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2021年7月11日 (日)

「文芸記者・直木賞」(令和3年/2021年上半期)。直木賞関連の新聞記事と担当記者に対して贈られる賞。

 直木賞の決定が近づいてきました。今週水曜日、令和3年/2021年7月14日に第165回直木賞が決まります。

 その決定過程はともかくとして、直木賞がこれほど広く知られるようになった功績者に、文芸記者の人たちを挙げないわけにはいきません。いかにも脇役のような顔をしてウラに隠れているものですから、その功績があまり知られることもなく、いつも受賞会見ではアホな質問ばっかりしている人種として、一部から馬鹿にされている文芸記者たち。正直、かわいそうです。

 ワタクシ自身は、文芸記者の仕事のおかげで、知らなかった情報を知り、感情が揺さぶれ、毎回の直木賞に接している口なので、とやかく批判する前に、この人たちを正当に評価し、褒めたたえたい気持ちが強くあります。ということで、文芸記者による「直木賞に関連した新聞報道」に対して贈られる賞をつくりました。

 第165回の直木賞は令和3年/2021年上半期が対象です。この期間に、すでに各紙ではさまざまに直木賞(の候補者)が取り上げられてきましたが、そのなかで受賞に値する候補記事が、全部で5つ出揃っています。ご紹介します。

第165回期 「文芸記者・直木賞」候補者・候補作

川村律文(読売新聞)令和3年/2021年6月22日「究 「BL作家」 文芸作品でも注目 本屋大賞や直木賞候補」

梓勇生(夕刊フジ・ZAKZAK)令和3年/2021年2月17日「社会のタブーにも斬り込み、時代という悪を問いかける 呉勝浩さん『おれたちの歌をうたえ』」

須藤唯哉(毎日新聞)令和3年/2021年5月28日「ひと 佐藤究さん=第34回山本周五郎賞を受賞した」

北爪三記(東京新聞)令和3年/2021年5月22日「書く人 『星落ちて、なお』 作家・澤田瞳子さん 親と同じ道歩む苦悩」

興野優平(朝日新聞)令和3年/2021年6月16日夕刊「へとへとの15年経験、ぽろりと出てくる言葉がある 砂原浩太朗さん、2作目「高瀬庄左衛門御留書」」

■「文芸記者・直木賞」候補 川村律文

 これまでも長く直木賞関係の記事を書いてきた方です。もはやこんなところで顕彰しなくても……と思いましたが、個性派がゴチャゴチャと揃う『読売』の文芸担当のなかで、それでも光を当てたくなるような、個性的で精力的な仕事をこつこつと積み上げています。ぜひとも、だれかの力で川村さんに賞をあげてください。

 今期の対象作は「「BL作家」 文芸作品でも注目 本屋大賞や直木賞候補」(『読売新聞』令和3年/2021年6月22日)です。一穂ミチさんの直木賞候補入りから、凪良ゆうさんの活躍ぶり、榎田ユウリさんのコメント、藤本由香里さんの分析などを果敢にまとめ上げています。

 一穂さんについて、

「同人誌で二次創作の小説を書く中で編集者から声がかかり、BL小説の人気作家となった。BL以外の小説には「漠然とした憧れはありましたが、文学賞には応募してこなかった」。」(同記事より)

 と書いているんですが、謙虚で慎みのありそうな一穂さんの姿を、わずかな文章で浮かび上がらせる技。さすが熟練した文芸記者の腕です。

■「文芸記者・直木賞」候補 梓勇生

 正直いって、梓さんが「文芸記者」なのかどうなのか、ワタクシもよくわかりません。ここで挙げるのはカテゴリーエラーかもしれませんけど、いわゆる「大衆文芸」の枠に入らない純文学や、随筆風よみもの、ノンフィクション、伝記などなど、いろんなジャンルに手を出してきたホンモノの直木賞を見ならって、今回「文芸記者・直木賞」に、梓さんを推したいと思います。

 呉勝浩さんのインタビュー記事は、ネットで全文読むことができます。梓さんの佳品、ぜひ堪能してください。

 今回の『おれたちの歌をうたえ』で、呉さんは「悪」ではなく「時代」を描いた、タブーとされる問題に切り込んだ、登場人物それぞれに作者自身が投影されている、といったハナシを引き出し、そこまで言うなら読んでみるか! と読み手に思わせる梓さんの、インタビュアーとしての高い技量が光ります。

 呉さんが影響を受けた小説として、乱歩賞の先輩でもある藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』のことも出てきます。このインタビューが出たのは数か月前ですが、乱歩賞、そして直木賞……という雰囲気を匂わせ、おそらくこの新作も直木賞の候補になりそうだぞ、と(はっきりは書いてありませんけど)印象づけるあたり。梓勇生、すごい書き手です。

           ○

■「文芸記者・直木賞」候補 須藤唯哉

 新聞には、当日読めば面白いけど翌日になればすっかり忘れちゃう、という類いの記事がたくさん載っています。毎日ひとりずつ話題の人を紹介する「ひと」欄も、そのひとつです。

 『毎日』の令和3年/2021年5月28日の「ひと」欄は、『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞を受賞した佐藤究さんでした。山周賞をここに持ち出すことが、すでに偉いんですけど、それは文芸記者の役目ではありません。記者の力が発揮されるのは、短い文字数のなかで、いかに対象人物の人間味をあぶり出せるか、というところにあります。

 須藤唯哉さんは、佐藤さんが語った多くの言葉から、いくつかのフレーズを選び出します。

「「賞の懐の深さに感謝するしかない。場違いで申し訳ない気持ちは今もあります」。

(引用者中略)

執筆中は絶望や怒りを歌うメタル音楽を聴くのが支えだった。「暴力をエンターテインメントとしてポジティブに伝えられることをメタルから学びました」。」(『毎日新聞』令和3年/2021年5月28日「ひと 佐藤究さん」より)

 もちろん、これは直木賞の候補になるまえの記事ですが、「賞の懐の深さ」を記事の冒頭に持ってくるところが、須藤さんの絶妙なところでしょう。いま、この瞬間に読んでも面白い、何だったら直木賞の結果が出たあとに読んでも興味が引き立つように書かれています。

■「文芸記者・直木賞」候補 北爪三記

 『星落ちて、なお』の刊行後、澤田瞳子さんのインタビュー記事がいくつも出ました。これからも出るかもしれません。

 そのなかで『東京』の北爪三記さんが書いた記事は、澤田さんの気負いのない自然体な姿勢を、まっとうに映し出しています。インタビュアーの手柄でしょう。

 記事タイトルに「親と同じ道歩む苦悩」という言葉を持ってきたのは、あるいは記者によるチョイスじゃないかもしれませんが、小説のあらすじから、作者自身による本作の読みどころ紹介、明治・大正という時代設定、葉室麟さんから言われた言葉と本作の関係などなどが、すいすい胸に入ってくる抜群の記事展開です。

 そして何より秀逸だな、とワタクシが思ったのが、記事の締め方です。

「現在も母校・同志社大の研究室でアルバイト職員として週一日の勤務を続け、四月からは客員教授も兼ねる。「今回、『意外と近代いけるんじゃない?』と自信がついた。さらに書きたいことが増えちゃいそうです」。」(『東京新聞』令和3年/2021年5月22日「書く人 『星落ちて、なお』 作家・澤田瞳子さん 親と同じ道歩む苦悩」より)

 対象となる人物の近況をさりげなく織り交ぜながら、澤田さんの人柄も伝わってくるような発言で終わる。これはもう、北爪さんが手がけた良質な作品です。

■「文芸記者・直木賞」候補 興野優平

 つづいて最後も、作家インタビュー記事を取り上げます。澤田瞳子さんに比べてまだまだ顔出しも少ない、ちょっと謎めいた作家、砂原浩太朗さんの声を届ける『朝日』興野優平さんの仕事です。

 これがまた、原稿用紙1枚ちょっとで、砂原さんのこと、『高瀬庄左衛門御留書』の内容、直木賞候補に挙がったことなどを、手際よくまとめなければならない、少々窮屈な記事なんですけど、そのなかで砂原さんのどんなセリフをどうやって入れ込むかに、文芸記者の技術が試されます。

 30歳まで出版社で文芸編集者を勤め、執筆時間をとるために会社を離れたが、なかなか書く時間がとれずにフリーでの仕事をこなすうち、15年が過ぎていった……。という砂原さん自身の経験と、『高瀬~』の作品に出ている味を重ね合わせるように、記事が構成されています。

「思わず己の半生を顧みてしまうような、滋味深い言葉に出合える時代小説」(『朝日新聞』令和3年/2021年6月16日夕刊「へとへとの15年経験、ぽろりと出てくる言葉がある 砂原浩太朗さん、2作目「高瀬庄左衛門御留書」」より)

 と、砂原さんの言葉ではなく興野さん自身のなにげない感想のなかに、この短い記事の構成を凝縮して示しているところには、思わずうなりました。賞をあげたくなるような新聞記事です。

           ○

 今期、目についた文芸記者の仕事だけ5つほど挙げてみました。

 ホンモノの直木賞は、名のある9人の選考委員たちが受賞を決めてくれるそうです。では、こちらの「文芸記者・直木賞」は、いったい誰が決めるのか。とてもワタクシの任じゃないので、とりあえず推薦するだけにしておきますが、たぶん、このまま誰に注目されることもなく、いずれの記事も歴史の暗闇に消え去っていくのでしょう。おお、悲しい。

 でもまあ、ホンモノの直木賞だって、受賞作がどんどん絶版になって読まれなくなっていくのですから、どっちもどっちです。直木賞、文芸記者の記事、もろとも一瞬のきらめきを放って時代に流されていく儚い存在。そのきらめきを見逃さないように、7月14日は目を凝らして直木賞に注目したいと思います。

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