第166回(令和3年/2021年下半期)直木賞候補作の、図書館貸出し予約件数ランキング。
年も押し詰まった令和3年/2021年12月17日。だれもがクソ忙しい年末の朝に、第166回(令和3年/2021年下半期)直木賞の候補作が発表されました。
そのとき、人々はどうしたか。おそらく日本人の9割以上が、こうだったはずです。「別に何もしなかった」。正常な感覚だと思います。
しかし、行動を起こした人も、いくらかは存在しました。たとえば、わざわざ本屋に行って候補作を買った人たち。なかには5冊全部買っちゃう異常者もいたらしいです。まあ、ちょっとおかしな人たちですね。近づかないほうが無難でしょう。
寒い思いをして出かけなくても、いまならkindleその他、電子書籍があります。長い小説でも重い本でも、ポチポチッと押せばすぐ手に入る。楽チンです。だけど、直木賞なんかにおカネを使っている点では同じです。あまり褒められたものではありません。
となると、まだしも正常に近い人たちは、どうしたんでしょうか。図書館で候補作を借りる。やはりそういう選択に落ち着きます。
いやいや、今どき直木賞を気にしているヤツなんか、いないでしょ。……と馬鹿にする人もいるでしょうが、意外に直木賞の影響もゼロではないようです。候補になれば、その効果で貸出し希望者が増え、あっという間に所蔵の全冊がハケてしまい、予約待ちに突入します。10件、50件、100件……。いったい、いつになったら読めるのか。自分の手元にくるころには、とうに直木賞が決まっている。それでもなお、貸出し予約をするぐらいの、淡ーい興味で直木賞に接する人が、日本じゅうにはけっこういるわけです。
とにかく今の世のなか、マスコミや出版社や書店は、本を買え買えとうるさく宣伝します。正直、直木賞の候補作を買わなきゃいけない義務など、読者には一つもありません。だって、たかだか直木賞ですよ。そんなもんに貴重なカネを払えるかい。と、決然たる態度で図書館を利用する人たちこそ、人間として正常な精神の持ち主だと思います。信用できます。ワタクシも見習いたいです。
すみません、また前置きが長くなりました。今回、直木賞の候補に選ばれたのは5つ。果たして、現代社会の賢者ともいうべき「図書館で借りて読む」派のグループは、どんな反応を示しているのでしょうか。全国7つの都市の図書館ホームページで、それぞれの所蔵数+予約数を調べてみました。
札幌市、仙台市、東京都世田谷区、名古屋市、大阪市、広島市、福岡市。そのすべてを足した合計を上から多い順に並べたランキングが、こちらです。
所蔵数+予約数 | 札幌 | 仙台 | 東京・ 世田谷 |
名古屋 | 大阪 | 広島 | 福岡 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
『ミカエルの鼓動』 | 431 | 407 | 584 | 436 | 490 | 284 | 212 | 2,844 |
『黒牢城』 | 231 | 173 | 624 | 318 | 448 | 209 | 209 | 2,212 |
『同志少女よ、敵を撃て』 | 202 | 164 | 421 | 190 | 299 | 110 | 113 | 1,499 |
『塞王の楯』 | 95 | 106 | 291 | 142 | 307 | 94 | 64 | 1,099 |
『新しい星』 | 98 | 92 | 234 | 120 | 112 | 44 | 86 | 786 |
(令和4年/2022年1月16日13:00調査) |
以下、蛇足ぎみに少々の感想を添えます。
○
■『ミカエルの鼓動』(柚月裕子、令和3年/2021年10月・文藝春秋刊):計2,844件
いやあ、もう圧倒的ですね。全国まんべんなく人気を集めていますが、とくに札幌や仙台では2位以下を大きく引き離しています。作品の舞台である北海道、そして作者の地元の東北で、着実に図書館ユーザーの心をつかんでいる様子がびんびん伝わってきます。
前回(第165回)の直木賞は、やや西にゆかりのある人たちが受賞しました。その反動もありますし、東(というか北)の女王、柚月さんが選ばれれば、北海道・東北は盛り上がるでしょう。それにしても、この凄まじい人気ぶりは、おみそれしました。脱帽です。
■『黒牢城』(米澤穂信、令和3年/2021年6月・KADOKAWA刊):計2,212件
ミステリー4冠! 山田風太郎賞受賞!! しかも直木賞の候補になった!!! ということで、ぐんと予約が伸びそうだなと思ったんですが、ちょっと意外。ずいぶんと『ミカエル』に水をあけられています。
山風賞なんかとったところで何の風も吹かないのは、まあ想像できますけど、ミステリーランキングの威光ってこんなものなのか……。もはや世間では飽きられているんでしょうかね、年末ランキング。
ただ、東京の世田谷区では『黒牢城』が5作中トップに挙がっています。ワタクシも東京に住んでいますが、大きい本屋に行くと、たしかにこの作品が暴力的なまでに積んであって、やや怖いぐらいです。都心に行けば行くほど、米澤作品を愛し、求めている人が多いのかもしれません。
■『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬、令和3年/2021年11月・早川書房刊):計1,499件
地域の偏りがほとんど見られません。おお、さすが海外が舞台の作品だとこうなるのか! というのは完全に当てずっぽうの推測ですけど、ともかくも、バランスよく全国に広まるのは美しいです。
作者にとっての一作目ですからね、きっと爆発的に人気が出るのはこれからなんでしょう。一発屋で終わらずに、二作目、三作目と続くうちに図書館ユーザーの支持が厚くなっていくことを祈ります。
■『塞王の楯』(今村翔吾、令和3年/2021年10月・集英社刊):計1,099件
どの地域でもおおよそ4番目の順位です。なのに大阪だけが人気が高くて第3位。これぞ地の利、と言うほかありません。
これから先、今村さんがどこかさびれた図書館に頼まれて、図書館長でもやったりしたら、がぜん話題にもなるでしょうし、いまよりもっと人気が出そうです。まあ、やらないでしょうけど。
■『新しい星』(彩瀬まる、令和3年/2021年11月・文藝春秋刊):計786件
今回の5作(5人の作家)の並びを見て、どう考えても予約数がいちばん少なそうだな。と誰もが思う作品が、やっぱりいちばん少ない、という結果になりました。順当です。
そして、こういう作品や作家にしれっと賞を贈るのが、けっきょく直木賞の順当な姿でもあるんじゃないか。……と、ひそかに期待しています。ええい、最後尾から一気にまくったれ!
○
1月19日(水)、直木賞の選考結果が出ます。おっ、面白そうな作品だな、と思ったらそれから買うのもいいですし、予約待ち覚悟で図書館に行くのも、全然アリでしょう。
ただ、いちばんのおススメは、直木賞みたいな些細な業界行事に惑わされないことです。要するに、別に何もしない。ほとんどの日本人が実行できています。ああ、早くワタクシも、そういう普通の人間になりたい。予約待ちも苦にせず、「読む機会がめぐってくれば読むけど、あわてて飛びついたりしない」という図書館ユーザーたちには、本気で頭が下がります。
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