくわかりますが、そのイタさが目に見えるかたちで現れるのが、「賞金の使い道」の意義かもしれません。
ちなみに、木々さんが乱歩さんほか探偵文壇の人たちを招いた「宝亭」での食事会がどんなドンチャン騒ぎだったのか、じっさいはよくわかりません。というか、ほんとうに「宝亭」だったのか、これも(川口さんと似て)木々さんの勘違いじゃないのか、という疑いがあります。
昭和12年/1937年6月16日夜。木々さんの直木賞受賞からおよそ4か月後。築地ならぬ京橋の明治屋ビル「中央亭」で、盛大というほかない受賞記念の「木々高太郎を喜ぶ会」が開かれました。江戸川乱歩さんが『探偵小説四十年』(昭和36年/1961年・桃源社刊)のなかで、かなり詳しく書いています。「私の知る限り、探偵作家の出版記念会などには前例を見ない盛会であった。」とのことです。
同書では乱歩さんが『東京写真新聞』昭和12年/1937年6月24日号の記事を引いています。それによると、出席したのは100名以上。医学界からは入沢達吉、加藤元一、風間茂など、直木賞の受賞者から第2回の鷲尾雨工、第3回の海音寺潮五郎、探偵文壇からは江戸川乱歩、海野十三、大下宇陀児、水谷準、延原謙、それから賞の主催者サイドから佐佐木茂索さんもやってきています。「当日木々君は三尺四方もある大きな木の板を受附に預け、来会者に縦横に署名してもらい、記念として応接間に額のようにして懸けることにした。」(『探偵小説四十年』)と乱歩さんが語っているその木の板は、去年、山梨県立文学館で開かれた「ミステリーの系譜」展にも出ていました。
この記念会が、全額、木々さんの支払いだったかどうか。よくわかりません。木々さんが回想したように、探偵作家の何名かを呼んで芸者を入れて500円以上を「宝亭」で費やしたのが事実なのか、勘違いなのか。これもまた、現状調べきれていません。
ただ、どうであったとしても、これだけは言えると思います。さすがに木々さん、直木賞をとったぐらいでハシャぎすぎじゃないの?……
同じ時期に直木賞をとった人は、(川口さんの他には)誰もそんな賞金の使い方をしていません。お祝いの会を開くのはいいけど、足が出るほど盛大にやるのは、やはり異常です。木々さんという人の特性が、こんなところにも出ているのかもしれません。
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