由里幸子(朝日新聞)。芥川賞の歴史における女性作家を語らせたら第一級。
第161回(平成31年・令和1年/2019年上半期)の直木賞を覚えているでしょうか。ほんの2年まえのことです。
この回は候補者の全員が女性になったぞ、といって微妙なバズリが起きたときです。あまりに微妙すぎたので、大半の日本人は早くも忘れちゃったかもしれませんが、このとき「女がどう、男がどう、とそんなことを取り立てて話題にするのがおかしい」と意見している人がいました。たしかにそうなんでしょう。だけど、直木賞における性別の盛衰は、それを追うだけで一生たのしく過ごせるぐらいに骨太な研究テーマだと思います。あえて女性をピックアップすることに、あんまり目くじらを立てないでください。
直木賞に限ったことじゃありません。近代日本社会の縮図ともいえる「文芸記者」の世界もやはり、殿方ばかりが跋扈する時代が長くつづきました。うちのブログで取り上げてきた文芸記者も全員男性です。そろそろだれか女性の記者にも登場願いたいな、と思っていろいろ考えた結果、文学賞と縁の深い人といってパッと思いつく記者を挙げることにしました。『朝日新聞』の由里幸子さんです。
由里さんは、どちらかといえば(いや、どちらかといわなくても)完全に純文壇のほうに強い文芸記者です。現役の記者として活躍したのは昭和の後期から平成にかけてで、そこまで遠い昔ではありませんが、それでも由里さんお得意の範疇は明らかに芥川賞のほうでした。基本的に直木賞になんか興味がなかったんじゃないか……とさえ思ってしまいます。
たとえば、そう思う理由のひとつが、『朝日新聞』に載った「100回迎える芥川・直木賞」(平成1年/1989年1月11日)という解説記事です。
第100回の回数をかぞえた両賞の歴史を短くまとめながら、どういう変遷を経てきたか、いまどんな問題を抱えているか、評論家などのコメントを紹介しつつ読者の考えるきっかけにしてもらおう、というなかなか難しいお仕事です。これを書いたのが由里さんで、記事の内容としては、賞の芸能化が進み、同時に受賞作の水準が低下してきた、という平凡で穏当なところに落着していて、さすが文芸記者というのはうまいもんだな、と感嘆させてくれるんですが、「五十年以上の歳月に、両賞の性格も、文学をめぐる状況もかわった。」という文章から続く後半部分は、えんえんと芥川賞のハナシばっかりしています。直木賞のナの字も出てきません。おいケンカ売ってんのか、と直木賞ファンとしては吠えたくなるところです。
しかし、直木賞ファンのみなさん、ご安心ください。由里さんは改心します。いや、別に改心はしていないんでしょうが、文芸記者として(もしくはひとりの文学愛好家として)強烈な関心事項があったために、ここから先、直木賞にも徐々に関心の目を向けざるを得なくなってしまうのです。
由里さんの強烈な関心事項……それは「女性作家の活躍ぶり」です。
『「国文学解釈と鑑賞」別冊 女性作家の新流』(平成3年/1991年5月・至文堂刊)に由里さんが「女性作家の現在」という文章を書いています。ここで「私が「女性作家」にこだわるのは、彼女たちの作品には文学の軸とともに、各時代の女性の意識が反映された軸が交差しているからなのだ」と、このテーマに関心を寄せる理由が披瀝されているのですが、割合的に男性が多かった『朝日』学芸部のなかで、文学(文壇)と関わってきた由里さんの、文芸記者としての特徴のひとつが「女性であったこと」は、やはり無視できません。
しかも、商業的な文芸出版の世界も、ちょうど由里さんが学芸部に配属された頃から、女性作家の台頭が目覚ましく進展しました。同時代の空気を吸いつつ文学の動向に寄り添っていくことは、文芸記者の使命のひとつです。由里さんの目の前で、次々と女性が芥川賞を受賞していく……といった体験も踏まえて、こう書いています。
「七九年上半期から八八年下半期まで、ちょうど第八十一回から第百回までの芥川賞は、秋山駿の予言があたったかのような光景となった。十七人の受賞者のうち、加藤幸子、高樹のぶ子、村田喜代子、李良枝ら、女性が九人までを占めたのだ。
芥川賞には、ほぼ同時期に登場した津島佑子、増田みず子、干刈あがた、中沢けいといった現在の文学を語るとき、見逃すことができない女性作家たちが入っていない。男性でも村上春樹、立松和平、島田雅彦、高橋源一郎らの名前が入っていないのだ。つまり、八〇年代に文学が多様化し、いわば周辺の方が活性化した。にもかかわらず、芥川賞は文壇の中心に位置していたからこそ、皮肉なことに、一部の女性作家をのぞくと、文学の新しい波を捉えきれなかったというわけだ。」(『女性作家の新流』所収 由里幸子「女性作家の現在」より)
芥川賞は、実力派の作家たちをたくさん取りこぼしてきたポンコツ文学賞。といったことは、まあ誰でも思いつく定型の常套句です。ところが、それを「こんなにも女性作家がとっていない」という観点から提示した論者は、正直あまり見かけたことがありません。おお、これぞ由里さんの個性。と、思わず目を引くとともに、この調子で第100回にいたるまでの直木賞での女性作家の隆昌も語ってほしかったなあ、と悲しくなってしまいます。
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由里幸子。昭和22年/1947年4月29日生まれ。大阪大学薬学部を卒業したのち、朝日新聞社に入社。昭和54年/1979年から文化面の担当となり、学芸部のキレモノ記者として(?)活躍。その間、文学といったら芥川賞ですよね、キリッ、といった感じで直木賞を蔑ろにする姿勢が『朝日』紙上でも目立ち、長年、直木賞ファンの激怒を買ってきた……という伝説が残っていてもおかしくない仕事を重ねます。
途中、直木賞でも女性が嵐を起こしたことは有名なハナシです。たとえば山口洋子・林真理子・落合恵子の3人の名前を出せば、直木賞ファンなら、ああそうだよね、とうなずいてくれると思うんですけど、由里さんの考える「日本の文学における女性による作品の流れ」に、こういう人たちの営為が含まれているのかどうなのか。よくわかりません。
少なくとも、由里さんの視野のなかに山田詠美さんが入っていたことは間違いありません。それなら、山田さんに直木賞が賞を贈ったことを、直木賞のほうこそ時代の動きを汲む力がある、と強弁したっていいとは思うんですが、由里さんの意識は、山田さんを3度も候補にしてけっきょくとらせなかった芥川賞、というほうに行っているようです。こんな状態では、そりゃあ直木賞ファンが怒ったって不思議じゃないですよね。
というのは、さすがに言いすぎでした。すみません。由里さんがエンターテインメント小説やその作家をまったく取り上げなかったのか、というとそんなことはありません。時代が平成になり、21世紀に入って、出版文芸界も、新聞紙面で扱う「文学」も、変化をせまられるにつれて、おのずと由里さんの守備範囲に直木賞に関する話題も入ってくることになります。
その大きなひとつが、ジャンルの垣根を超えた作家たちの活動です。
ジャンルの垣根って何なんだ。大衆読み物誌で書いていた人が純文芸誌にも作品を載せたり、あるいはその逆があったり、文学賞でいうとエンタメ作家と目されていた人が芥川賞の候補になったり、あるいはその逆があったり、そういう状況が積み重なっていきます。しかも、昔に比べて圧倒的に女性作家の活躍が顕著、という現実も乗っかってくるのですから、由里さんの眼にギラリと光が点いたのも当然でしょう。
『朝日新聞』平成16年/2004年10月20日から週一で連載された「文芸の風 第1部 女性作家たち」は、由里さんの仕事ですが、1回目は当時大フィーバーの余韻醒めやらぬ金原・綿矢の芥川賞受賞のハナシ。とそこから、第2回・絲山秋子、第3回・小川洋子、第4回・桐野夏生、第5回・江國香織、第6回「ジャンルを超えて」の題のもとで笙野頼子、津島佑子と続きます。
かつての由里さんなら、全員、純文学系の作家で統一してもおかしくありません。ここに、直木賞を受賞した桐野さんと江國さんの2人を選んだあたりに、1990年代から2000年代に見えた文芸ジャーナリズム界の変貌が垣間見えるところです。あるいは、ジャンルの垣根を超えることが話題になる小説界の変動とか、わざわざ「女性」と付ける必要のなくなった女性作家の躍動といったことが、平成期の直木賞における女性作家の盛運に関係しているのでしょうか。どうかご解説をお願いします、由里さん。
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